間話:大型新人冒険者の主張
昇級目指してスタン達が活動し始めてから、一月ほど経った頃。その日冒険者ギルドの受付では、ちょっとした騒動が起きていた。
「おい、ふざけんな! 何で俺がE級なんだよ!?」
ギルド内部に響き渡る、若い男の声。周囲の者達が視線を向けると、そこには受付嬢に食ってかかる人物がいる。ツンツン尖った短髪と如何にも生意気そうな顔つきをした、成人したての一五歳くらいと思われる少年だ。
「何でと言われましても、新規登録をされる方は全員E級からというのが冒険者ギルドの決まりですので……」
「だからそれがおかしいって言ってんだよ! さっき偉そうなことを言って俺に負けたオッサンはB級冒険者だったんだろ? なら俺は最低でもB級より上ってことじゃねーか!」
ざわっ!
本人にそんなつもりはないのだろうが、一切声を抑えずに話す少年の言葉に、周囲の冒険者達の間に動揺が広がる。
「このギルドにいるB級冒険者って、ドーハンさんだろ? え、あいつドーハンさんに勝ったのか!?」
「嘘だろ? いや、それとも模擬戦ならそういうこともある、のか?」
「ちょっと前にスタンにも負けてたよな。ひょっとしてドーハンさんが落ち目とか……」
「そう思うならお前が勝負してみろよ。お前の負けに金貨賭けといてやるぜ」
それぞれが好き勝手なことを言うなか、少年の主張は止まらない。それに受付嬢が困り果てていると、ギルドの奥から一人の男性が姿を現した。
「随分騒がしいが、どうかしたのかい?」
「あ、ギルドマスター! 実は……」
「お、あんたここの偉い人なのか? ならさっさと俺を実力に相応しい級にしてくれよ!」
「? どういうことだい?」
「実は……」
意味が分からず首を傾げるギルドマスターのエディスに、受付嬢が事の経緯を説明していく。それを聞いたエディスは腕組みをして頷きながら、改めてその内容を纏めて口にした。
「なるほど。今回もドーハンが気まぐれで新規登録者を相手にしたところ、模擬戦で負けてしまったと。で、君は……」
「俺はライバール! そう遠くないうちに勇者と呼ばれる男だ!」
騒いでいた少年……ライバールが、自信たっぷりの笑みを浮かべながら名乗った。何処か幼さの残る顔つきなれど、その目には確かに強い光が宿っている。
「そうかい。面倒な書類仕事ならともかく、こと戦闘においてドーハンが手を抜くことはないだろう。ならばそれに勝った君は、確かに最低でもC級上位程度の実力はあるだろうね」
「おい、何で俺に負けたオッサンより、俺の方が弱いって認定になるんだよ!?」
「それは勿論、君達がやったのが模擬戦でしかないからだよ」
不満げに声を上げるライバールに、エディスが穏やかな表情で告げる。
「逆の立場で考えてみるといい。もし君に『俺は最強だ!』と意気込む一〇歳くらいの子供が向かってきたとして、君は自分の力の全てを使っていきなりその子を殺しにかかったりするかい?」
「それは……しねーけど…………」
「つまりそういうことだよ。君の実力を見るための模擬戦で、全力で殺しにかかるわけないじゃないか。そして真の実力はそのレベルでしか測れない。君もドーハンもどちらも本当の本気ではなく、かつ私はドーハンの実力は知っていても、君の本気の力は知らない。なので最低でもC級と言ったんだ。納得したかな?」
「お、おぅ……そうか。まあいいや。ならC級で我慢してやるから、さっさと俺を冒険者登録してくれよ」
「いや、それはできない」
「な、ん、で、だ、よ!? 自分で言ってることが滅茶苦茶だってわかってんのか!? あぁ!?」
静かに首を横に振るエディスに、ライバールが地団駄を踏みながら凄む。だがギルドマスターとして荒くれの相手など数え切れない程してきたエディスが、強いとはいえ少年の癇癪程度で心を乱すことはない。
