領主との面会
エディスから忠告を受けて、一〇日ほど経った頃。来るか来ないかとヤキモキしながら待っていたスタン達に、遂に領主からの呼び出しがかかった。
無論強制というわけではないし、アイシャはともかくスタンはアステリア王国の国民ですらないので無視することもできなくはなかったが、偉大なるファラオであるスタンが「会いたい」という要求を拒否することなどない。
ということで、領主の用意してくれた馬車に揺られて移動すること三日。スタン達は短い旅路を経て、ベルトナン伯爵邸の前に辿り着いていた。
「ほえー……………………」
フカフカの椅子が素晴らしかった馬車を降りたアイシャが、目の前の光景にポカンと口を開けて感嘆を漏らす。開け放たれた金属製の門の向こうには手入れの行き届いた立派な庭園が広がっており、そこに敷かれた石畳に導かれるように視線を動かせば、その先にあるのは大きなお屋敷だ。高さこそ三階建てほどだが横には呆れるほどに長く、外から見える窓の数は数える気にもならない。
「ほほぅ、なかなか立派な屋敷だな。庭園の方もしっかり手入れがされているようだ」
「ねえスタン、アンタなんでちょっと上から目線な感じなの?」
「何故と言われても、余はファラオであるからなぁ」
ジト目で見てくるアイシャに、スタンは若干困ったような声で返す。王として王宮に暮らしていたスタンからすると、この屋敷の素晴らしさは理解できても、そこに感動するようなことはない。そしてそんなスタンの態度に、アイシャは小さくため息を吐いた。
「ハァ……何か、アンタが王様だっていうのを、今初めて実感した気がするわ」
「何故に今初めてなのだ!? 余はそちに出会ったその瞬間から、これ以上無いほどにファラオであったであろうが!?」
「はいはい、そーね。ファラオらしい大騒動の結果がこれよね。出会ってすぐの頃にアンタが目立たないように気を使ってたのが、遠い昔みたいだわ」
「ぐぬっ……」
おざなりに答えるアイシャに、スタンは言葉を詰まらせる。スタンは今でも自分が目立つつもりなど欠片も無いのだが、僅か一月と少しで領主邸に呼びだされるという事実から目を背けることはできない。
反省はある。だが後悔はしていない。ファラオは過去を踏まえることはしても、振り返ってやり直したいなどとは思わないのだ。
と、そんな雑談をしていると、程なくして邸宅の中に入っていった家令の老人が戻ってくる。その案内を受けて屋敷の中へと招き入れられ通された先には、四〇代中盤くらいと思われる男性が待っていた。僅かに灰色がかった髪……白髪ではなく、生来の髪色がそうなのだ……を後ろに撫でつけ、引き締まっても揺るんでもいない年相応の体型をした、なかなかに貫禄のある人物だ。
「ようこそ我が邸宅へ。私はこの一帯の領主である、ダードリー・ベルトナン伯爵だ」
「おみゃ、お招きありがとうございます、伯爵様。アタ……私はE……じゃない、D級冒険者のアイシャです」
伯爵の名乗りに、返事をすることで頭がいっぱいだったアイシャが先に答える。ガチガチに緊張した様子はギルドマスターの時よりも酷いが、伯爵はそれを何とも思わない。平民の駆け出し冒険者が自分を前に緊張するのは当然であり、それを不敬とするくらいなら、そもそも冒険者など家に招くはずもない。
「招待感謝する、ベルトナン伯爵殿。余はサンプーン王国二八代ファラオ、イン・スタン・トゥ・ラーメン・サンプーンである」
が、続いたスタンの名乗りに、伯爵はピクリと眉を釣り上げた。その様子に焦ったアイシャが、慌ててスタンの仮面を引っ叩く。
「ちょっとアンタ、何してんのよ!?」
「そちこそ何をするのだ!? 余は普通に挨拶をしただけではないか!?」
「それが駄目だって言ってんのよ! すみません伯爵様、コイツは何て言うか……」
「ああ、話は聞いている。どうやら君は、王族を自称しているようだね?」
まるで値踏みをするように、伯爵の目がスッと細められる。だがその眼力を前にしてなお、スタンに動揺する雰囲気は微塵も無い。
「そうだ。余がサンプーン王国のファラオであることは揺るぎない事実であるからな」
