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黄金の冒険者 ~偉大なるファラオ、異代に目覚める~  作者: 日之浦 拓


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善意と対価

「ふぅ……今度は本当にお腹いっぱい」


「ははは、そうか。では少し休むといい。追加の携帯食はここに置いておこう」


 満足気な吐息を漏らして横になったテッドを見て、スタンが笑いながら追加の食料を小さなテーブルの上にいくつも重ねて置いていく。本来ならこんなところに出して並べる必要はないのだが、目に見えて存在するという事実が必要だと思ったからだ。


 実際それを見てテッドは軽く驚き、だがすぐに幸せそうな笑みを浮かべる。


「うわー! ありがとう、仮面のお兄ちゃん」


「なに、ファラオたる余には容易いことだ。ではまた来るからな」


「うん! おやすみなさい…………すぅ…………」


 腹が満たされ栄養が補給されたことで、飲んだファラオローションの回復効果が強くなったのだろう。穏やかな寝息を立ててあっという間に眠ってしまったテッドをそのままにスタンと老女は家を出ると、すぐにアイシャが声をかけてきた。


「スタン! どうだった?」


「無論、きっちり癒やしてきたぞ。幸いにして病ではなく、栄養が足りていなかっただけのようだからな」


「そう。ならその子……テッド君? が元気になったら、また美味しいもの作ってあげないとね」


「だな。そちも期待しておくがいい」


「へへへ……」


 一通りスープが配り終わったことで、アイシャも一息ついてスタンお手製のスープを堪能しており、スタンに指摘されて悪戯っぽい笑みを浮かべている。そしてそんなスタン達とは別に、村人の一人が老女に声をかけてきた。


「レダ婆さん、本当にテッドは良くなったのか?」


「そうじゃとも! この仮面の人が薬を飲ませてくれたらすぐに目を覚ましてな、安静にしておけばもう大丈夫じゃと。


 本当に本当に、ありがとうございます! あんたは孫の命の恩人じゃ!」


「いやいや、余はファラオとして当然のことをしたまでだ」


 涙ぐみながらスタンの手を取りブンブンと上下に振るレダに、スタンが軽くそう答えてから、改めて周囲に向けて言葉を放つ。


「ふむ、丁度いい機会だ。他にも体調の悪い者がいれば申し出てくれ。余に出来る範囲の治療ならば施そうぞ!」


「い、いいのか!? でも、俺達そんな金は……」


「金など要らぬと言ったであろう! 治療も当然タダだ」


「…………何でそこまでしてくれるんだ?」


 スタンの言葉に、村人の一人が顔をしかめてそう問うてくる。その警戒心は即座に周囲に伝播し、食事の手を止めた村人達の間に不信感が広がっていく。


 だがスタンは焦らない。そんなことは最初から想定されていたことなのだ。


「理由の分からぬ善意は怖いか……当然の反応だな。ならば答えよう。余がそち達に施しを与える理由は……これだ」


 そう言ってスタンが仮面の縁から取りだしたのは、手のひらにスッポリ収まってしまう大きさの、黄金仮面の模造品(レプリカ)。それを渡された村人が、しげしげと小さな仮面を観察する。


「何だコリャ……あんたの仮面のちっちゃいやつ、か?」


「そうだ。それはミニファラオ君と言ってな。それを持つ者から命の力を集めることができるものなのだ」


「命!? ま、まさか呪いの魔導具か!?」


 怯えた村人が、スタンに渡されたミニファラオ君を宙空に放り投げる。だがスタンはそれを器用に掴み取ると、朗らかな笑い声をあげた。


「ハッハッハ、呪いのわけがなかろう。呪いというのであれば、そんな簡単に手放したりできるわけがない」


「そりゃあ、そうだけど……でも、じゃあどういうもんなんだ?」


「うむ。命の力と言うと大げさに聞こえるが、実際には人が生きていれば勝手に溢れて零れる力を集める、といった感じだな。わかりやすくたとえるなら……そうだな。体から水分を抜き取るとなれば恐ろしいだろうが、流した汗を勝手に集めるだけだと言われれば、別にそんなもの怖くもなければ困りもしないであろう?」


「あー……そりゃ確かに」


「これもそういうものだと思ってくれればいい。そしてこれが集める命の力は、持ち主が壮健であればあるほど多くなる。つまりそち達が日々を元気に過ごし、健康で長生きしてくれればくれるほど余に力が集まるということだ。


 どうだ? これで理由がわかったな?」


「むぅ…………」


 スタンの説明に、しかし村人は難しい顔で腕組みをする。確かに今の説明を聞けば、それを持っていることに害があるわけではないらしい。が、それが本当かどうかもわからないし、たとえ無害であろうとも命を吸い取るというのはどうにも聞こえが悪い。


