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黄金の冒険者 ~偉大なるファラオ、異代に目覚める~  作者: 日之浦 拓


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当たり前の「これから」

「あー…………疲れた……………………」


 強制連行の果てに猛烈な拷問(しどう)を受けた、その日の晩。流石に初日くらいはということで謎の薬を嗅がされることなく、予備の天幕の一つを仮部屋として与えられたアイシャは、そこに置かれた簡易ベッドにぐったりと倒れ込んだ。


「死ぬ……あれは死ぬわ……体もだけど、心も死ぬ…………」


 心身共にクタクタなのに、疲れすぎていて横になっても眠れない。こりゃ確かに薬が必要だろうと思いつつ、アイシャはぼーっと暗い天井を眺めながら益体もない考えを思い浮かべてく。


「なんでアタシがこんな目に……まったくアイツは! 何なのよもう! アイツはあれね、ファラオじゃなくて、災厄を呼ぶヤクオね! うぅぅぅぅ……うん?」


 と、そこで不意に、腰の辺りからわずかな振動を感じた。変なポーズのしすぎで痛い腕を伸ばしてみると、そこではミニファラオ君が音を鳴らさずに静かに震えている。


「壊れた……わけじゃないわよね? スタン?」


『む? ……おお、アイシャか』


 口元を指先でカパッと開いて話しかけると、ミニファラオ君越しにスタンの声が聞こえる。だがミニファラオ君を持っているのも辛かったので、アイシャはそれを適当に枕元に放り投げてから、そのまま話を続けた。


「何? 何か用? ってか、今ミニファラオ君の音が鳴らなかったんだけど、何で?」


『ああ、それはこちらでマナーモードに設定したのだ。これならば演技の練習中や寝ているときなどでも邪魔にならぬであろう?』


「そりゃそうだけど……でもそれだと気づかないこともあるわよ? 多分」


『その時はそれでいいのだ。本当に緊急の時はちゃんと音が鳴るのでな』


「そっか、ならいいけど……てことは、今は別に用事があったわけじゃないってこと?」


『……まあ、そうだな。故にそちが疲れているというのなら、このまま切ってくれて構わんのだが』


「いいわよ別に。ものすごーく疲れてるけど、疲れすぎてて休めないっていう感じだから。あーでも、話してる間に寝ちゃうかも知れないから、そしたらごめんね」


『ははは、構わぬよ。余としてもしばらく戻れぬ以上、軽くこちらの状況説明をしておこうと思っただけだからな』


「あ、そーよ! ライラさんからちょっとだけ話を聞いたけど、気絶してる間に全部終わっちゃってたからあんまりよくわかんないって言われて……結局何がどうなったわけ?」


『うむ、それなのだがな……』


 スタンはゆっくりと、今回の事件のあらましを説明していく。この地には何かが封印されていること、ライラが掠われたのは封印を破るための供物とするためだったこと、誘拐犯の正体が魔物と化した人間であったこと、そして封印に利用されているのがピラミダーであったこと、そして……


『……ということで、どうやらこここそが、かつてサンプーン王国だった場所らしいのだ。あまりにも景色が様変わりしていて全く気づけなかったがな』


「それは仕方ないでしょ。砂漠が森とか平原になってたら、アタシだってわかんないもん。でも、そっか……じゃあアンタの旅の目的は、これで果たしたってことになるの?」


『そうなるな』


 スタンが旅をする理由は、偏に祖国に帰るため。だが祖国がここであるというのなら、これ以上旅をする理由はスタンにはない。静かにそう告げるスタンに……しかしアイシャは何事もないかのように言葉を続ける。


「んで? これからどうするの?」


『……これから?』


「そうよ。もっと別の知ってる場所を探すの? それともまさか、お国を再興するとか? 何にもないところでやるならいいけど、流石にアリステリア王国を潰してここに作り直すとか言わないわよね?」


『……………………』


「え、嘘、まさか本気でそんなこと考えてたわけ!? ちょっと、冗談じゃないわよ! 国に喧嘩を売るとか、アタシ絶対手伝わないからね!」


『い、いや、そんなことをするつもりはない。平和に暮らしている民を虐げるつもりなどないし、そもそも最低でも一〇〇〇年以上経過し、件の者によりサンプーン王国の歴史も全て消え去ってしまっている。求める者もおらず、求められてもいない国の再興などしたところで、物笑いの種になるだけだからな』


