旅は道連れファラオの情け
知人達に見送られ、マルギッタの町を旅立ってから五日後。特に何事もなく旅を続ける二人は、その日も乗合馬車に揺られていた。
「へー、女性だけのパーティなんて珍しいわね」
「まあね。と言っても、アイシャの相棒君ほどじゃないとは思うけど」
「あはは、それはまあ……」
一緒に乗り合わせた、二人組の女性冒険者。その片割れであり、榛色の大きな目と短く切りそろえた赤いくせ毛が猫のような印象を与えてくる同年代の少女シーナの言葉に、アイシャが引きつった笑みを浮かべる。
冒険者の男女比率は、七:三で男性の方が多い。加えて女性だけだとギルドはともかく依頼主からは軽く見られたり、あるいは野党などに襲われやすくなるということもあり、女性だけというのは全体の一割にも満たないくらいには少ないのだ。
が、当然黄金の仮面を被った冒険者など世界中にスタン一人しかいないため、どちらがより珍しいかは明白である。
「それに私も、別に最初から女だけで組もうって思ってたわけじゃないよ。冒険者になりたての頃は、普通に何処かのパーティに入れてもらおうと思ってたの。
でもほら、流石に女は自分だけっていうのはきつそうじゃない? だから自分以外にも女の子がいるパーティを探してたんだけど、その途中で私と同じ理由で迷ってるミムラに会ったの」
そう言ってシーナが視線を向ける先には、仲間であるミムラの姿がある。夜のような深い青黒の髪と瞳に、黒いローブにとんがり帽子という如何にもな格好をした魔法士の少女は、これ以上ないほど怪しい黄金仮面の男と何やら話し込んでいるようだ。
「で、そういうことならひとまず二人一緒に活動して、いい感じのパーティが見つかったらそこに入れてもらおうってなったんだけど……そしたらそこで、私たちと同じような二人組の女の子に出会っちゃったのよ!」
「えぇ!? それは凄い偶然ね」
「そうなの! そうして四人組になったんだけど、流石に四人となると何処かのパーティに入るっていうか、むしろ私たちに誰かを入れる形になるでしょ? でも新人の女の子四人組のパーティに入ろうなんて人、下心丸出しの馬鹿しかいなくて……だからもうこのまま私達だけでやっていこうってなったのが、このパーティの始まりってわけ。
今はミムラの用事で一時的に分かれてるけど、町に行ったら合流する予定なんだよ。冒険者ギルドで待ち合わせだから、アイシャ達にも紹介するね!」
「ええ、ありがとう」
ニッコリ笑うシーナに、アイシャも笑顔でそう答える。そんな二人のすぐ横では、ミムラとスタンもまた楽しげに会話を交わしていた。
「ほぅ! それが魔法か!」
「そう、これが魔法」
ミムラの指先に灯る、小さな光。初めて見る魔法に興奮気味の声をあげるスタンに、ミムラが一見無表情な……だが何処か得意げな顔で言う。
「スタン、今まで魔法見たことなかった?」
「うむ。魔法を使える者はいたと思うのだが、見る機会がなくてな」
マルギッタの町の冒険者ギルドには、少ないながらも魔法を使える冒険者はいた。が、スタンがあの町にいたのはほんの一月ほどでしかなく、そのほとんどはD級に昇級するための依頼に奔走していたため、先輩冒険者との交流は精々町中で軽く言葉を交わす程度であった。
またデブラック男爵領には三ヶ月ほど滞在したものの、あちらでは冒険者の数そのものが少なく、狩りなどに同行するのも一般の村人であり、魔法を使えるような者はいなかった。
加えてファラオの秘宝を使えば火付けから怪我や病気の治療まで大抵のことができてしまうので、結果として貴重な魔法士はスタンのいない場所に配置され、魔法を目にする機会がなかったのだ。
ちなみに、厳密にはゴブリンメイジが使う魔法の影響下に入ったことがあるのだが……発動するところを見たわけでもない「魔法封じの魔法」などスタンには何も感じられなかったので、スタン的にはノーカンである。
「しかしこれは、どういう仕組みなのだ? 魔法というのは、確か魔力を消費して使うのであろう?」
「そう。この世界に生きてる存在なら、誰でも多かれ少なかれ体の中に魔力がある。その魔力を術式に沿って流すことで魔法が発動する」
「術式……さっき口にしていた『ルーメン』とかいうやつか?」
「違う、あれは詠唱。詠唱はなくてもいいけど、あった方が安定して魔法を発動させやすい。術式は……これ」
そう言って、ミムラはローブのなかでごそごそと手を動かし、茶色い革張りの手帳を取り出す。そうして開いたページには、円の中に頂点が触れるように三角形が入った図が描かれていた。
