重ならずとも支える想い
その後スタン達は追加でいくつかの出店を軽く見て回ると、少し早めに演劇祭の会場から離れた。人の流れに逆らいながら大通りを歩きながら、二人は何気ない雑談を交わしていく。
「うーん、今日は楽しかったわね。こんなに遊んだの、子供の頃以来かも」
「ん? そうなのか?」
「まあね。だって一日遊び回るのが許されるのなんて、せいぜい八歳か九歳くらいまででしょ?」
何の変哲もない田舎村で、ごく平凡な家庭に生まれたアイシャ。その界隈であれば一〇歳ともなれば立派な労働力と見なされ、家事や家業を手伝わされるのは当然だ。無論大人のように本当にずっと働いているわけではないが、それでも一日の半分くらいは親の手伝いになる。
そしてそれは、生きるために必要なことだ。一五歳で成人を迎えたとしても、その瞬間にいきなり仕事をする技能が身につくわけではない。子供のうちから少しずつ「金を稼ぐ術」を身につけさせるのは、親として当然のことなのだ。
「アンタはどうなの? 王子様だったんだし、ひょっとして毎日遊び回ってたとか?」
「ははは、そんなことはない。確かに恵まれた暮らしはしていただろうが、それに見合う者にならねばならなかったからな。物心ついたときには普通に起きている時間の大半は勉学や鍛錬に励んでおったし……一日遊び回ったというのは、正直記憶にないな」
「えぇ? 王族ってそういう感じなの?」
「さあなぁ。他国の王族のことなど知る由もないが、それでもまともな国であれば、教育はしっかりするであろう。一代くらいなら王が無能でも周囲が補佐することもできようが、二代三代と続けば、後はよくてお飾り、悪ければ王位を簒奪されて縛り首というのも十分あり得るからな」
「うわー、世知辛いわねぇ……やっぱりアタシ、普通の家に生まれてよかったわ」
「そうか? そちなら名のある女傑として活躍しそうだがな」
「やめてよ! そういう面倒なのはぜったい向いてないから!」
そんなことを話ながら、スタン達は冒険者ギルドに紹介されていた宿に向かっていく。しかし目的地にあったのは、ごく普通の民家だ。
「ここでいいのよね? すみませーん!」
「はーい、何か?」
アイシャが外から呼びかけると、すぐに扉をあけて四〇代後半くらいの男性が姿を現す。
「あの、冒険者ギルドで、ここに泊まれるって聞いたんですけど……」
「あー、はいはい! 大丈夫ですよ。といってもうちは宿屋とかじゃないんで、本当に部屋を貸すだけだけどね」
朗らかな笑みを浮かべてそう言いながら、男性がスタン達を招き入れる。
「狭くて汚いところで悪いね。さ、お茶どうぞ」
「おお、ありがたい。馳走になるぞ」
「ありがとうオジサン。でも宿じゃないのに部屋を貸してるって、何で?」
「ん? ほら、演劇際って五年に一度しかないだろ? 毎年ならともかく、それだと宿屋を今より増やしても採算が取れないらしいんだよ。とはいえ祭りの年は大量に人がくるわけで、だからうちみたいに自宅の空き部屋を祭りの間だけ貸し出す人がいるってわけさ。
うちもちょうど、少し前にかみさんが出てっちゃって、部屋が開いてたから……」
「えっ、それは…………」
俯いて言う男に、アイシャが困ったような声を出す。だが男はすぐに顔を上げると、ニヤリと笑って言葉を続けた。
「実は孫が生まれたんだよ! で、義理の息子の家に育児の手伝いに行ってるってわけさ! 本当は俺だって行きたいんだけど、仕事があるからねぇ。だからしばらくは部屋が一つ開いてるのさ」
「ちょっ!? もー、オジサン!」
「ハッハッハ、ごめんごめん。ちょっとしたジョークってやつさ! まあそっちの仮面の彼には負けるけど……それ、そろそろ突っ込んだ方がいいやつかな?」
「いや、別に余はそういう目的で仮面をつけているわけではないのだが……」
「ふふふ、そりゃ普通の人が見たら、アンタの仮面は突っ込み待ちよねぇ」
「なんたる不敬!?」
「「ハッハッハ!」」
