小さな思い遣り
それから三日後。この地でやれることはやり終えたということで、スタン達はデブラック男爵領を後にすることにした。「次にファラオ殿が来る時までに、この領地を最高の状態に飾り立ててみせよう!」と意気込むドフトリアンに微妙な気持ちで手を振りながら領都を後にすると、途中最初に訪れた村へも立ち寄る。
「あっ、ファラオ様!」
そこでスタンを見つけて駆け寄ってきたのは、出会った時は病床に伏していたテッドだ。笑顔で駆け寄ってくるテッドを、スタンは仮面をピカリと輝かせて両手を広げて受け止める。
「おお、テッドよ。相変わらず元気そうだな」
「はい! ファラオ様のおかげで、毎日楽しいです!」
この村を出たときには既に元気になっていたわけだが、それでも痩せ衰えていた子供が元気いっぱいの笑顔を浮かべて走り寄ってくるのは無上の喜びだ。スタンがぐりぐりと頭を撫でると、くすぐったそうにはにかんでいたテッドがパッとスタンの側を離れる。
「あ、そうだ! あのね、僕ファラオ様に渡したいものがあるの! とってくるから、ちょっと待っててください!」
「うむん? いいぞ。焦らずともいいから、転ぶなよ?」
「はーい!」
元気に手を振りながら、テッドが走り去っていく。その後すぐに息を切らせて戻ってくると、手にしていた木片をスタンに差し出した。
「はい、これ!」
「ほほぅ? これは……」
「これひょっとして、スタンの顔……っていうか、仮面?」
手のひらにすっぽり乗るくらいの大きさの木片は「なんとなく仮面に見えるかな?」という程度の細工がなされており、拙くはあっても丁寧なその仕事は、作者の気持ちが如実に表れている。
「うん! あのね、それ僕が作ったの! 村が賑やかになって、町からやってきた職人さんが教えてくれたんだよ!」
「おお、それは凄いな!」
「本当! テッド君ったら、才能あるわね!」
「えへへ……ファラオ様、もらってくれる?」
「勿論だ! 国宝とはいかぬが、余の個人的な宝物として、大事にさせてもらおう」
そう言って、スタンはもらった木彫りを<王の宝庫に入らぬもの無し>にしまい込む。持ち歩けばあっという間にボロボロになってしまうであろう木彫りも、そこなら絶対安全だ。
「ひぃ、ふぅ……おーい、テッドや!」
と、そこに息を切らせてもう一人がやってくる。最終的に五〇代中盤くらいの見た目で落ち着いたレダだ。見た目は大分若々しくなったが、とはいえ高齢であることには変わりないので、流石に元気が有り余っている孫息子の体力には及ばない。
「あ、お婆ちゃん!」
「ふぅ、ふぅ……おお、ファラオ様! またお会いできて光栄です!」
「おお、ご婦人……レダ殿か。相変わらず壮健そうで何よりだ」
「ありがとうございます。ファラオ様のおかげでこの通り、ピンピンしております! それにファラオ様のおかげで、息子夫婦からも便りがありましてな。町の方の景気も大層よくなったということで、もう一月二月稼いだら、こちらに戻ってまた一緒に暮らそうという話になったんじゃよ!」
「そうだよ! お父さんとお母さんが帰ってくるの!」
「うわー、よかったわね!」
その場でぴょんぴょん跳びはねて喜びを表すテッドに、アイシャが満面の笑みを浮かべて言う。そんなアイシャにテッドが早口で両親の話をまくし立て、そんな二人を暖かい目で見つめてから、レダが改めてスタンに頭を下げた。
「ありがとうございますじゃ、ファラオ様。貴方が来てから、この村は……いや、この領地は何もかもがいい方向にいっておる。何と礼を言ったらいいか……」
「はっはっは、礼など既に何度も聞いておる。それに余はファラオとして、できることをしたまでのことだ」
「それでもじゃよ。ありがとう、ファラオ様。私のような老婆に返せるものなぞありゃせんが、ならばこそ心からの感謝と敬意を、ファラオ様に捧げよう」
「うむ、しかと受け取った。後は家族皆で平和に暮らすがよい」
レダの心からの言葉を受け取り、スタンは仮面を揺らして頷く。その後は他の村人達とも言葉を交わしてから村を後にすると、不意に隣を歩くアイシャがため息を漏らした。
「はぁー……」
「ん? どうしたアイシャよ? 疲れたか?」
「違うわよ。何かこう……何て言ったらいいのかしら? ここを出て行くって考えるとちょっと寂しいけど、でも未練はないって言うか……」
