演じ終えて
「二人共、お疲れ様ー! 凄かったわよー!」
波乱の舞台を降りたスタン達に、ミレディが真っ先にそう声をかけてくる。その顔に浮かぶ満面の笑みに、スタンはまるで頭を掻くようにキュッキュッと指先で仮面を磨きながら答える。
「ありがとうミレディ殿。皆の協力のおかげで、何とかやり遂げる事ができたようだ」
「そう言ってもらえると嬉しいわ! にしても……」
パチパチと上機嫌で手を叩いていたミレディが、スタンの仮面をむむっと見つめる。
「仮面君、本当に何者なの? 途中の演技も凄かったけど、最後のあれは何?」
「あ、そうよ! アンタあれ、どういうつもりだったわけ!?」
伺うようなミレディの言葉に乗って、アイシャもまた問い詰めるようにスタンに声をかける。
「本当ならあそこで退場するはずだったでしょ? なのにアンタがいきなり『踊りませんか?』とか言うから、どうしようかと思ったじゃない!」
「ははは、すまぬな。と言っても、特に深い理由があったわけではないのだ。余の出番まで大分長かったから、あれで終わってしまうのは少し寂しいというか、もったいない気がしてな」
「それでダンス!? アタシが合わせなかったらどうするつもりだったのよ?」
「それはそれで、元の話通りにあそこで退場するだけであろう? だがまあ、よく合わせてくれたな」
「そうそう! アイシャちゃんも凄かったわよね! 即興であんな台詞が出てくるなんて……」
「あ、あれは……」
ミレディにキラキラした目を向けられ、アイシャが微妙に照れて顔を逸らしながら頬を掻く。
「アタシも別に、考えて喋ったわけじゃないというか……デーヴィスって、今までは単にロザリンドの邪魔する嫌な奴ってイメージしかなかったけど、自分が演技してその立場になってみると、それだけじゃないなって感じがして……そうしたらこう、口からスルッと台詞が出てきたっていうか」
「へー。そういうことができるなら、アイシャちゃんは私みたいな裏方の演出家に向いてるかもね。まあ役者さんにそれをやられちゃうと、私達は泣きながら脚本を修正しないといけなくなっちゃうけど」
「えっ、あっ、ご、ごめんなさい! ほらスタン、アンタも謝るの!」
「ぬおっ!? いや、その、勝手なことをしてすまなかった」
少しだけ困ったようなするミレディにアイシャが慌てて謝罪し、その手でぐいっと仮面を押さえつけられ、スタンもまた同様に頭を下げる。だがそんな二人に、ミレディは笑いながら顔の前で両手を振って否定した。
「あー、あー、そんなのいいのよ! あくまでもプロが仕事でやるならって話で、今回は二人が自由にやっていいって言ったでしょ? それに……ほら」
そう言って、ミレディがスタン達の背後に視線を向ける。釣られてスタン達が振り向くと、舞台袖からは未だ興奮冷めやらぬ観客の姿が見えた。
「いやー、今回の舞台は何とも斬新な演出でしたな!」
「薔薇騎士ロザリンドはドロドロの愛憎劇からコメディ色の強いものまで色々見てきましたが、まさかデーヴィスや、ましてや使い捨ての端役であるノーラに焦点を当てて、あのような終わりを見せてくるとは」
「いつもみたいに『ざまぁみろ』って感じはなかったけど、これはこれで素敵だったわよね!」
「ホントそれ! これまた見たいかも!」
「ふふふ、どう? これみんな、仮面君とアイシャちゃんの演技の結果なのよ?」
「ふむ、これが……」
「アタシ達の演技の結果、かぁ……」
無論、聞こえてくるのは賞賛の言葉だけではない。本来と違う流れを批判していたり、散々やらかしたデーヴィスが最後に惨めな終わりを迎えないことを納得しないという感想もある。
だが、それでも多くの人が自分達の演技を楽しんでくれた、その事実がスタンとアイシャのなかに言い知れぬ充足感を与えてくれる。
「私の目から見ても、あの終わり方はとっても素敵だったわよ! でもあれは仮面君の演技があればこそね。正直に言っちゃうと、仮面君の演技がもっとしょぼかったら、あの終わりじゃお客さんは納得してくれなかったと思うの。
まあその場合はそもそも途中で流れを変えるように介入しただろうし、お客さんだって二人が素人だってわかってるんだから、ちょっと呆れるくらいで受け入れてくれたとは思うけどね」
「ふむ? そういうものなのか?」
カクッと仮面を傾けるスタンに、ミレディが勢い込んで言う。
「そりゃそうよ! だってノーラって、ただの町娘なのよ? そんな子がお城の舞踏会で堂々としていたら単に図々しいだけだし、デーヴィスだってもっと邪険に扱うわよ!
