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黄金の冒険者 ~偉大なるファラオ、異代に目覚める~  作者: 日之浦 拓


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あんな勧誘、こんな勧誘

 そうしてスタンが冒険者として活動し始めて、三日目。その日スタンはC級以上の冒険者が借りることのできる冒険者ギルドの一室にて、精悍な顔つきの若い男性と対峙していた。


「急な呼び出しだったというのに、応じてくれてまずは感謝する。私はC級冒険者のアディル。『栄光の剣』というパーティのリーダーをやっているものだ」


「アディル殿か。余はE級冒険者のスタン・ラーメンだ」


 呼びだされたのだから、自分を知らないはずがない。だがそれでも礼儀として名乗り返したスタンに、アディルは大きく頷いてから話を続ける。


「時間というのは貴重なものだ。早速本題に入ろう……スタン、君を私達のパーティに勧誘したい」


「それはやはり、余の仮面が目当てか?」


 たった三日だというのに、既にスタンには幾つものパーティ加入の誘いが届いていた。その原因は勿論、明らかに見た目以上の物が出し入れできる仮面の存在だ。故に今回もそうかと確認するスタンに、アディルは再び頷いて答える。


「その通りだ。君のその仮面……詳しくはわからないが、大分物が入るんだろう? それにずっと被り続けているということは、おそらく中に入れた物の重さが相当に軽減されるか、ひょっとしたら無効化されるんじゃないか?」


「ほぅ? 素晴らしい着眼点だが、その答えは控えさせてもらおう。不満か?」


「まさか。今日会ったばかりの相手に手の内を全部晒すような馬鹿じゃなかったと、安心したいくらいさ」


 やや挑発めいたスタンの言葉にも、アディルは苦笑しながらも冷静な反応をする。この時点でスタンのなかでアディルの評価が大分あがったが、だからといってそのまま加入を頷くわけにはいかない。


「そうか……しかしアディル殿はC級冒険者なのだろう? 余がそちのパーティに加入したとして、完全な足手纏いになってしまうのではないか?」


「それは否定はできない。なので当面は荷運び(ポーター)的な立ち位置になってもらうことになるだろう。だがそれでも私達と一緒に活動すれば冒険者としての経験や実績を積み上げていくことはできるし、そうなれば君自身の昇級も目指せるだろう。


 それと報酬に関しても、加入を決めてくれた時点でD級冒険者相当の支払いを予定している。無論君の能力が我々の想像以上に有用であった場合は、それを加味した報酬の増額も検討する。


 どうだろう? 私達のパーティに入ってはくれないか?」


「ふむ…………」


 あくまでも真摯な態度で接してくるアディルに、スタンはしばし考え込み……そして改めて口を開いた。


「貴殿の誘いは、E級冒険者である余にとって破格のものなのだろう。それは理解できるのだが、余にはどうしても譲れぬものがあるのだ」


「ん? 何だい? ある程度ならば妥協はできると思うけれど……」


「故郷だ」


 短く、だがはっきりとスタンが言う。


「余の目的は、余の故郷であるサンプーン王国の場所を見つけ出し、そこに帰ることなのだ。故にサンプーン王国の情報があれば最優先でそれを手に入れようとするし、場所がわかれば他の全てを差し置いてでも戻りたいと考えている。


 そしてその優先順位は、決して変わることはない。パーティという共同体に属するに当たって、個人の目的を最優先とする者の存在は異物となるのではないか?」


「それは……まあ、そうだね。でもだからって、一言も無しにフラリといなくなるわけじゃないだろう?」


「それすらも場合によるな。無論余裕があるなら声もかけるし、自分の代わりに入る者への引き継ぎなども応じよう。だがたとえば……そうだな、サンプーンに行く馬車や船があったとして、それが今すぐに乗らねば次は一年後、とかであったなら、余は迷わずそれに乗る。その結果がそち達に何の言づてもなく、いきなり姿を消すことになったとしてもだ」


「それは流石に…………ちょっと厳しい、かな」


 己の在り方を包み隠さず伝えたスタンに、アディルが始めて渋い表情を見せる。今度はアディルが考え込み、だが僅かな時間で首を横に振った。


「やはり駄目だな。いや、すまない。私の方から声をかけたというのに申し訳ないが、今回の話はなかったことにしてくれ」


「いや、構わぬ。そちが誠実であったからこそ、余もまた誠実に答えねばと思った結果だ。それにパーティへの加入は無理にしても、互いの都合が合えば荷運びの協力くらいはしてもよい。無論その時はきちんと報酬をもらうがな」


