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黄金の冒険者 ~偉大なるファラオ、異代に目覚める~  作者: 日之浦 拓


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閑話:捕らわれの女優

 時をわずかに遡ること、数時間。小さなうめき声をあげながら、ライラが目を覚ます。


「う、うぅ……ここは…………?」


 ぼーっとする頭で周囲を見回すと、そこは窓一つない石造りの小部屋。ぼんやりと灯るろうそくの火は照明としては随分と心許なく、ツンと鼻をつくかび臭さが、ここが普段使われている場所ではないことを物語っている。


「あれ? 私何を……っ!?」


 と、そこでズキリと手首に痛みが走り、自分が椅子に拘束されていることに気づいた。後ろ手に縛られた両手は勿論、足も椅子の脚に縛り付けられていて動かない。暴れれば椅子を倒すことはできそうだが、そんなことをしても事態が悪化するだけだ。


(何これ、縛られてる!? 何で!? どうして!?)


 必死に思考を巡らせて、まずは何故こんなことになっているのかを思い出す。


(今朝はいつも通りに広場を軽く走ってて、それで……駄目、思い出せない……)


 走っていたことは覚えているのに、そこから先がフツリと糸が切れたかのように何も浮かんでこない。仕方なく原因の追及を諦めると、ライラは改めて周囲を見回した。


(窓がない……密室? あの広場に石造りの建物なんてなかったし、町の中の別の場所? 大声で助けを呼べば……)


「…………無理よね」


 目覚める可能性がある自分を見張りの一人もおかずに放置しているなら、大声で助けを呼ばれたところで何の問題もないと言うことだ。なら下手に騒いで自分が目覚めたことを悟られるより、今は状況の把握と、どうにかしてここから逃げる手段を考えた方がいい。


 町から町へと旅をする劇団員であるため、野盗の類いに捕まった時の訓練をしたこともあるライラが冷静にそう判断すると、不意に部屋の正面にある鉄の扉が、ギィッという音を立ててゆっくりと開いていった。


「……おや、目覚めましたか」


 追加の燭台を手に現れたのは、ニチャリとした笑みを貼り付けた中年男性。身長は一六〇センチほどと男性としては大分低いが、その分が全て腹回りになっているようで、パンパンに膨れた脂肪が窮屈そうにズボンの紐に食い込んでいる。


「貴方誰? ここは一体何処なの!? 私を一体どうするつもりなの!?」


「ホッホッホ、目覚めて最初の言葉がそれですか。これだから卑しい只人は……まあいいでしょう。私の名はビクァーキン。そしてここは、レブナックの町の……というか、演芸祭が行われている広場の地下ですよ」


「広場の……地下?」


「不思議ですか? なら説明して差し上げましょう。貴方は今もなおこの町で行われている演芸祭……それがどういうきっかけで始まったのかご存じですか?」


「え? それは……」


 唐突にビクァーキンに問われ、ライラは答えに窮する。ライラが知っているのは何百年も前から伝統として祭りが続いているということだけで、その成り立ちなど聞いたこともなかったからだ。


「多分、昔の領主様とかのなかに演芸が好きな人がいて、そういう人達が始めたんじゃないの?」


「ホッホッ、そうですな。表向きに伝わっているのは、おおよそそのようなものとなっております。ですが、実際には違うのですよ。


 この地には、大いなる力が封じられているのです。そしてその力を封じ続けるために、祈りや踊りを捧げる神事……それこそが演芸祭の始まりなのです」


「そんなの、初めて聞いたわ」


「でしょうな。真実を知る者は、皆闇に消えていきましたから」


「……それって、関係者全員を口封じしたってこと?」


 まるで何事もないかのようにそう言うビクァーキンの言葉に、ライラは背筋を震わせながらも問う。するとビクァーキンは心外とばかりにわざとらしく顔をしかめて首を横に振った。


「まさか! そのように野蛮なことはしませんよ。それにそうやって事実を隠蔽しようとすると、人はどうにかして真実を伝えよう、残そうと躍起になるものですからね」


「じゃあ、どうやって?」


「ふふふ、それはね……過去や歴史に重きを置かない善良な若者を支持し続けたのですよ」


「…………?」


 意味がわからず、ライラが首を傾げる。するとビクァーキンはニンマリと胡散臭い笑みを浮かべながら説明を続けていく。


「たとえば『町の歴史を後世に伝えるため、子供達を学ばせろ』というご老人と、『同じ時間を使って読み書き計算を覚えさせた方が将来に繋がる』と主張する若者がいたとしたら、我らは後者を支持します。すると実際に金を稼げる人が増え、町が豊かになり……代わりに歴史を伝える者がグッと減ります。


