ファラオセキュリティー
慌ただしくも楽しかった初日を終えた後も、スタン達はレブナックの町に滞在を続けた。演芸祭を見て回るのと、冒険者ギルドのおすすめと言う名のお願いである雑用依頼を半々程度にこなしつつ、二人は充実した日々を送っていく。
それは例えば、こんな一幕だ。
「えーん! えーん!」
「ああ、泣き止んでくれ! 困ったなぁ」
「む?」
その日、スタンは冒険者ギルドから、演芸祭の会場の見回りの仕事を受けていた。楽しげな催しに目を奪われぬよう気をつけながら通りを歩いていると、不意にその脇で泣いている女の子と、それを前にオロオロしている若い男の姿があった。
「冒険者ギルドから見回りの仕事を受けている者だが、何かあったのか?」
「ギルドの人! ああ、よかった。どうもこの子が迷子みたいで……でも俺も仕事があってこの場を離れられないから、どうしようかと思ってたんですよ」
「おお、そうであったか。ならばここは余が引き受けよう。さあ娘よ、一体どうしたのだ?」
「うぅ……あのね、わたしおかあさんといっしょにきたの。おかあさんがね、ひとがいっぱいだから、てをはなしたらだめっていってね。
でも、すごくきらきらしたのがあったからね、そっちにいっちゃったの。そしたらおかあさんがいなくなっちゃったの……」
「ふむふむ、そういうことか。よく一人で頑張れたな、偉いぞ」
割としっかりと状況を説明できた少女の頭を、スタンはそう言って優しく撫でる。
「余が来たからにはもう安心だ。すぐに母親を見つけてみせよう!」
「ひっく……ほんとう?」
「無論だ! ファラオは嘘など言わぬからな」
涙目で見上げてくる少女に、スタンはキラリと仮面を輝かせ、ちょっと大げさな動作を加えて声をあげる。
「我が呼び声に応え、現れよ<空泳ぐ王の三角錐>!」
「うわっ!?」
瞬間、スタンの背後に開いた黒い穴から、四つの三角錐が飛び出してくる。それに驚き少女が目を見張ると、その体の周りをファラオンネルがくるくると回り出した。
「わっ、わっ!? なにこれ!?」
「ふふふ、そちの母親を見つけてくれる、頼もしい相棒だ。では行くぞ……ファラオンネル、フライトモード!」
そうスタンが口にすると、少女の周りを舞い踊っていたファラオンネルが地面すれすれまで低下し、中央に一つ、上下左右にそれぞれ一つずつの配置となる。それら四つが中央の一つへと光の板を伸ばし、まるでプロペラのように回り出した。
「さあ娘よ、抱っこ……よりは肩車の方がよいな。余の背中に乗るのだ」
「う、うん……」
未だに戸惑っている少女を肩に乗せると、スタンがひょいと中央のファラオンネルの上に片足で乗る。そして……
「ファラオンネル、リフトオフ!」
「わわわわわっ!?」
少女を肩車したスタンの体ごと、ファラオンネルがふわりと宙に浮き上がる。そのまま五メートルほどの高さまで浮上すると、スタンはその位置でファラオンネルを停止させた。
「すごーい! たかーい!」
「そうであろう? そしてここからならば、そちの声がきっと母親に届くはずだ。さあ、思い切り呼んでみよ」
「うん! すぅぅ…………おかあさーーーーん!!!」
いきなり宙に浮かんだ黄金仮面に多くの人々が注目するなか、その肩から少女の声が響き渡る。するとすぐに地上から少女の名を呼ぶ声が聞こえてきたので、スタンはそのまま声の方へと移動し、母親と思わしき女性の前で着地した。
「ミーシャ! ああ、よかった!」
「おがあざーん!」
「ふむ。一応確認するのだが、そちがこの娘の母親で間違いないか?」
「はい! ありがとうございます! ありがとうございます! ほら、ミーシャもお礼をいいなさい」
「ぐずっ……かめんのおにいちゃん、ありがとー!」
「よいよい。もうはぐれてはいかんぞ? そしてもしまた何かあったならば、余を探して声をかけるのだ。余がこの会場にいるときならば、大抵の場合は目立ってすぐにわかるであろうからな」
「うん!」
元気に返事をする少女と、何度も頭を下げる母親に笑顔で手を振り、スタンはその場を後にして見回りに戻る。そんな地道だが地味では無い活躍を続けた結果……
「あー、黄金仮面だ!」
「かっきー! なあなあ黄金仮面、握手してくれよ!」
