暴君の怒り
「スタン!? お前、何しやがった!?」
「説明は後だ! それより、さっさと子供をこちらに取り戻すぞ!」
驚くライバールをそのままに、スタンは子供に向かって走り出す。ファラオンネルによる光の障壁はゴブリンが一〇〇年殴り続けようと破れはしないが、それを維持するために消費されるソウルパワーの残量は別だ。
「グギョォォォ! ナンダゴイズ! ブッゴロズ!」
そんなスタンに、巨躯のゴブリンが襲いかかろうとする。だがそれを押しとどめたのはライバールだ。
「おっと、スタンの邪魔はさせねーぜ!」
「グギャァ! ジャマ! ジャマ! グギャ、グギョギョギャ!」
「グギャア!」
巨躯のゴブリンの雄叫びに、障壁を殴っていたゴブリン達がスタンの方へと向き直る。多勢に無勢、必殺の光の剣もないスタンにはそれを蹴散らす術はなかったが……
「甘いわ! ファラオフラッシュ!」
「「「ギャァァァァ!?!?!?」」」
スタンの被る黄金の仮面が、突如として太陽よりも眩く輝く。目を潰されて顔を押さえながら呻くゴブリンの隙間を抜けると、スタンは障壁を解除して子供を抱きかかえ……ちなみに、障壁が遮光したので子供は無事……そのまま再びライバールの横を駆け抜け、部屋の入り口付近にいたアイシャのところまで戻った。
「アイシャよ、子供を頼む!」
「わかったわ! ほーら、もう大丈夫よ」
「うっ、ひっぐ! うぇぇぇぇぇぇぇん!」
泣く子供を宥めるアイシャに背を向け、スタンはライバールのところへと戻る。するとライバールが恨みがましそうな顔でスタンに声をかけてきた。
「お前、ああいうことをやるなら先に言えよ! 俺の目まで潰れてたらどうするつもりだったんだよ!?」
「ハハハ、許せ。あのゴブリンはこちらの言葉が話せるようだったからな。それにそちなら、余を心配して背中を目で追うなどということをしないと思っていたのだ」
「チッ、言ってろ……さて、じゃあこれで仕切り直しだ」
悪態をつきつつもニヤリと笑ったライバールが、巨躯のゴブリンに向けて剣を構え直す。すると軽く頭を振って立ち直った巨躯のゴブリンが、怒りのままに足を踏みならした。
「ギュアアアア! ナンデダ! ナンデマホウヅガエル!? ギュガ! ギュオウガ!?」
「ギュア!? グギャル、グギャグギャ!」
巨躯のゴブリンが睨み付けると、そのすぐ隣にいたゴブリンが怯えた様子で声をあげる。握り拳ほどの青色の石の付いた杖を持つそのゴブリンは、何かを必死に弁明しているようだ。
「魔法? 何の話だ?」
「あの杖持ちはゴブリンメイジだ。あいつが使った魔法で、こっちの魔法や魔導具が封じられてたんだよ。それさえなきゃ、俺だって人質くらい解放できたんだが……」
ライバールとて、無策でこんなところにやってきたわけではない。投げつけることで低位の魔物を数秒間だけ酩酊させる使い捨ての魔導具を、いざという時の切り札として一つだけ持っており、それを使えば子供を安全に助け出すことも、本来ならば可能であった。
が、ライバールがこの部屋に入ってすぐ、それを使う前に巨躯のゴブリンの命令により、ゴブリンメイジが低位の魔法や魔導具の発動を防ぐ下級反魔法領域を発動してしまったことでその手が封じられてしまったからこそ、ライバールは何も出来ずにあの場で立ち尽くしていたのだ。
「子供の声が聞こえたから、お前達と合流する前に咄嗟に飛び込んじまったんだが、まさかあんなのがいるとはな……悪い、助かったぜ」
「ふふ、気にするな。余達もまた、そちとの合流よりここに来ることを優先したのだからな。それより……」
「グギャアアアアアアア!」
「ギャフ!?」
スタン達がそんな会話をしている間に、ゴブリン達もまた何らかの話を続けていた。そしてその決着は、巨躯のゴブリンがゴブリンメイジの脳天に拳を落として殴り殺すという、何とも不合理なものだ。