でも、仮面君の演じたノーラは、エレオノーラ役の子よりずっと本物のお姫様っぽいというか、本当にお姫様そのものだったでしょ? 誰も口を挟めないくらい圧倒的なその空気感があったからこそ、舞踏会で堂々としていても、デーヴィスが普通に話をしても違和感がなかったの。
つまり、今回の結末は貴方達二人だからこそのものだったってワケ! 期待してくれてるお客さんには悪いけど、同じ展開をやるのはちょっと難しいわね」
「え、そうなんですか? スタンが王様……じゃなくて、お姫様っぽかったっていうのはわかりますけど、その手の役って物語では一般的ですし、演じられる人はいるんじゃ?」
不思議そうに首を傾げて問うアイシャに、しかしミレディは苦笑する。
「勿論お姫様だって町娘だって、役者なら誰でも演じられるわよ? でも今回みたいな流れの場合、あのデーヴィスが思わず認めたくなっちゃうくらいの説得力が欲しいの。そこまでは流石に……」
そう言いながらも、ミレディはジッとスタンの方を見る。まさか本当にお忍びの王子様だったりしないだろうかと思いつつも、流石にそんなことは聞けない。どう答えられても真偽を確かめようなどないのだし、せっかく「演技」を楽しんでくれた相手に真実を追究するのは、とても無粋な気がしたからだ。
「ふぅ、まあいいわ。それで二人共、演劇体験会はどうだった?」
「うむ、大満足だ! 女装させられたときはどうしようかと思ったが……」
「アハハ、そうね。もう何回も言ってる気がするけど、アタシも楽しかったです」
「そう、ならよかったわ。これからも演劇体験会は頻繁にやってるし、最終日の少し前には体験会じゃないちゃんとした演劇もやるから、是非また見に来てね!」
「おお、それは楽しみだな。是非寄らせてもらおう」
「アタシも! ちなみにそのちゃんとした演劇は、何をやるんですか?」
「『氷の尾の大淫婦』よ」
「へー。あれも面白いですよね!」
「うむん? それはどういう話なのだ?」
ミレディとアイシャが盛り上がるなか、この時代の戯曲の造詣が浅いスタンが問う。するとアイシャがスタンの方を向いて説明してくれた。
「ざっくり言っちゃうと、とある大国の王妃様が、王様が死んで未亡人になったのをいいことに、周囲のイケメンに片っ端から手を出して好き放題やった結果、最後には火あぶりになっちゃう話?」
「おぉぅ。それは……面白いのか?」
「男の人からすると微妙かも知れないけど、自由奔放な王妃様の生き様に憧れたり、最後にちゃんと罰が下るってことでスッキリするってことで、女性……とりわけご婦人には割と人気の劇なのよ?」
「ほぅ、そうなのか……」
「何よ、あんまり乗り気じゃないわね? アンタが嫌だって言うなら、無理に見に来たいとは言わないけど……」
「確かに余の好む話ではないが、別に嫌というほどではない。そちが見たいのであれば、また寄らせてもらうとしよう」
「大丈夫よ! 今回と同じで、うちはあんまりドロドロしたシリアス方面の演劇はやらないから、仮面君もちゃんと楽しめると思うわ。期待して頂戴!
じゃ、今日はありがとう! またよろしくね!」
「こちらこそ貴重な体験ができた。感謝するぞ」
「またね、ミレディさん!」
笑顔で手を振るミレディに別れを告げ、控え室で着替えを終えると、スタンとアイシャは演劇体験会は、こうして無事に幕を下ろすのだった。