 そしてそんな気持ちは多くの村人に共通するところだ。誰もが迷い口を閉ざすなか……黙って話を聞いていたレダが、スタンの前に歩み出て手を伸ばした。


「兄さんや、それを私にもらえるかい?」


「おい、レダ婆さん!? いいのか!?」


「当たり前じゃ! 飯を恵んでもらって、孫を助けてもらって、その上でこんなババアの命をどうして惜しむ必要がある? 老い先短いこの命、たとえここで全部吸い尽くされたとて後悔などないわ!」


「あー、ご婦人? さっきも言ったが、それを持っていることでご婦人に不利益になるようなことは一切ないぞ? それは余がファラオとして断言しよう」


「ああ、そうかい。まあどっちでもいいさね。ほれ、さっさとお寄越し!」


「う、うむ」


 グイグイと手を伸ばされ、スタンがレダにミニファラオ君を渡す。するとレダは受け取ったそれを指で摘まみ、しわくちゃの顔を更にしわくちゃにしながらしげしげと眺めた。


「はーっ、こいつぁまたよくできてるねぇ。あんたの顔にそっくりだよ」


「そうか? それはそれは、これを作った職人も喜ぶことであろう。そうだ、これを言っておかねばな。


 そういうわけで、余は今後も余のためにこの村に支援を続ける。が、支援を受けるためにミニファラオ君を受け取る必要はない。誰であっても平等に食事を分け、治療を施し、他にも幾つもの手助けをすることを約束しよう! そち達はただ、協力したいと思った時にこれを受け取ってくれればいい。


 さ、話は終わりだ。調子の悪いものは……いや、この際だ。村人全員の体調を見てしんぜよう! 飯を食い終わった者から余の前にやってこい!」


「なら、最初は私が見てもらおうかねぇ」


 それでも尻込みする村人達を前に、レダが先人を切ってそう言うとニヤリと笑う。そしてそんな心意気にスタンが応えぬはずもない。


「勿論構わぬぞ。では……ファラオスキャン!」


「ふぁっ!? 目が光ったぞ!?」


「そうじゃよ。この御仁は目が光るんじゃ!」


 驚く村人に、何故か得意げにレダが言う。


「ふーむ、特に病などはないようだが、やはり加齢による機能障害はあるな」


「ふぇっふぇっ! 私は今年で六二歳だからね。そりゃ寄る年波には勝てないさ」


「うむん? 思ったより若いではないか。それでこの見た目とは、やはり食糧事情の問題が……っと、それより治療だな。まずはわかりやすく手からいくとしよう」


「手? 手は別にどうもしとらんよ?」


「まあ見ておれ」


 首を傾げるレダに、スタンは仮面の縁から小瓶を取りだし、中身のファラオローションをレダの手にかけ、優しく擦るようにすり込んでいく。すると……


「お、お、おぉぉぉぉ!? なんとまあ、たまげた!」


 長年の酷使によりひび割れあかぎれ、深い皺の奥が石のように固くなってしまっていたレダの手が、まるで若返ったかのように美しい柔らかさを取り戻す。


「こりゃ凄い! まるで生娘の手じゃないかね!」


「今は効き目が強く出ているからその状態だが、しばらくすればもう少し落ち着いて元の手に近づくだろう。が、それでも傷などは綺麗に治っているはずだ。


 さあ、次は腰と膝を……」


「あっ、ちょっとスタン! いくらお婆ちゃんだからって、外で服を脱がすつもりじゃないでしょうね!?」


「ぬおっ!? そ、そんなわけなかろう! ではご婦人、さっきの今で悪いが、もう一度家に戻ってもらってもいいかな?」


「勿論じゃとも! クフフフフ、皆の衆、行ってくるぞ。ほれ兄さん、こっちじゃ」


「う、うむ?」


 まるで年頃の娘のように足を弾ませ、スタンの手を取りレダが家に入っていく。若い男を自宅に連れ込む村で最年長の老女の背を村人達は何とも言えない表情で見送ると、やがて喜んでいるようなくすぐったがっているような、艶めかしい嬌声のようなものが家から響いてきて……


「……なあ、レダ婆さん達、中で何やってんのかな?」


「治療だろ? もしそうじゃなかったら……駄目だ、想像するだけできつい。だからきっと治療なんだよ。間違いない」


「だな。治療だよな、うん……」


「ったく、アイツは本当にもう……」


 ひそひそ話し合う村人をそのままに、アイシャは思わず天を仰いで、スタンの仮面を引っ叩く準備をするのだった。

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