ファラオの指針
「やあ、よく来てくれたねスタン君…………?」
マルギッタの町に無事帰り着いてから、三日後。ギルドマスターであるエディスに呼び出されたスタンは……しょぼくれていた。黄金の仮面は手入れを怠った銀食器のように曇り、表情など変わるはずもないというのにどうにも落ち込んで見える。
「あー、アイシャ君? スタン君はどうしたんだい?」
「あはははは……いや、それが……」
「ファラオ焼きが不評だったのだ……」
領地を救った救世主、ファラオとして知らぬ者がいなかったデーブラとは違い、マルギッタでのスタンは、しばらく顔を見なかった新人冒険者に過ぎない。そんな相手とそっくりの形をした焼き菓子など、知り合い以外には気味悪がって手に取ってすらもらえなかったのだ。
「まあアタシとしては、お土産なんだから知り合いに配って、それで喜ばれたら十分だと思うんですけどね。ドーハンさんは甘いものは好きじゃないみたいだったけど、レミィさんとかライバールは喜んでくれたじゃない」
「そうなのだが……ぐぬぬ、もっとファラオの知名度をあげていかねば……」
呆れたように言うアイシャをそのままに、スタンは決意を新たにする。ちなみにレミィは全部の味を三つずつ持っていき、ライバールは「貧民街のガキ共にも食わせてやりたい」と言って、知り合いに配り終えて残ったファラオ焼きを全部持っていった。なので土産としての役目は十分に果たしたのだが、ファラオの歩みはその程度で満足して止まりはしないのだ。
「あはははは。それはまあ、ほどほどにしてくれるとありがたいけど……そろそろ本題に入ってもいいかい?」
「おっと、そうであった。すまぬなエディス殿。話を始めてくれ」
「す、すみません!」
姿勢を正すスタンと恐縮しながら直立するアイシャを見て、エディスは漸くスタンを呼び出した理由を語り始める。
「ふむ、じゃあ始めよう。実は先日、領主様……ベルトナン伯爵様だね。領主様から、スタン君が知りたがっている情報の内容に関しての問い合わせが来たんだよ」
「ほう? 伯爵殿は早速動いたのか」
エディスの言葉に、スタンは軽い口調でそう言う。するとエディスはピクリと眉を動かしながら、スタンの方に目を向けた。
「そうだね。そこで私は何故伯爵様がそんなものを……と思って問うたのだけれど、そこで聞かされたスタン君の活躍にはびっくりしたよ。こちらに情報が流れてこないから冒険者としての活動をしていないか、あるいは何らかの理由でデブラック領の冒険者ギルドからの情報が届かないようにされているのかと思ったけれど……」
そこで一端言葉を切ると、エディスがこめかみに手を当てて難しい顔をしながら首を横に振る。
「まさか通りすがりの旅人として、隣の領地の改革をやっていたなんてね。なのでそっちで当たってみたら、季節を無視していきなり作物が実ったとか、古い神殿がいきなり別の建物になったとか、腹黒いことで有名な男爵が改心したとか、子供を助けた報酬に女性を若返らせて一夜を共にしたとか、信じがたい話が山のように出てきたんだけど、これは一体どういうことだい? 君達は隣の領で何をしてきたんだ?」
「ふむん? どうやら色々と歪んだ情報も伝わっているようだな。ならば余が自ら、エディス殿に語ろう」
そう言うと、スタンは蕩々と隣領での活動を語り始めた。事務仕事や演説に慣れたファラオらしく、その内容はきちんと要約されてはいたが、それでも三ヶ月の間に為したファラオの偉業は多い。結局三時間ほどかけてそれを語り終えると、エディスはぐったりとした様子で力のない笑みを浮かべた。
「そ、そうか……うん。随分と色々やってきたんだね」
正直、スタンの話したことの半分どころか、八割ほどは「嘘をつけ」と言いたくなるような内容ばかりだった。が、スタンが普通ではないことはエディス自身が身を以て理解しているし、何より荒唐無稽な嘘を三時間に渡って矛盾なく……おかしな部分は全て「ファラオだから」で片付けたとも言えるが……語る意味などない。
