遺跡の謎
「最上位権限……ファラオの権限か? と言うことは、ここはサンプーン王国にゆかりのある者が作ったのであろうか?」
開け放たれた扉を前に、スタンは困惑しつつも考察を重ねる。サンプーン王国が滅んだことはもうわかっているが、然りとてそこに生きていた民までもが全滅したわけではないだろう。であれば生き残った民が王国の知識や技術を受け継ぎ、それを新天地で活用したとしても不思議はない。
ただ、その場合どうして既に存在しないファラオの権限を組み込んだのかは謎だが、それをここで考えたところで答えがでるものでもないだろう。そう思ったスタンは慎重に扉の中を覗き込み……そこにあった光景に、更なる驚愕で激しく仮面を揺らす。
「これは……まさか…………ぴ、ピラミダーの制御室だと!?」
そこはかつて見たことがある、ピラミダーの制御室であった。スタンが室内に入った瞬間グォォという音と共に内部が清浄化され、無数に並ぶボタンの隙間やスイッチの根元にすら、もう塵一つ存在してはいない。
「どういうことだ!? 何故余がピラミダーの中に……まさかあの広場の下には、ピラミダーが埋まっていたということなのか!?」
唸りながらも、スタンは光の戻ったモニターに目をやる。そこには幾つもの数字が踊っており、それによると出力は大分落ちているものの、ピラミダーは現在も稼働を続けていることがわかった。
「まだ動いている……しかしソウルパワーの蓄積率はそれほどでもないな。ならば恒常的に消費していることになるが、その先は……ん? ここ?」
周囲のソウルパワーを集積しているピラミダー内部で、集められたソウルパワーがそのまま消費されている。不思議に思いつつもスタンがパネルを操作すると、『不明のデバイス』という一つのみが接続先として表示された。
「ふむ、何か一つには間違いなく繋がっている……であれば、これがビガロの言っていた封印というものであろうな」
一歩この部屋を出た先にある、石造りの建造物。明らかにピラミダーの内部とは違うそれは、どう見ても後付けで作られたものだ。
「なるほど。つまりピラミダーの集めるソウルパワーを用いて、何らかの力だか存在だかを封じているということか。となると、これを止めるのは危険だな」
スタンは技術者ではないので、ピラミダーを完全に制御することはできない。だがファラオとしての権限があるので、緊急停止や接続設定の変更などならば可能だ。
しかし何が封じられているのかわからない現状で、そこに注ぎ込まれているソウルパワーを停止してしまうのはリスクが高すぎる。なのでスタンはひとまず、ソウルパワーの接続先に自分を登録するだけに留めた。
「これで……こうして……パスワードは……一一二八六〇でいいか」
マスターパスワードの使い回しは極めて危険だが、この世界でそれを指摘する者はいない。全ての設定を終えると、スタンの持つファラオの秘宝に潤沢なソウルパワーが注ぎ込まれていく。それはこれまでとは段違いのチャージ速度であり、ほんの一〇分ほどで全ての魂装具がフルチャージできた。
「ふふふ、やはりピラミダーは素晴らしいな。中継器が存在せぬ故、町から少し離れれば充填できなくなるであろうが、少なくともここにいる間はソウルパワーを気にする必要はなさそうだ」
残高を気にせず魂装具を使えるという事実に、スタンは思わず仮面をカタカタと揺らして喜ぶ。だが同時に胸に浮かぶのは、一抹のやるせなさだ。
「……もう少し早く、これが出来ておればな」
これだけのソウルパワーがあれば、<空泳ぐ王の三角錐>を破損させることなくビガロの攻撃を防ぐこともできた。そしていくら燃料があろうとも、壊れたものを直すことはできない。<空泳ぐ王の三角錐>はメンテナンスフリーなので自動修復機能は搭載されているが、そもそも回路が焼き切れていてはそれ自体が動かないのだから、どうしようもない。
「ふーっ……済んだことを悔やんでも仕方あるまい。それに今は、他にやるべきことがあるからな。ピラミダーの出力があれば……」
ペチペチと仮面の頬を叩いて気合いを入れ直すと、スタンは改めてピラミダーの操作を続ける。いくつかの設定を変え、更に接続先を追加し……
ファラファラファラファラ!
