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黄金の冒険者 ~偉大なるファラオ、異代に目覚める~  作者: 日之浦 拓


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ファラオの真相

「ほーん。そんなことがあったのねぇ」


 村への帰宅後。二つ目の村でもまた仮住まいとして借りた空き家の一室でスタンの話を聞いたアイシャが、気楽な感じで相槌を打ちながら揚げイモを囓る。ちなみに揚げイモとは人差し指ほどの大きさに切ったジャガイモを多めのバターで揚げ焼きにしたもので、肉体労働を基本とする冒険者には人気の一品である。


「ならやっぱり、アタシは行かなくて正解ね。アタシだったら絶対変な像を見てうわぁって言っちゃったり、アンタのながーい話に突っ込みいれたりしてそうだもの」


「うむ、そうか…………なあ、アイシャよ。そのポテイトゥは、余の分は……?」


「無いわよ。だってアンタ、散々領主様の家で美味しい物食べてきたんでしょ?」


「まあ、そうだが…………むぅ」


 別に腹が減っているわけではないが、香ばしいバターの匂いを漂わせたカリカリのポテイトゥ……揚げイモが、スタンの食欲を強烈に惹きつける。とはいえファラオが他人の食料を奪い取ることなどできるはずもなく、ションボリと仮面を下に傾かせていると、アイシャが苦笑しながら声をかけてきた。


「そんなにガッカリしなくてもいいじゃない! ったく……ほら、あげるわよ」


 濡れた子犬のような雰囲気を漂わせるスタンに、アイシャは揚げイモを一本摘まんで差し出した。すると仮面の口がカパッと開いたので、そこに手ずから揚げイモを差し込んでいく。


「はぐはぐ……うむ、美味である!」


「はいはい、よかったわね」


 ご機嫌でイモを囓るスタンの方に皿を寄せつつ、アイシャは呆れと親しみの両方が籠もった言葉をかける。そうして二人でしばし揚げイモをカリカリと囓ってから、アイシャが改めて話を続けた。


「でも、何か意外な結末ね。てっきりアンタならこう、悪徳領主相手にバッサリ斬りつけて『その心臓を秤に乗せよー!』ってやると思ってたのに」


「ハッハッハ、確かにここがサンプーン王国であったならそうしたであろうな。領民を人とも思わず悪政を為す領主を裁かずして、ファラオを名乗ることなどできぬ。


 だがここは余の国ではなく、アステリア王国だ。他国の貴族を勝手に裁いては大問題になってしまう。故にこそあのような回りくどい手段が必要だったのだ」


「それが今話してくれた、領民を徹底的に道具にするって方法? 正直アタシとしては、聞いてて気分はよくなかったんだけど……」


 スタンの言葉に、アイシャが露骨に顔をしかめる。別にスタン自身がそういう考えを持っているわけではないとわかっていても、それを容認するような態度を取るのはどうにも面白くなかったのだ。


 そしてその反応は、スタンとしても予想していたことだ。揚げイモのバターでテカった口元をキュッと磨き上げると、スタンが静かな声で謝罪する。


「確かにデブラック男爵を領民思いの領主へと改心させられたならば、それが一番よい結果だったのは間違いない。それが出来なかったのは余の不徳の致すところだ。すまぬ」


「ちょっ、やめてよ! 別にアンタが悪いなんて言ってないじゃない! アタシだってもう一六歳なんだし、英雄譚の一説みたいに悪人があっさり改心しないなんてわかってるわよ!」


「そうだな。人に根付いた価値観は、そう簡単に変わるものではない。何十年と寄り添えば変えられるかも知れぬが、流石にそこまでの時間をこの領地の為に費やす気もないしな。


 故にいくつかの手段は考えていたが、男爵の考え方を鑑みれば、あれが最善だったと判断しておる」


 デブラック男爵は、身分や金に固執する典型的な小物貴族であった。人を人と思わず、領内にある全てを自分の物だと考える。そんな相手に「領民を大事にしろ」などと言って真っ当な領地経営の方法を教えたところで、素直に聞き入れるはずがない。


 ならばどうするか? その答えこそが先の話だ。


「領地全部が自分の家、ねぇ……それって上手くいくと思う?」


「おそらくはな。全ては自分の物だといいながら、それが他人のものであるという当たり前の認識があったからこそ、男爵は横暴に振る舞えたのだ。だが余の後押しで男爵の認識は完全に歪みきり、全てが自分の物となった。


 自分の懐から金を盗む者などいないし、自分の所有物なら相応に大事にするであろう? 無論苛立ちに任せて八つ当たりをすることなども無いとは言わぬが、今までの扱いに比べればそれでもずっとマシなはずだ。それに最悪の場合でも、殺さず領地の外(・・・・)に放り出せばいいと助言もしておいたしな」


