聞こえた呼び声
「む…………」
「あちゃー」
ゴブリン討伐の依頼をこなすべく、引き続き森に潜伏し続けるスタン達。だが目の前に現れたゴブリンの集団を前に、スタン達は残念そうな声を漏らす。
「五匹……じゃあ駄目よね?」
「だな。流石の余でも、あの数は無理だ」
息を潜めるスタン達の前をゆっくりと通り過ぎていくのは、周囲を警戒しながら進む五匹のゴブリン達。仮に不意打ちで一匹倒せたとしても、流石に四匹に囲まれるとスタンでも無理だ。如何に回避技術が高かろうと、物理的に回避できない状況を生み出される数の暴力には対抗できるはずもない。
「なら、見逃すしかないか……むぅ、これで三回目よ?」
「仕方あるまい。そもそもこの依頼は、二人で受けるようなものではないからな」
不満げに口を尖らせるアイシャに、スタンが苦笑しながら答える。一般的な冒険者パーティの人数は、だいたい三から五人くらいだ。そして自分達が三人であれば、備えとして一人を残し、二人で奇襲をかけて二匹を倒せれば、残りは三対三で対等な数になる。
だがスタン達は二人しかいない。たった一人の差ではあるが、そのたった一人がいないが故に、スタン達は四匹以上で活動しているゴブリンに戦いを仕掛けられないでいた。
「数の力というのはどんな時代、状況であろうと強大だ。それを覆すのはなまなかなことではない」
「ま、そうだけど…………ちなみにだけど、アンタが本気っていうかあの光る剣とかを使ったら、コイツら倒せるの?」
「余裕だ」
アイシャとて次を探すのが面倒などという理由で自殺するほど愚かではない。せっかく見つけたゴブリン達を見送りながら興味本位でそう問うと、スタンは一瞬たりとも迷うことなく断言する。
「サンプーン王国にいた時と同じく、余がファラオの秘宝を十全に扱えるのであれば、五匹のゴブリンなど何の問題にもならぬ。そしてそれは千でも万でも同じだ。何なら森ごと消し飛ばして、一面を焦土と化すことも……」
「アンタそれ、絶対使ったら駄目よ? いい? フリとかじゃなくて、本気だからね!?」
「ハッハッハ、当たり前であろう。アレがここで使えるのかも分からぬし、そもそも余の命を限界まで振り絞ったとて、アレを起動するにはまったく足りぬ。できるようになるとすれば、ピラミダーを三つは稼働させた後だな」
「できるようになってもやるなって言ってんのよ!」
朗らかな笑い声を上げるスタンの仮面を、アイシャがパコッと叩く。アイシャの脳内に浮かび上がった高笑いをあげながら森を焼き尽くす黄金仮面の姿は、控えめに言ってもお伽噺の魔王にしか思えなかった。
「まったく……でも、どうする? そろそろ日も暮れるし、一端町に帰る? 一応野営の準備もあるけど……」
朝早くに出て、森に辿り着いたのが昼。そして今木々の隙間から覗く空は、僅かに赤みが掛かってきている。暗くなる前に町に帰り着くとなれば、そろそろ森を出なければ間に合わない。
勿論、討伐依頼となれば戦闘が長引いたり、怪我をして帰還が難しくなったりすることも想定し、最低限の野営の準備はある。なので一端帰ってまた来る時間を惜しいと思うならば、ここに留まることも可能だ。問うアイシャに、今度はスタンも仮面の顎に手を当て考え込む。
「そうだな……余としては、一度野営も経験しておきたいという気持ちはある。が、ゴブリンのうろつく森の中で野営するのは時期尚早であろう。街道沿いの野営地が使えるならそこに行けばよいのだが……」
「あれはまだ大分先よ? こんな町の近くで、誰も野営なんてしないもの」
大きな街道沿いには、おおよそ一日の距離ごとに簡単な野営地がある。道を塞がないようにその脇に作られた広場は簡易的な石竈などが設置……というより放置されており、冒険者や行商人などは大抵そこで固まって休むのだ。