「うわっ!? え、何!?」
腰の鞄から突如響いた謎の音に、アイシャがビクッと体を震わせる。驚き戸惑いながらも鞄に手をつっこで見ると、そこではスタンからもらったミニファラオ君が、ぷるぷると震えながら音を鳴らしていた。
「アイシャちゃん、それ何? 魔導具かしら?」
「あー、はい。何かそんな感じのやつですけど……えぇ、これ何が起きてるわけ?」
手の中で未だに震えるミニファラオ君を前に、アイシャはきゅっと眉根を寄せて困る。何か起きているのはわかるのだが、これをどうすればいいのかがわからないのだ。
「うーん……こう?」
とりあえず、首元からアンクを突っ込んでみた。だがミニファラオ君の震えはとまらない。
「あれ、駄目? なら、これは?」
次いで、鼻の部分を押してみた。だが鼻がへこんだりすることもなく、ミニファラオ君の震えはとまらない。
「何よもう! どうしろって言うわけ!?」
「お、落ち着いてアイシャちゃん! それ、使い方がわからないの?」
「ぜんっぜんわかんないです。いや、わかってる使い方もあるんですけど、今求められてるのはそれじゃないというか……」
横から手元を覗き込んでくるミレディに、アイシャは頭を掻きながらそう答える。するとミレディも一緒になって、ミニファラオ君の使い方を考え始めた。
「うーん……見た感じ、何かを伝えたいっぽいわよね? 伝達系の魔導具? ならこの音と振動で情報を伝えてるんじゃないの? 仮面君からそういう話、聞いたことない?」
「ないですね」
「そっかあ、なら違うかもね。あとは……これ仮面君の仮面そっくりだけど、本物の仮面についてる仕掛けがそのまま搭載されてるとかは?」
「仮面の仕掛け? あー……あ、ひょっとして?」
ミレディの言葉に閃き、アイシャはミニファラオ君の口元に指を添えてグッと下にずらす。するとミニファラオ君の口が開き、そこから聞き覚えのある声が聞こえた。
『む、やっとでたか』
「スタン!? え、どういうこと!?」
『詳しい説明は、そちらに戻ってからした方がよかろう。確認だが、ミレディ殿はそこにいるのか?』
「私? いるわよ」
『おお、それはちょうどいい。ならば告げるが、ライラ殿は無事だ。治療と休息は必要だろうが、ひとまず命に別状はないと思われる』
「ライラが!? よかった…………っ」
ミニファラオ君から聞こえた言葉に、ミレディが心底ほっとした表情でその場に崩れ落ちる。聞きたいことは他にも色々あるが、大事な団員の無事よりも優先すべきことなど何もない。
「そっか、間に合ったのね。流石はスタン、やるときはやるじゃない!」
『まあな。で、そちらに戻りたいのだが、準備が整ったらもう一度そちのミニファラオ君を鳴らす故、そうしたら――』
「アンタを呼べばいいわけね。了解! じゃ、待ってるわね」
『うむ、頼んだぞ!』
スタンがそう言うと、ミニファラオ君の口がカチッとはまって元に戻る。すると腰砕けになっていたミレディが立ち直り、アイシャにガッチリと抱きついてきた。
「ありがとうアイシャちゃん! ライラを助けてくれて、本当にありがとう!」
「うわっ!? いや、アタシは何もしてないですし……あ、そうだミレディさん。スタンを呼び戻すのに、どこか人目がない場所ってあります?」
「それならうちの天幕を使いましょ! さ、こっちよ! 早く早く!」
そう言うが早いか、ミレディがアイシャの手をガッチリ掴んで引っ張ってく。そんなミレディの様子に苦笑しつつも、アイシャもまた無数に立ち並ぶ天幕の海のなかへと身を投じていくのだった。