 歪みを正すのではなく、更に歪ませることで一周回ってまともにする。自分には想像もしていなかったその解決法に、アイシャはスタンの仮面にジト目を向ける。


「アンタやっぱり、割と黒めのクロオよね……ちなみにだけど、領主様にしたその……何? 税金下げてもお金が減らないみたいな話って、偉い人の間では普通の感覚なの?」


 残り少なくなった揚げイモをカリカリ囓りながら、アイシャが問う。するとスタンは楽しそうに笑いながら仮面を横に振った。


「ははは、まさか! 税金を下げたら収入が減るに決まっているではないか」


「えぇ……じゃあ何で領主様はそれを信じたわけ?」


「常識の違いがあるからだ。たとえば余はファラオであるから、我が国に住まう民の財産を強制的に徴収しようとすれば、まあできなくはない。だがそんな事を続ければあっという間に民進を失い、余を糾弾する声が国中に溢れることだろう。つまり、余の財産と国民の財産は別ということだ。ここまではいいな?」


「うん。まあ、当たり前だしね」


「そう、当たり前だ。だが男爵は領内にあるものは全て自分のものだと考えていた。最初から『全てが自分のものである』という思い込みがあったからこそ、余の言葉に乗ったのだ。


 無論全てが嘘というわけではなく、実際領内、あるいは国内に流通する金という意味では確かに減らぬのだ。ただそれと個人の財産は本来別物なのだが、男爵はそこを混同し、全て自分の物だと思い込んでいるという話だな」


 スタンは男爵に「村人は男爵の金を自分の物だと思い込んでいる」と説明したが、その実は逆、男爵こそが村人の金を自分の物だと思い込んでいるだけ。それは少し考えれば当たり前にわかることなのだが、全てを自分のものだと信じて疑わない男爵がそこに辿り着くことはない。


 人は容易く変わらないし、変えられない。ならばこそスタンは男爵の意識を変えることではなく、逆に強化することで変わらぬ意思の元に領民が保護されるように仕向けたのだ。


「まあだが、それでいいのだ。考えや価値観が変わらずとも、扱いが変わればそれでいい。人扱いされながら理不尽な税を取られ続けるよりも、道具として大事にされた方が領民は生きやすいであろうからな」


「そうね。反発する人もいるでしょうけど、大抵の人はそうだと思うわ」



 人ならば鞭打って働かせることもあるだろうが、道具に性能以上の働きを期待する者はいない。人ならば飢えても乾いてもなお動けと命じることもあるだろうが、燃料の足りていない道具が動かないことに不満を言う者などいない。人を尊重しない者に人扱いされるくらいなら、いっそ道具扱いの方がずっと快適というのは、何とも皮肉な真実であった。


「うむうむ、誇りや尊厳は生きていればこそだからな……む?」


 と、そこでスタンの手が止まる。気づけば皿の中に山盛り入っていたはずの揚げイモが、もう一本も残っていない。


「おっと、終わりか。うぷっ、些か食べ過ぎたようだな……」


「当たり前でしょ! アンタ、アタシの揚げイモどんだけ食べたのよ!?」


「すまぬ……だがポテイトゥは、割と上位の余の好物なのだ……」


「何でファラオの好物がこんな庶民的な料理なのよ! まったく……ほら、水飲んでもう寝なさい。今日はソウルパワーの抽出もしちゃ駄目よ? 明日の朝起こしにいって干からびてたら、その口に『最後の晩餐』を突っ込むからね!」


「うぐっ!? あれはいかん! あのような非人道的な兵器を使うべきではない!」


 最後の晩餐……それは血と肉と油を固めた丸薬状の保存食である。親指の爪ほどの大きさに一日分の栄養が詰まっているため冒険者なら誰もが一つや二つは持っているが、その味は最悪を超えて災厄。死に瀕してでもいなければ絶対に食べないであろうことからその名がついた品である。


 ちなみに、スタンは興味本位で一度だけ口にし、二度と食べないと固く心に誓っている。アレに比べれば、サンプーン王国の携帯食は天上の美味であった。


「ならさっさと寝なさい! 明日からも忙しいんでしょ?」


「いや、確かにそうなのだが……駄目だ、今は迂闊に動けぬ。下手に動くとファラオリバースしてしまいそうだ」


「何よファラオリバースって!? 揚げイモ食べ過ぎて吐くファラオとか大概よ!?」


「ぬぅ、油が悪かったのであろうか? サンプーン王国製であれば、ここまで急に胸焼けが来るとは思えんのだが……」


「知らないわよ! まったくアンタはもーっ! どうする? 水でも飲む?」


「……しばしそっとしておいてくれ」


「ハァ、仕方ないわねぇ……」


 仮面のせいで細かいことはわからないが、置物のように動かなくなったスタンを見て、アイシャは深いため息を吐きながらその様子を見守るのだった。

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