娘が嫁に行き、妻もいなくなったことで少しだけ冷たかった男の家に、久しぶりに温かい笑い声が響き渡る。その後は少し雑談をしてから男の手料理をご馳走になると、スタン達は奥にある部屋に通された。
「じゃ、ここ使ってくれる? 一応ちゃんと片付けてあるけど、邪魔なものがあったら部屋の隅にでも寄せといて。それと一つ注意なんだけど……」
「む? 何だ?」
「いやね、この一部屋しかないから二人に泊まってもらうのはいいんだけど、何というかこう……そういうことは遠慮してもらえる? 変な声とか聞こえてきたら、オジサン寂しくて泣いちゃうから」
「そんなことしないわよ! そもそもアタシとスタンはそんな関係じゃないし!」
おどけた調子で言う男に、アイシャが眉を吊り上げて抗議の声をあげる。だが男はニヤニヤと笑ったまま「ごゆっくりー」と扉を閉めて部屋を離れていった。
「全くもう、何なのよ一体!」
「ははは、そこまで気にすることもあるまい。あれも家主殿の冗談であろう?」
「そりゃそのくらいわかってるけど……はー、もういいから寝ましょ」
「うむ、そうだな。では寝台を……」
「アンタ、こんな狭い部屋であんなでっかいもの出すつもり!? いいからこっちで一緒に寝なさいよ。アタシも気にしないから」
「む、そうか? そちがいいなら構わぬが」
そう言うとスタン達は手早く身支度を済ませ、二人で並んでベッドに入る。肩の触れる距離は想い合う男女ならドキドキと胸を高鳴らせるところなのだろうが、スタン達の間にそういうことはない。
「ふーっ……ねえスタン。今日は本当に楽しかったわね」
「おいおいアイシャよ、一体何度同じ事を言うのだ?」
ろうそくの火の消えた暗い部屋の中、天井を見上げてしみじみと言うアイシャに、スタンが思わず突っ込みを入れる。だがそんな相棒に、アイシャはコツンと仮面を突っついてから言い返す。
「あら、楽しかったんだから何回言ったっていいでしょ? アンタはどうなの?」
「ん? それは勿論、楽しかったぞ」
「そっか、よかった…………」
何気ないスタンの言葉に、アイシャは内心でホッと胸をなで下ろす。
アコンカグヤにサンプーン王国の滅亡を聞いてからのスタンは、実のところ落ち込んでいた。ファラオの強靱な精神力はそれを表に出したりはしなかったが、まだまだ期間は短いながらもそれなりに深い関係となってきたアイシャには、何となくそれがわかっていたのだ。
だからこそ、アイシャはこの機会に少しでもスタンに元気を取り戻して欲しかった。やや大げさにはしゃいだりしたのは、偏にスタンに楽しい気持ちを伝えたかったからだ。
(アタシにできるのはこのくらい。ライバールみたいに肩を並べて戦えるわけじゃないし、アンクに溜めてる力だってファラオアントやデブラック男爵領の人達が集めてる量に比べたら誤差みたいなもんだし。でも……)
「なあ、アイシャよ」
「ん? 何?」
と、今度はスタンの方が、まるで呟くような小声でアイシャの名を呼んだ。それに答えようとアイシャがもぞりと体を動かしてみれば、そこにあるのは黄金の仮面の横顔だ。ぶっちゃけ相当邪魔なのだが、もう今更なのであまり気にもならない。
「……ありがとう」
「ふぇっ!? ちょっ、いきなりどうしたのよ!?」
「さあ、どうしたのであろうな。ただ何となく、そう言いたくなったのだ」
「えぇ? 何よそれ……スタン?」
呆れと戸惑いの混じった声をアイシャが上げるも、既に隣からは規則正しい寝息が聞こえてきている。寝付きがいいにもほどがあるので本当に寝たのか誤魔化すための寝たふりなのかわからないが、確かめようにも仮面では顔を覗くことすらできない。
「……何なのよ、もう…………ふふっ」
故にアイシャは全てを忘れて、スタンに背を向け布団の中に潜り込む。すると昼間の疲れがでたのか、自身もまたすぐに強い眠気に襲われ……
「すぅ…………すぅ…………」
慈愛に溢れたその寝顔は、優しく微笑んでいるように見えた。