「オマエ、ウソヅギ! アイヅ、マホウヅガッタ! ウソヅギ、ヤグダダズ、ゴロズ、ゴロズ、ゴロズ! グギャアアアアアアア!」
「ギュア!? ギュォォォォ!?」
「グギャ! グギャーギャ!?」
「癇癪持ちの強者か……哀れな」
巨躯のゴブリンの怒りはそれだけで収まらず、周囲にいる他のゴブリン達まで殴り始める。その酷い暴走ぶりを目の当たりにし、スタンは何ともやるせない気持ちで呟いた。
「強者は弱者を如何様にも扱える。ならばこそ強者、上位者は己を律し、力の使い方を常に考えねばならぬものだ。人の……ゴブリンからすれば異人の言葉すら話せる知力があるというのに、それがわからぬか」
「んな難しい事をゴブリンに求めるのが間違ってるだろ。それより気をつけろよスタン。あいつ、多分ジェネラルだ」
「ジェネラル? 将軍か?」
問うスタンに、ライバールが巨躯のゴブリンから視線を外さずに小さく頷く。
「そうだ。通常のゴブリンがD級、ナイトとかメイジとかの職付きになるとC級、そっから更に魔力を溜め込んで進化したのがジェネラルだ。最低でもB級……俺でもちょっときついくらい強い」
「ほぅ、B級か……」
ライバールの説明に、スタンはドーハンとの模擬戦を思い出す。あれはあくまでも模擬戦であったとは言え、目の前のゴブリンがドーハンと同格と思えば、確かにかなりの強者だと言えるだろう。
「それに、こんな町の近くにいるのに討伐依頼が出てないってことは、こいつは人の脅威を理解する慎重さと、襲っても大丈夫な獲物を見分ける狡猾さも持ってるってことだ。お前からすりゃ馬鹿に見えるんだろうが、普通のゴブリンはそんなこと考えやしねー。
だからスタン。お前はアイシャとガキを守りながら、町に戻ってギルドに報告してくれ」
「……何? それは余にそちを見捨てて逃げろということか?」
「そうだよ! さっきまでとは状況が違う! こんなヤバい奴がいるって情報は、絶対に町に届けねーと大変なことになるんだよ! ここは何としても俺が抑えるから、お前達は逃げて情報を持ち帰れ!」
「グギャアアアアアアア! ゴロズゴロズ! ミンナゴロズゥ!」
遂に周囲のゴブリンを皆殺しにし終えた巨躯のゴブリン……ゴブリンジェネラルが、血まみれの拳をスタン達に向けてきた。すると即座に前に出たライバールが、己の剣で、その一撃を受け止める。
「ぐぉぉっ!? 行けスタン!」
想像を大きく超える衝撃を受け止め、必死に歯を食いしばったライバールの叫び。だがその願いをスタンは一顧だにせず切り捨てる。
「断る! ファラオブレード!」
「なっ!?」
「グギャアアア!?!?!?」
スタンの手に出現した光の剣は、ゴブリンジェネラルの太い腕を容易く斬り跳ばす。そのまま更に踏み込んで一気にジェネラルの体を両断しようとするスタンだったが、ジェネラルが大きく後ろに飛び退いたことでその剣筋は空を斬るだけに終わった。
「むっ、かわされたか」
「ちょっ、おま、スタン!? 何だよそれ!?」
「さっきも見せたであろう? 多少強くなったとしても、ファラオの秘宝の前では魔物など……」
『ソウルパワーの残量がありません。お近くのピラミダーにて、ソウルパワーを充填してください』
スタンの仮面の中に事務的な声が響き、手にしていた光の剣がその力を失う。それと同時にファラオンネルがポトッと地面に落ち……スタンはそれを素早く拾い上げると、<王の宝庫に入らぬもの無し>の中にしまってから何食わぬ様子で告げる。
「よし、今のうちに逃げるぞライバールよ! アイシャ、撤退だ!」
「何なんだよお前!? まあ逃げるけどよ!」
「どうせそんなことだろうと思ってたわ! さ、行くわよ!」
「うん……」
「ガァァァァァァァァ!!!」
ゴブリンジェネラルの雄叫びを背に受けながら、スタン達は子供を連れ、一目散に洞窟から走り去っていった。