「割と勘違いしている者が多いんだが、冒険者ギルドが与えている等級というのは、決して強さを現しているものではないんだ。勿論実力そのものは必要だけれど、一番重要なのは『信頼』なんだよ」
「信頼ぃ?」
胡散臭そうな表情を浮かべるライバールに、エディスは「少し前にも同じ説明をしたな」と内心で笑いながら話を続ける。
「そうさ。冒険者登録は犯罪者以外は誰でもできる。だが登録した人が果たして真面目に依頼をこなしてくれるのか? 依頼人に失礼な態度をとったり、力に任せて乱暴狼藉を働いたりしないか? そういうものを実績を通じて確認し、その信頼度を目に見える形にしたものが等級なんだよ。
たとえば……そうだね。ドラゴンの首を手土産に冒険者ギルドに登録したいと申し出る人がいたとしよう。ドラゴンを倒せるならその人は間違いなくA級に該当する実力があるだろうけど、その人物がどういう存在なのかは誰も知らない。
もしそんな人をA級に認定したとして、いきなり自分の力を振りかざして好き放題にやりだしたらどうだい? あるいは依頼を受けるだけ受けておいて、その日の気分でやったりやらなかったりしたら? そんな人物をA級に認定してしまったら、A級という肩書きの信頼がまるっきりなくなってしまうと思わないか?」
「俺はそんなことしねーよ!」
「本当にかい? まだ一度だって冒険者ギルドの依頼を受けたことがないのに、どうしてそれを絶対にこなせると言えるんだい?」
「それは…………」
口ごもるライバールに対し、エディスがそっと歩み寄るとその肩にポンと手を置く。
「いいんだ。知りもしないことを『できる!』なんて断言する方がおかしいんだからね。それに勿論、冒険者側にだって受ける依頼を選ぶ権利がある。が、受けたからにはきっちりこなしてもらわないといけないし、受けた後で理不尽な内容があったとしたら、ギルドに報告する義務もある。
冒険者の仕事は、好きな依頼を受けて魔物を殺して終わり、というだけじゃないんだ。そしてそういう手順を学ぶためにも、E級から徐々に昇級する方がいい。だってC級ともなれば、そんなことは知っていて当たり前の扱いになってしまうからね。
それに仕事を覚えて真面目に頑張れば、実力に見合う等級まで上がるのなんてすぐさ。だから回り道じゃなく、しっかり基礎を固めるという意味でE級から頑張るのは一番いいやり方だと思うんだが、どうだい?」
「…………そう、だな。確かに、そんな気がする」
エディスに優しく諭され、ライバールは己に内に燻っていた怒りが収まっていくのを感じる。実力を軽んじられ不当に低く見積もられたと考えたからこその憤りだったが、言われて考えてみれば、確かに自分は冒険者の仕事を何も知らないのだと理解できたからだ。
「ハァ、わかったよ。ならしょうがねぇ、最初はE級から――」
「あ、スタンさんに、アイシャさん!」
ライバールが少々ばつが悪そうな表情を浮かべながら承諾しようとしたその時、隣の窓口にやってきたスタン達に、レミィが弾むような声で話しかけた。
「今回の依頼も無事に完了ですね。では……おめでとうございます! これでスタンさん達は、晴れてD級冒険者に昇格です!」
「おお!」
「やったー!」
その言葉に、スタンとアイシャがパチンと手を打ち合わせて喜ぶ。だがそんな姿を横目で見てしまったライバールはと言うと……
「…………え、俺の信用、あんな糞怪しい仮面野郎よりねーの?」
「あ、あはははは……まあ、そういうことになってしまうかと…………」
「な、納得いかねーっ!」
ポカンと口を開けるライバールに、受付嬢が微妙に引きつった笑顔で告げる。そのあまりにも理不尽な現実に、ライバールは魂の叫び声をあげるのだった。