「なるほど、スポット雇用か。確かに君との付き合い方は、そちらの方が向いていそうだ。勿論その時はしっかり払わせてもらうよ。


 結果は少々残念だったけれど、終わってみればいい会談だった。ありがとうスタン、同業として、これからもよろしく頼む」


「こちらこそ」


 アディルが差し出した手をスタンがガッチリと握り返し、二人は笑顔で貸し部屋を出る。その後スタンは受付で「まだ情報が見つかっていない」という言づてを聞いてからギルドの外に出ると、待っていたアイシャが駆け寄ってきた。


「スタン! 話し合いは終わったの?」


「アイシャか。うむ、終わったぞ」


「その様子だと、やっぱり今回もお誘いは断っちゃったの? アディルさんって言えば、一、二年の間にはB級に昇格が確実って言われてる有力な冒険者なのに、勿体ない」


「まあ、余の目的とは合わなかったからな。とは言え互いに冷静な話し合いをしただけで、関係がこじれたわけではない。氏とは今後ともよい付き合いができることだろう」


「ふーん……」


 何とも大人な物言いをするスタンに、アイシャは微妙な表情を浮かべる。もし自分が誘われたなら喜んで提案に飛びつくだけで、交渉など出来る気がしない。


(ふざけた見た目だけど、スタンってやっぱり王様なのねぇ……)


 スタンの存在を、少しだけ遠く感じる。だがそんなアイシャの機微になどまったく気づかないスタンは、通りを歩きながら会話を続ける。


「それにしても、毎回このくらい理性的な会話の出来る相手であればいいのだがなぁ」


「それは仕方ないでしょ。てか、騒ぎになりたくなかったならもっと徹底的に隠せばよかったって話なんだし」


 スタンに誘いをかけてくる相手が、いつもアディルのような人物ばかりではない。というか、大半は冒険者ギルドで見かけた際に流れで誘いをかけてくるものばかりで、中には荒っぽい者だっていた。たとえば……


「おーう、そこの仮面野郎!」


「……………………」


「テメェだテメェ! 何無視してやがる!」


 往来に響き渡る下品な声を無視して歩くスタン。だがその肩を声の主が強引に掴んで引き留めると、スタンは仕方なく振り返る。


「何だ貴様は? 余に何の用だ?」


 そこにいたのは、使い込まれた……というよりは使い古された装備に身を包んだ男。年の頃はつい先程まで合っていたアディルと同じく二五歳くらいだろうが、受ける印象は正反対だ。


「テメェ、あれだろ? ギルドで噂になってる、すげぇ荷物持ち! そんな馬鹿みてぇな仮面被ってりゃ、間違えようがねーぜ、へっへっへ」


「別に余は荷物持ちではないのだが……重ねて問おう。余に何の用だ?」


「あーん? そんなの決まってんだろ。テメェをこの俺のパーティに入れてやる! ほら、手続きするからさっさと来い!」


 そう言って男がスタンの手を強引に引っ張ろうとするが、スタンはそれをスルリと外してしまう。すると男は一瞬いらだたしげな顔つきになるものの、すぐに下卑た笑みを浮かべてクサそうな口を開いた。


「何だよ? あー、金か? 安心しろよ、テメェのその仮面がありゃ、金なんてザックザック稼げんだ。そうしたらテメェにも小遣いくらいはくれてやるよ。わかったら来い」


「断る!」


「…………アァ?」


 はっきりと拒絶の意を示すスタンに、男が威嚇するように声をあげる。だがその程度でスタンが動じることはない。


「断ると言ったのだ。貴様のような無礼な輩と余がパーティを組むことなど、未来永劫あり得ぬ! 目障りだ、消えろ!」


「ド新人のE級冒険者がちょっと凄い魔導具を手に入れたからって、調子乗ってんじゃねーぞ! この俺を誰だと思ってやがる!」


「知らぬ! そして知るつもりもない! 貴様の顔と名を覚えるくらいなら、道ばたに落ちている馬糞の位置を覚えた方がよほど有益であろう。なにせ馬糞は避けて歩けるが、貴様のような輩は放っておいても寄ってくるからな」


「ぐっ!」


 怒りに顔を歪ませた男が、思わず腰の剣に手を伸ばす。だがここは天下の往来。周囲には多数の人がおり、何かあったかと注目されている以上、ここで抜刀すれば捕まるのは男の方だけだ。


「…………後悔すんなよ、仮面野郎」


 殺意すら隠った眼差しでギロリとスタンをひと睨みしてから、男は吐き捨てるようにそう言うと雑踏の中へと姿を消していった。

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