が、一日の距離ということは、町から半日の距離にあるこの森の側にはないということだ。そこに辿り着くためには町に帰るのと同じだけの時間がかかるので、わざわざ街道を進んで野営地に泊まる理由は何一つない。
「ならば戻るか。明確な期限の区切られた依頼というわけでもないしな」
「いいの? アンタ、少しでも急ぎたいって言ってたじゃない?」
慮るようなアイシャの言葉に、スタンは仮面を揺らして首を横に振る。
「構わぬ。気が急いていることを否定はせぬが、焦って足下を掬われては元も子もないからな。ここはじっくり…………?」
「スタン? どうしたの?」
不意に言葉を止めたスタンに、アイシャが不思議そうに首を傾げる。だがスタンは手を挙げてアイシャの言葉を制すると、己の聴覚を研ぎ澄ます。
「……声だ。声が聞こえた」
「声? アタシ達の他にも冒険者がいるってこと?」
「その可能性もゼロとは言わぬが……おそらく違う。もっとか細く甲高い悲鳴だ。おそらくは子供であろう」
「子供!? 何で子供がこんな森にいるのよ!?」
「それを余が知っているわけがなかろう? だが……どうする?」
「どうするって、そりゃ助けに……あっ」
いきり立つアイシャが、そこでハッと我に返る。この森で子供が攫われたとなれば、十中八九ゴブリンに攫われたということだ。だがアイシャ達の実力では、一度に相手にできるゴブリンは三匹くらいが限界になる。
対して、子供を攫うようなゴブリンがそんな少数であるとは思えない。であれば本来アイシャがすべき選択は、「子供がゴブリンに攫われているかも知れない」という情報を冒険者ギルドに持ち帰ることだ。
だがそれは、子供を見捨てる選択肢に他ならない。最も賢明な選択は、最も残酷な選択でもあるのだ。
「……ねえスタン。もう一回確認するけど、アンタが本気出せたら、ゴブリンなんて相手じゃないのよね?」
「そうだな。現状蓄積できたソウルパワーだけでも、ファラオブレードくらいなら問題無く起動できる。そしてファラオブレードであれば、ゴブリンを一刀両断するのは可能だ」
「なら……アタシは子供を助けたい」
スタンの仮面をまっすぐに見つめ、強く拳を握りながらアイシャが言う。
「わかってるわ! どう考えても無謀で、アタシ一人なら絶対に選ばないし、選んでも無駄死にするだけだってわかってる! でもアンタが……スタンが協力してくれたら、アイツ等を余裕でやっつけて助けられるんでしょ!?
ならお願い。アンタには何の得もないし、アタシの自分勝手で我が儘なお願いだってわかってるけど、でも、それでもアタシは……っ!」
そんなアイシャの頭に、スタンがそっと手を乗せる。
「よい。そちが己の力を過信していたり、余の力を利用できて当然のものと考えているのであれば、余としても対応を考えるところだったが……間違いを理解し、身勝手さを自覚し、それでもなお人としての良心を抱いて余に願うというのなら、友としてそれを叶えぬ理由が何処にある」
「…………いいの? 本当に?」
「ファラオに二言はない。それにな……」
見つめるアイシャにカクッと仮面を揺らして頷いてから、スタンは森の奥……声の聞こえた方に視線を動かして言う。
「たとえ余の臣民でなかったとしても、泣く子供を見捨てて何がファラオか! 未来を担う小さき命を救うためであれば、溜めた財貨を放出することに躊躇うことなど微塵もない!
着いてこいアイシャよ! ゴブリン共を殲滅し、攫われた子供を助けるぞ!」
「――っ! ええ、アタシ達でやってやりましょ!」
力強く宣言するスタンに、アイシャが輝く笑顔で同意する。安全マージンを取りながら気長にこなすはずだったゴブリンの討伐依頼は、この瞬間大きな転換を迎えた。