となれば、全ては真実であり、スタンという冒険者は既にエディスの手には負えない可能性がとても高い。そうなるともう情報を渡して「後は好きにやってくれ」と言いたくなるが、流石にそれはギルドマスターとしての責任感が許さなかった。
「そう、だね。えーっと……あー、じゃあ、あれだ。結論から言おうか。領主様からは、スタン君に特例として、上位の情報の一部を伝えてもいいというお言葉をもらっている。なので冒険者ギルドとしてもそうするつもりだ」
「ふむ? 余としては都合はいいが、冒険者ギルドとしてはいいのか?」
「いいんだよ。確かに冒険者ギルドは複数の国に跨がる独立組織ではあるけれど、別に各国の権威を蔑ろにしてるわけじゃないんだ。何でもかんでもいいなりになるわけじゃないけれど、妥当な要請ならば受け入れて当然だからね」
冒険者ギルドにある情報は、基本的には登録しているギルド員……つまりは冒険者にしか開示しない。が、例えば「自分の納める領地にどのような脅威があるのか?」と領主が問えば、それに答えないほど融通が利かないわけではない。
今回の例で言うなら、スタンが求める情報……「死の墳墓」の詳細な内部情報などはいかに伯爵の要請でも伝えていないが、反面既にスタンに伝えてある表層的な情報や、未だスタンには伝えていない墳墓の場所などは伝えた。これは領地を防衛する義務がある領主に対し、脅威となる魔物や建造物などの秘匿はするべきではないからだ。
そしてそれを聞いて、ベルトナン伯爵は「スタンに伝えても問題ない」と判断した。勿論それは命令ではないのでギルド側としては無視してもいいのだが、伯爵が判断した……つまり冒険者ギルドの責任の一端を担い、スタンに足りない信頼の一部を肩代わりすると言っているのだから、それを拒否などしたら逆に面倒くさいことになる。エディスには、そこまでしてスタンに情報を伝えない理由も意味もありはしなかった。
「ということだから、君の欲しがっていた『死の墳墓』の場所の情報を提供しよう。ただし『死の墳墓』は、D級冒険者が行くには明らかに難易度が高すぎる。奇跡でも起きなければほぼ確実に死ぬような場所にこちらの警告を無視して行くのだから、ギルドとしては何の保証も援助もできない。それは理解してもらうよ」
「無論だ。エディス殿に迷惑をかけるつもりはない。まあピラミダーが再稼働すれば、多少は騒ぎになるかも知れぬが……」
「それは……うん、仕方ないね。ただできるだけ規模を抑えてくれるか、せめて事前連絡をしてくれればとても助かるけれども」
死の墳墓がある場所は、エディスの管轄ではない。が、自分の管轄から出て行った冒険者が向こうで騒ぎを起こせば、向こうのギルドマスターからネチネチと嫌みを言われるくらいはあるかも知れない。
エディスとしてもそんなことは望んでいないので警告くらいはしたいのだが、スタンの今までの活動があまりにも胡散臭すぎて、正直に伝えれば伝えるほど信じてもらえない可能性が高いのが悩みどころだ。
「とりあえず、ほどほどに頼むよ。あと向こうに着いたら、ちゃんと冒険者ギルドに顔を出して話を通すこと。そのための書状は用意するから、後ほど取りに来てくれ。他には……何かあったかな?」
「エディス殿? 他というか、そもそもまだ肝心の情報……ピラミダーがどこにあるのかを聞いておらんのだが?」
頭を揺らして考え始めたエディスに、スタンが徐にそう問いかける。するとエディスはしまったとばかりに己の頭をペチンと叩いた。
「おっと、これはうっかりしていた。では教えよう。死の墳墓……スタン君がピラミダーと呼ぶ遺跡のある場所は……ここだね」
執務机の引き出しから地図を取り出し、エディスがその一カ所を指差す。無論この世界の地理に疎いスタンにはそれを見てもピンと来るものがあったわけではないが……
「……そうか、そこにあるのか」
踏み出した新たな一歩に、その仮面をカクッと動かした。