 あるいは飢饉や疫病などで町が大きな被害を受けたとき、歴史を調査させてくれれば食料や医療を提供しますと申し出れば、ほとんど人からは諸手を挙げて歓迎されます。その後資料が謎の火事などで紛失してしまう不幸があったりしますが、『町が助かった』という事実に隠れて、そんなもの気づけば流され、忘れられてしまいます。


 無論そのような手段をどれだけ用いても、熱心な研究者や学者というのは何処にでもいるものですが……そういう者達には、我らは手出ししません。何故なら彼らは所詮一〇〇年も持たずに死ぬからです。


 貴重な資料は親から子へ、子から孫へと引き継がれますが、その情熱まで引き継がれるわけではありません。頃合いを見てやや高値をつけてあげれば、彼らは喜んで歴史が編纂された書物を売ってくれます。


 遺物の保持より町の発展を優先する商人、石ころの破片より民の腹を満たす食料の方を重視する領主、歴史と伝統より革新的な技術を尊ぶ学者。そういう『今を生きる人々を幸せにする』ことを目的とする者達を延々と支持し続けることでこの町は……いえ、世界(・・)は確実に復興(・・)し、その陰で過去の歴史が綺麗さっぱり失われていったのですよ。


「……………………」


「おやおや、理解が追いつきませんか? まあ貴方のような只人にはそうでしょうな。まあ構いませんよ。供物となってもらうに辺り、説明しておくことが重要なのですから」


「く、供物!?」


 話のスケールが大きすぎてぼーっとしてしまったライラだったが、供物という言葉には敏感に反応する。するとビクァーキンがグイッと顔を近づけてきて、腐臭の漂う口をライラの鼻に触れそうな位置で開く。


「ええ、そうです。貴方の最後の問いですが、貴方は栄えある供物に選ばれたのです! 祭りで膨れ上がった町の人口五万人のなかから選ばれたのですから、実に幸運ですよ!」


「な、何が幸運なのよ!? え、それってつまり、私が狙われたわけじゃなく、誰でもよかったってことなの!?」


「まあ、端的に言ってしまえばそうですな。それと実際には町の住人が消えると大事になってしまいますから、よそ者である演芸祭の参加者からしか選んでおりませんので、実は三、四〇〇〇人から選ばれただけになってしまうのですが……どうせなら五万人から選ばれたと言った方が、より嬉しいでしょう?」


「嬉しいわけないじゃない! 何なの!? 貴方、本当に何なのよ!?」


 ライラが恐怖に目を潤ませ、必死に体をよじる。だが椅子がガタガタと揺れるだけで、手足の拘束が外れる気配は無い。


「ふふふ……」


 そんなライラを前に、粘つく笑みを浮かべたビクァーキンが懐から透明な筒のようなものを取り出し、ライラの腕に先端の針を突き刺す。


「あああああっ!?!?!?」


「血は知なり。その汚れた血を捨て、新たな血をその身に受け入れるのです!」


(いや、何これ! 寒い? 熱い!?)


 体のなかからとても大事な何かが抜けていき、凍えるような寒さのなかに灼熱がねじ込まれていく。ビクンビクンと体が震え、喉が乾いて目が飛び出しそうだ。


「いや、嫌! イヤァ!!! 助けて! 誰か助けて! ミレディ団長! エヴァンス! お願い、誰か……っ!」


「ホッホッホ、叫んだところで声など聞こえませんよ。このずっと上で今も祭りを続けている何千人もの声すら届かないのに、貴方一人の声がどうして届くと?」


「ああアアぁぁァァァ!!!」


 もはやビクァーキンの言葉すら耳に届かず、ライラはひたすら絶叫する。だがそれでも命を諦められず、頭の中に何人もの顔がよぎっていき……最後に浮かんだのは、最近演芸祭の会場で人を助けて回っているという、かつて舞台を共にした変わり者の青年の姿。


「タす……け、テ…………オウ、ごん、かめ、ン…………」


ギュルルルルルルルル……ドーン!


「ほぐあっ!?」


 瞬間、ビクァーキンの股の下から巨大な寝台が回転しながら突き出てくる。吹っ飛ばされたビクァーキンを背に、その寝台がカパリと開き……


「余、降臨!」


 現れたのは、黄金の仮面を被ったファラオであった。

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速ぃ~(褒め 呼びかけてからの降臨が早すぎん? 謎のナレ声「説明しよう、ファラオコールは時空超えて先取り通知し 呼ばれる前に寝台を召喚、降臨するまでの誤差タイムは僅か0:05秒に過ぎない」
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