「自分の中にこういう形を描いて、それに魔力を通すと魔法が発動する。ちなみにこれが、今使った<灯火>の術式」
説明をしながら、ミムラは先端を青く光らせた左手の人差し指で中空に同じ図形を描く。すると図が完成した瞬間にそれが光の球となり、右手と左手の両方に同じ光の球が浮かんだ。
「今はわかりやすく外に描いたけど、魔法士はみんな自分の内側に術式を描く場所を持っている。だから別に詠唱は必要ないけど、名前をつけて言葉にした方がイメージが固まりやすいし、あと周りの仲間にも何をしようとしてるのかが伝わるから、誤爆も防げる」
「そういうことか。なるほど……しかしこれならば、魔法士が少ないというのも納得だな。なかなかに難しそうだ」
「全部覚えるのは大変。でもそういう場合は杖とかの補助具を使う。補助具には途中までの術式が描かれてて……たとえば丸が描いてある杖を使えば、そこに三角を描き足すだけで<灯火>が発動するし、丸の斜め上のところにちょんちょんって付け足してやれば、<火炎>が発動する。
ただ付け足すことはできるけど消すことはできないから、それだと基礎系統の違う魔法は発動させられない。色々やりたければちゃんと勉強しないと駄目」
「ふむふむ、道理だな。ということは、自ら術式を描いて魔法を使えるミムラ殿は、優秀な魔法士ということか。まだ若いというのに、素晴らしいことだ」
「っ!? そ、そんなことない……私なんて、まだまだ……」
いきなりスタンに賞賛され、ミムラがぎゅっと帽子のつばをつかんで顔を隠した。チラリと見えるその頬は、ほのかに赤い。
「うわー、ミムラが照れるなんて珍しー! ねえアイシャ、貴方の相棒君って、ひょっとして女たらしなの?」
「さあ? よかったわねスタン。可愛い恋人ができるかもよ?」
からかうような声を上げるアイシャに、しかしスタンが若干とがめるような言葉を返す。
「おいアイシャよ、そのようなことを言うものではないぞ。気の知れた相手ならばともかく、会ったばかりの相手に失礼ではないか。そちとて同じことをされたら不快であろう?」
「うぐっ!? そんな真面目に言わなくても……えっと、ごめんねミムラさん?」
「……別に、いい」
「あー、平気平気! これは照れてるだけで、全然怒ってないから! でも意外。スタン君くらいの年頃だと、こういうのって慌てふためいたりするっぽいのに」
顔を伏せたまま横目で答えるミムラに変わり、シーナが笑いながらそう声をかける。するとスタンは黄金の仮面を軽快に揺らしながら笑った。
「ハッハッハ、余はファラオだからな。余との交際を求める声など何百とあったから、慣れておるのだ」
「何百!? スタン君、モテモテなんだねー! どうするミムラ? ライバル多そうだよ?」
「うるさいシーナ! 後で焼くから!」
「きゃー怖い! スタンくーん、守ってー!」
わざとらしい声をあげながら、シーナがスタンにもたれかかろうとする。だがスタンはその動きをスルリとかわすと、さりげなく二人の間から離脱する。
「シーナ殿も、あまりふざけてはいかんぞ? そのようにからかっていては、勘違いする者も多いのではないか?」
「そこはちゃんと、相手を選んでるからへーき!」
「平気じゃない! シーナはもっと自重すべき!」
「何よ、その言い方だと私が凄く遊んでるみたいじゃない! 私まだ処女なんだからね!」
「そんなの私だって同じ! 私だっ……て……………………!?」
勢いに任せて答えてしまったミムラの顔が、ギギギっとスタンの方へと向けられる。スタンがその仮面をそっと横に向けると、噴火寸前の火山のように顔を真っ赤にしたミムラがシーナに向けて指を突きつけた。
「<火炎>! <火炎>! <火炎>!」
「ちょっ、ちょっ、ちょっ!? やめ、燃える!? 燃えるから! 悪かったって!」
「お客さん、馬車の中で攻撃魔法は勘弁してくださいよ!」
騒ぐシーナとミムラに、御者の男が流石に声をかける。他の乗客がいないのは幸いだが、それでも馬車が燃えたりしたら一大事だ。そんなことはシーナもミムラもわかっているが、ついた勢いはすぐには消えない。
「今回はもう許さない! 絶対燃やす!」
「ごめんてー!」
「本当、アンタといると退屈する暇がないわね」
「無言で座り続けるよりいいであろう? これも旅の醍醐味だ」
そうして騒ぎ続ける二人を、本当に危なそうだったら仲裁に入ろうと構えつつも、スタンとアイシャは何処か楽しげに見守るのであった。