「うむん? まあ構わぬが……」
今日は仕事ではなく純粋に祭りを楽しみに来た日なのだが、目を輝かせる子供に握手をせがまれ、それを拒むファラオなどいるはずもない。笑顔で応じたスタンから子供達が離れていくと、アイシャがニヤニヤと笑いながら話しかけてくる。
「アンタ、すっかり人気者になったわねぇ」
「どうやらそのようだな。余としては普通に仕事をしただけなのだが……」
「空飛んで迷子の親を探したり、仮面を光らせて暴漢を撃退したりするのは、どう考えても普通じゃないでしょ。てか、そのせいで自主的に迷子になる子が増えたってのは、どうなのよ?」
「あー……あれはまあ、余もちょっと反省しておる」
あの日の迷子捜しはかなりのインパクトがあったのか、あの後「空中浮遊の魔導具を売ってくれ」という交渉や、自分も空を飛んでみたい子供がわざと迷子になるという事件が何度かあった。
前者はともかく子供が自分で迷子になる方は割と真剣に問題なので、今はやむなく日時を決め、子供限定でちょっとだけ浮かぶというイベントを行っている。
演芸祭の参加者である大道芸人達の客を奪う行為に繋がってしまうので、普通ならそんな仕事は受けないのだが、今回の場合は自分が原因だったこともあり、スタンはやむなく引き受け……その結果「空飛ぶ黄金仮面」は、結構な有名人になってしまっていた。
「やっほー! 仮面君、アイシャちゃん!」
と、そんなことを話しながら歩いていると、不意に前方から自分達の名を呼ぶ人物が現れた。スタン達がそちらに顔を向けると、そこには今日もニコニコと笑顔を浮かべているミレディの姿がある。
「おお、ミレディ殿か」
「こんにちはミレディさん。お久しぶり……ってこともないですよね?」
「まあ、二人共見回りとかゴミ拾いとか人員整理とかで、よく会場に来てるもんね。それにそっちの仮面君は、今や有名人だし」
ニヤリと笑うミレディに、スタンが思わずカクッと仮面を傾ける。
「ぐぬっ!? いや、それはまあ、余としても本意ではないのだが……」
「ふふふ、いいじゃない! でも知り合いの大道芸人さんから、仮面君を紹介してくれってお話はいくつか来たわよ?」
「おぉぅ……迷惑をかけて申し訳ない。とは言え紹介されたとて、余としては何も言えぬのだが」
「わかってるわよ。仮面君のそれは別に芸じゃないし、そもそもそんな魔導具見たことないから、きっとすっごく貴重でお高いんでしょ? 流石に私達の懐事情じゃ買えないわよねぇ」
「ははは……」
スタンが使っているのはファラオの秘宝なので、実際には高いどころの話ではなく、国宝である。見せるくらいなら構わないが、貸すのは勿論売ることなど考えられないので、どうにかして手に入らないかと言われても困るのだ。
「うーん、やっぱり二人とも、うちの演劇団にスカウトするべきだったかしら? 来てくれるなら、今からでも金貨を山と……は無理だけど、毎日楽しく仕事できるのは保証するわよ?」
「ありがたい誘いだが、余には旅をする目的があるのでな。戦いも避けられぬであろうし、劇団員は難しそうだ」
「アタシも、スタンの面倒をみないとなんで。ちょっと目を離すとすぐ目立って色々やらかすので」
「ファラッ!? それではまるで、余が常に問題を巻き起こしているようではないか!?」
「違うって言いたいなら、今まで自分がやってきたことを思い返してみたら?」
「ぐぬっ…………」
強力な魔物を倒して子供を救い、不幸にあえぐ領地を丸ごと改革し、新種の魔物を産みだして滅びに瀕する町を守り、最近ではドラゴンにまで会っている。如何にファラオであっても、これを「大したことではない」と言えるほど図太くはなかった。
そしてそんな二人の様子に、ミレディが楽しげに笑みを深める。
「ふふ、本当に二人は仲がいいわねー。ざーんねん。ならせめて、うちの公演くらいは見に来てね、もうちょっとだから」
「あ、はい! それは勿論!」
「余程の事情がない限りは、しっかりと行かせてもらおう」
「うん、待ってるわね。それじゃ、またね!」
手を振るミレディに別れを告げ、スタン達は演芸祭を楽しむ時間に戻る。そうして賑やかな時間はあっという間に過ぎていき……その平穏は、唐突に失われることとなった。