「だが、サンプーン王国という国は何処にあるんだね? 存在が確認できない国の王と名乗ることに、どんな意味がある?」
それはある意味、極めて辛辣な問い。だがそんな問いに、スタンは声を荒げることもなく静かに答える。
「確かに伯爵殿の言う通り、何処にあるかも分からぬ国の王を名乗るなど、知らぬ者から見れば滑稽な姿に映るのだろう。
だが余は、それでも王……ファラオなのだ。国家の象徴であり、全ての国民の威信を背負う存在、それがファラオだ。その矜持は祖国から遠く離れたとて変わることはなく、国民が余の退位を望まぬ限り、余は永遠にファラオである。
そこにあるのは意味ではない。責務であり、誇りなのだ。ならばこそ国の場所がわからぬ程度でそれを放り出すことなどできるはずもなく、故に余は誰憚ることなく堂々と名乗るのだ。余はサンプーン王国二八代ファラオ、イン・スタン・トゥ・ラーメン・サンプーンである! とな」
「ふむ…………」
蕩々と語り終えたスタンに、伯爵は小さく頷く。するとスタンの背後、扉付近に控えていた家令の老人が部屋から出て行き、それに合わせて伯爵が改めてスタン達に声をかけた。
「いや、失礼な問いだったな。気を悪くしたなら謝罪しよう」
「いや、気にせんでくれ。貴殿の立場であれば当然の問いであろう。それに余とて他国の貴族である伯爵殿に敬意を抱いていないわけではない。単にファラオとして頭を垂れるわけにはいかぬというだけのことだからな」
「そうか。では詫び代わりと言ってはなんだが、今夜の晩餐に君達を招待したい。そこでゆっくりとゴブリンジェネラルを倒した時の話を聞かせて欲しいのだが、どうだろうか?」
「うむ? 余は構わぬが……アイシャよ、そちはどうだ?」
「え、アタシ!? そんなのいいに決まってるじゃない!」
突然話を振られ、アイシャが慌てながらも即答する。アイシャとしては「たとえ美味しい料理が出たとしても、緊張で味が分からないような場所には行きたくない」というのが本音だが、スタンが許されたからといって、自分の我が儘が同じように通るとは思えない。
「あ、でもアタシ、ドレスとかそういうの持ってなくて……あの、この格好だとご無礼になるんじゃ……?」
なので一縷の望みをかけて、遠回しに出席を遠慮したい旨を伝えてみる。が、伯爵はニッコリと笑ってその企てを打ち砕いた。
「ああ、それなら心配ない。君達が泊まる宿に服を届けさせよう。勿論スタン君の分もだ」
「む、そうか。重ねて感謝するぞ、伯爵殿」
「構わんよ。では、また夜に」
そうして伯爵が話を打ち切ると、スタン達は屋敷を後にした。再び高級な馬車に揺られて指定された宿に着くと、アイシャは自分の部屋に行かず、スタンの部屋にやってきて声をあげた。
「あーもう! アンタ何考えてんのよ!? アンタがいつ無礼打ちされるかって、アタシずーっとドキドキしてたんだからね!」
「ハハハ、何を言うかと思えば。ファラオたる余が礼節を弁えていないわけないではないか」
「あの態度のどこに礼節があったのよ!? ホント、伯爵様はよく怒らなかったわよね」
「それはそうだろう。貴族ともあろう者が、何も調べず他者を屋敷に招くはずがない。であれば余がああいう対応をすることなど予見して然るべきなのだから、怒るくらいなら最初から招いたりはせぬよ。
まあそれを理由に余を処断し、ファラオの秘宝を奪おうとするという可能性はあったが……それも杞憂であったようだしな」
スタンのファラオセンスは、伯爵と話していた部屋の外に幾人もの武装した兵の存在に気づいていた。が、スタンの言葉を聞いて伯爵はそれを下がらせており、だからこそスタンもそれを問題にするつもりはない。
見知らぬ相手に警戒し備えをするのは為政者として当然の行為であり、それを咎めるなら王の隣に近衛が立っていることすら認められぬのだから。
「そうね、こうして無事に帰って……いえ、まだ夜もあるんだし、無事って言うのは早いかしら?」
「それは今の段階では何とも言えぬが、まあ余がいるのだから大丈夫だ。そちは普通に食事を楽しめばよい」
「食事……楽しめるかなぁ……?」
気楽に告げてくるスタンに、アイシャは何とも言えない表情で自分のお腹を擦るのだった。





