ファラオコール
一ヶ月続いた演芸祭も、残すところあと五日となった頃。その日のスタン達は仕事ではなく観光、娯楽目的ですっかり馴染みとなった演芸祭の会場を見て回っていた。
終わりも近いということで芸人達も気合いが入っており、最初に見た頃より芸に磨きがかかっていたり、あるいは全く新しい出し物をやっている大道芸人や、ここぞとばかりに気合いを入れた公演をやっている劇団など、今日はどれを見て何処に時間を使おうかと楽しみながら歩く二人だったが、不意に通りの前から、言い争う……否、一方的に何かを言いつのる女性の声が聞こえてきた。
「だーかーらー! あの子が半日も戻ってこないなんておかしいのよ! 絶対何かに巻き込まれたんだって!」
「いや、そんなこと言われても……」
「うん? ミレディ殿?」
「あ、仮面君にアイシャちゃん!」
「あ、黄金仮面さん!」
スタンが声をかけると、見回りの仕事を受けたであろう冒険者の男と、彼に詰め寄っていたミレディが同時にスタンの方を向く。
「どうしたんですか、ミレディさん。何かあったんですか?」
「聞いてよアイシャちゃん! ライラちゃんがいなくなっちゃったの!」
「ライラさんが?」
ライラとはミレディ演劇団の団員であり、スタンとアイシャが演劇体験会をやった際に、エレオノーラ姫の役を演じていた女優の名だ。それがいなくなったということにアイシャが驚きの声をあげると、ミレディが更に説明を続ける。
「そうなの! ライラは毎朝稽古の前にこの広場を軽く走って体をほぐしてるんだけど、いつもなら三〇分くらいで戻ってくるのに、今日はまだ戻ってこないの!
で、知り合いに声をかけて探してみたんだけど、広場の何処にもいなくて……」
「それは心配だな。何かいなくなるような心当たりはあるのか?」
「ないわよ! てか、あったら真っ先に探してるわよ! だからこれは絶対に事件なの! ねえ、お願いだからライラを探してよ!」
再びミレディにそう詰め寄られ、しかし見回りの男は困ったように顔をしかめる。
「言いたいことはわかりますけど、迷子っていうならともかく、大人が半日姿を消しただけじゃ、ギルドとしても動けないんですよ。せめて三日もいなくなれば、行方不明の届け出も受けられるんですけど」
「それじゃ公演に間に合わないのよ!」
「なら、依頼出しますか? 冒険者ギルドに緊急依頼ってことで金貨を何十枚か積めば、人を集めて探してもらうこともできますけど」
「うっ、それは……」
男の言葉に、今度はミレディが渋い顔で言葉を詰まらせる。気持ちの上ではすぐにでもそうしたいが、劇団を率いる身としてはそこまでの出費は許容できない。とはいえ自分のポケットマネーではとてもそんな大金は出せないし、然りとて大事な団員を見捨てることもできない。
ならばどうするか? ミレディはぎゅっと唇を噛みしめながら、スタン達の方に顔を向ける。
「ねえ、二人共。本当はこんなこと、頼んだら駄目だってわかってるけど……」
「ははは、皆まで言わずともよいぞ、ミレディ殿」
「そうよね。顔を知ってる相手だし、アタシ達でよければ探すのを手伝いますよ」
「仮面君、アイシャちゃん……っ! ありがとう!」
当然のように頷くスタン達に、ミレディが感極まって抱きついてくる。スタン達もまたそれを笑顔で受け入れたが、問題はこれからだ。
「で、どうするのスタン? 今回は知ってる相手なんだし、アンタがサクッとどうにかできたりしない?」
「ふーむ、難しいな。助けを求められればいけるだろうが……」
助けを求める相手のところに移動する機能は、あくまでも緊急救出手段であり、便利な移動手段ではない。知り合いがいる場所ならば好きなときに転移できるような便利機能ではないのだ。
「じゃあ地道に聞いて回るしか……でも、それってミレディさんがもうやったのよね?」
「ええ、そうね。でも朝はみんな忙しいし、そもそも人が多いから、確実にライラを見たって言ってくれる人はあんまりいなくて……」
「そっか……なら他に手段もないし、アタシ達もライラさんが走ったってルートを辿ってみましょうか。ミレディさん、教えてもらってもいいですか?」
「勿論よ! と言っても日によってちょっと違ってるはずだから、今朝確実にそこを通ったかはわからないけど」
「なら全部教えてください。で、手分け……はしない方がいいわよね?」
「そうだな。失踪したというのなら何らかの事件に巻き込まれた可能性もある。加えて細かい見落としを防ぐという意味でも、一緒に行動した方がよかろう」
「ならミレディさん。早速……!?」
ウォォォン! ウォォォン!
その瞬間、突如としてスタンの仮面が震え始め、仮面全体がほんのり赤い光を放ちつつ、妙によく響く音を鳴らす。その現象にアイシャやミレディのみならず周囲の人々が驚いて注目するなか、スタンの足下から黄金の寝台がニョッキリと出現した。
「ちょっ、スタン!? アンタどうしたわけ!?」
『ファラオコールを確認。直ちに寝台に搭乗してください』
「どうやら助けを呼ばれたようだ。余はちょっと行ってくる」
「行ってくるって……え、それってこういう感じなの!?」
「か、仮面君!? 何これ、どうなってるの!?」
「おそらくはライラ殿が余を呼んだのだ。急ぐ故、説明はアイシャに任せる。ではな!」
早口でそう告げると、スタンはそびえ立つ寝台の中に入り込み、胸の前で両手を交差するように重ねる。すると寝台の蓋がパタリと閉じ、ギュルギュル回転しながら地面のなかに吸い込まれていった。
「えぇ……? ねえ、アイシャちゃん? 今のは?」
「えーっと、アタシもそんなに詳しいわけじゃないんですけど、アイツは助けを呼ばれると、ああいう感じで呼んだ人のところに行く……んじゃないですかね?」
「アイシャちゃんも知らないの?」
「まあ、はい。呼んだことはありますけど、呼ばれるのを見たのは初めてだったので」
キョトンとするミレディに対し、アイシャはきゅっと眉根を寄せ、困り果てた表情で告げる。
(あれ? でもアタシの時は、助けを呼んだらほぼ同時に出てきたわよね? なら呼ばれる前に、呼ばれそうだからって行ったってこと? それとも……考えるだけ無駄ね)
ふと頭に浮かんだ違和感を、アイシャはすぐに放棄する。そもそもギュルギュル沈んでいった地面に穴が開いているわけでもない時点で、考えても無意味だと悟ったのだ。
「まあとにかく、あれですよ。スタンが行ったなら、きっとライラさんは大丈夫です」
「そ、そうなの? 正直、その言葉をどう受け止めたらいいかわからないんだけど……」
「あはは……」
なおも戸惑うミレディに、アイシャはとりあえず曖昧に笑っておく。スタンが何処に行ったのかはわからないので、助けに行くこともできない。待つことしかできないヤキモキはアイシャのなかにもあるのだが、それをグッとお腹に力を入れて押さえ込む。
「なあおい、君? 今のって何?」
「何だ何だ!? また黄金仮面が何かしたのか!?」
「あー、はいはい! 何でもないです! 何でもないですから、気にしないでくださーい!」
(ったく、相変わらずアンタは……こっちはアタシが何とかしとくから、アンタはちゃんとライラさんを助けて来なさいよね)
遅ればせながら声をかけてくる周囲の人々を適当にあしらいながら、アイシャは常に懐に忍ばせているミニファラオ君にそっと触れ、内心でそう呟くのであった。