「ならいいけど……じゃあどうするの?」


『そう、だな…………』


 改めて問われ、スタンは冷たい天井を見上げる。国を失い目的を失い、そんな今の自分がやらねばならないことを静かに考え、それを言葉にしていく。


『ひとまず、異常動作しているピラミダーの対処はすべきであろうな。チョイヤバダッタやここ、それに「死の墳墓」などの存在も考えると、余が直接出向いて壊すなり停止させるなりする必要はありそうだ』


「え、壊しちゃうの!? もったいなくない?」


『も、勿体ない!? 確かにそういう観点もあるだろうが、しかし管理できぬ施設をそのまま残すのは……』


「なら、それこそ誰かに使い方教えたら? ほら、チョイヤバダッタでもやってたでしょ?」


『流石にあれとは規模が違うぞ? それに残したところで、魂装具がなければ使い道も……』


「そこはほら、アンタが教えるとか? あとは……そうね。その仮面のなかにソウルパワーを使う道具って一杯入ってるんでしょ? ならそれを渡して調べてもらったら、作れるように人だっているんじゃない?


 って、そうよ! アンタの仮面作ったの、アコンカグヤさんなんでしょ? ならあの人……人じゃなくてドラゴンだけど、アコンカグヤさんに頼んでまた作り方教えてもらうのはどう?」


『どうと言われても……そんなに気軽に教えを請える相手ではないのではないか?』


「えー、そんなの聞いてみなきゃわかんないじゃない! まあ色んな人に教えて回ってくれってのは難しそうだけど、アンタ一人くらいなら意外と教えてくれそうな気がするけどなぁ。


 んで、アンタが技術者として他の人に……ほら、それこそデブラック男爵領の人達に指導して、あそこを魂装具の生産地にするとか!」


『……………………』


 無邪気で無責任、でもだからこそ自由なアイシャの発言に、スタンは完全に虚を突かれて言葉を失う。


 それは想像したことすらなかった未来。目的を遂げ終わった舞台の向こう側に広がる、無限の可能性。


「ちょっと、何黙ってんのよ……ひょっとして怒った?」


『……まさか。ちと驚いただけだ。なるほど確かに、未来とはそういうものか』


「えぇ? いや、そんな大層なもんじゃないけど……でも、アンタはアタシと歳も変わんないんだし、これから先にできることなんていくらでもあるでしょ? もし何もないって言うなら、今度はアタシの冒険に付き合ってもらうしね!」


『ほぅ、そちの冒険?』


「そうよ! せっかくちょっと強くなってきたから、このままC級冒険者くらいは目指したいの。その後はまだわかんないけど」


『冒険に付き合えと言う割には、目標が随分近くないか?』


「アンタ、本当に世間を知らないわね。C級冒険者って、五年とか一〇年とか頑張ってなるもんなのよ? そもそもD級だって普通はこんな簡単になれるもんじゃないんだから!」


『おぉぅ、そうか』


「そーなのよ! そんだけの時間をかけてC級になったら、その間に実力だって身についてるだろうし、色んなところに行って色んな人と関わってるはずでしょ? ならその時何をしたいかなんて、今のアタシにわかるわけないじゃない!


 だから目標はそのくらいでいいの。ライバールみたいに『勇者になりたい!』なんてアホな……けふん、壮大な目標ならそりゃ一生かけてってなるんでしょうけど、それだって結局はC級、B級、いずれはA級冒険者を目指すって刻んでいくわけだし」


『確かにそうだな。大目標とは別に、小目標を決めるのはあらゆる物事において有効だ』


「そうそう。人生一歩一歩ってね。アンタも色々あるだろうけど……まずは目の前のことを少しずつ片付けていけばいいのよ」


『ふぅ……確かにその通りかも知れぬな。アイシャよ、そちは賢いな』


「うえっ!? 何突然!? 褒めたって何も出ないわよ!?」


 いきなり褒められたアイシャが思わず変な声をあげると、ミニファラオ君の向こう側から楽しげな声が返ってくる。


『そうか? 今のそちからならば、色々と滲み出ていそうな気がするが』


「何でちょっと汚そうな感じになってるのよ! アンタ、帰ってきたら覚えてなさいよ! 絶対何かお礼してもらうんだからね!」


『無論だ。ファラオは受けた恩を忘れぬ。余に出来ることなら大抵の願いは叶えよう』


「いや、そこまで言われると逆にちょっと重いんだけど……まあいいわ。それより今度はこっちの話も聞きなさいよ! アンタのせいで――」


 狭い天幕と、誰もいない制御室。触れ合うどころか顔も見えない相手との会話を、二人はそうして遅くまで楽しむのであった。

次回、最終回です。

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