「それはそち自身が、ここで成すべきことを成し遂げたと感じているからだろう。余と共に、よくぞ頑張ってくれた。ありがとうアイシャよ」
「何よ急に!? ま、まあ確かにアタシなりに頑張ったつもりだけど……あー、そう言えば……」
まっすぐな感謝の言葉を向けられ、照れたアイシャが思い出したかのように腰の鞄をまさぐる。そうして取り出したのは、しばらく前にスタンから受け取り、そのまま持ち続けているアンクだ。
「毎日コツコツ溜めてたけど、これってもういらないのよね?」
「む? 何故だ?」
「だって、ミニファラオ君が沢山の人の手に渡って、ソウルパワーもたっぷり回収できてるんでしょ? 最近のアンタは力を使いまくってたし、だったらアタシ一人分のこれなんて、もういらないかなって」
「アイシャよ、そちは大きな勘違いをしておるぞ」
少しだけ寂しそうに手の中のアンクを見つめるアイシャに、スタンは真剣な声で答える。
「ミニファラオ君の有効範囲はそれほど広くはない。この領地を出ればもはや余のところにソウルパワーは届かないであろう。それにそもそも今後ここで集まる力は、先日<王の改革に留まること無し>で作ったソウルサプライヤーにより、領内の状態の維持に消費されるようになっておる。
故にこれから先も、ピラミダーのような広範囲から大量のソウルパワーを収集する装置が稼働しない限り、ソウルパワーは常に不足するのだ」
「え、そうなの!?」
「そうなのだ。流石に今は多少の余裕はあるが、それでも補給のめどが立っておらぬ以上、これからはまたソウルパワー節約生活の始まりだな」
「へー……じゃあアタシのこれは、無駄にはならないってこと?」
「当然だ。いざという時は頼りにさせてもらうぞ」
「そう? そっか。ふふふーん」
スタンの言葉に気を良くして、アイシャの表情が明るくなる。実際のところ、アイシャのアンクに溜まっているソウルパワーは微々たるもので、おおよそ一ヶ月ほど毎晩ソウルパワーを注入しているというのに、その量はファラオブレードを一回使う程度が精々でしかない。
だがそんなことは、アイシャもスタンもわかっていることだ。わかっていてなお「自分も役に立ちたい」と努力する仲間の在り方に、スタンはただ誇らしげに前を見て歩く。
「さーて、マルギッタに帰るのも三ヶ月ぶりか。みんな元気にしてるかな? あっ!? そういえばお土産買ってない!?」
「土産? これでは駄目なのか?」
そう言ってスタンが取り出したのは、スタンの仮面を模した焼き菓子……ファラオ焼きであった。スタンがサンプーン王国の技術を惜しげもなく教え込んだそれはなかなかの出来であり、デブラック男爵領の領都デーブラでは人気の品だったのだが、それを見たアイシャは露骨に顔をしかめる。
「嫌よ! 何が悲しくてアンタの頭をみんなに配り歩くわけ!?」
「むぅ、何が気に入らんというのだ? 美味いであろう」
ファラオ焼きの中身は木イチゴなどの甘酸っぱいベリー系のジャム、わずかな苦みがアクセントになっている柑橘系のジャム、そしてファラオの秘宝で強引に育てたバナナ……スタン的にはヴァナーナ……をたっぷり使った一押しのバナナクリームの三種類。そのどれもが珠玉の出来で、スタンとしても自信を持っていた。
「まあ、うん。味は正直よかったけど……てか、アンタはいいの? 町の人が自分の頭に齧り付くとか、普通の王様なら怒るんじゃない?」
「それは民との間にその程度の信頼関係しかないからだ。民に親しまれるのはよいことではないか」
「えぇ……いや、アンタがいいならいいんだろうけど……でも、うーん……?」
ファラオ焼きを前に、アイシャが腕組みをして考え込む。味はいいし、デーブラで流行っているのだから、土産物としては悪くない。ただ一点、それがスタンの仮面というのがどうしても気に入らない。
「せめてもうちょっと可愛い形とかだったら……仮面て」
「ふっふっふ、これをマルギッタの町で配れば、向こうでもファラオの人気が爆発すること間違いなしだ! 見える、見えるぞ! 余の目には皆が笑顔でファラオ焼きに齧り付く様が、ありありと浮かんでおる!」
渋るアイシャをそのままに、スタンは拳を握って力説する。なお「たまにはファラオの目も曇る」という悲しい事実が突きつけられるのは、それから五日ほど経った後のことであった。





