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黄金の冒険者 ~偉大なるファラオ、異代に目覚める~  作者: 日之浦 拓


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薔薇騎士ロザリンド 後編

「今度の舞踏会、一体どうすればロザリンド様と踊ることができるでしょうか……?」


 馬車に揺られながら、アルザンド帝国皇女、エレオノーラが小さいが良く通る声で呟く。ちなみに動いているのは背景の方で、馬車はただ揺れているだけである。大きな舞台なら実際に馬に引かせる劇団すらあるらしいが、流石に演劇体験会でそこまではしないのだ。


「ああ、こんな時私の体がもう一つあれば、皇女の権威に吸い寄せられた者達をそちらに任せ、私はロザリンド様と踊れるのに……はぁ」


 そう言ってエレオノーラがわかりやすくため息を吐く。すると背景の移動に合わせて舞台袖からピンク色の服を着た人物が現れ、それを見たエレオノーラが声をあげる。


「馬車を止めなさい!」


「は、はい! ただいま!」


 皇女の声に御者が馬車を止めると、扉を開いたエレオノーラは慌てて駆けだし、すれ違った女性に声をかける。


「その顔、貴方……私にそっくりね?」


「……え?」


 そう言って驚きの声をあげるのは……黄金の仮面を被った女装男子であった。


「仮面じゃねーか!」


「それでそっくりは流石に無理だろ!」


「ていうか、何であの人ずっと仮面被ってるわけ?」


 すかさず観客から一斉に入る突っ込みの声。だがエレオノーラ役の者はそれを一切意に介さず、スタンの全身をつぶさに観察しながら言葉を続ける。


「……やっぱり、体型や身のこなし、それに雰囲気まで私にそっくりだわ! 貴方なら私の身代わりができるはず。貴方、名前は?」


「私ですか? 私はノーラといいます。私の母が帝国のお姫様にあやかってつけてくれた名前なんですよ」


「まあ、何て偶然なのかしら! いいえ、これはもう運命だわ! ノーラ、貴方は今日からエレオノーラよ! さあ、私と一緒にお城に参りましょう!」


「えぇぇ!?」


 驚くノーラの手を引いて、エレオノーラが馬車に乗せる。その後はエレオノーラの唯一の理解者であるメイドの協力の下、ノーラが皇女の身代わりになれるように特訓をする場面になったのだが……


「な、なあ、俺は頭がおかしくなっちまったのか? あの仮面の奴が、まるで本物のお姫様みたいに見えるんだが……」


「奇遇だな、俺もだよ……マジか?」


「パパー! 仮面のお姫様、凄いねー!」


「あ、ああ。そうだね…………???」


「いかがかしら? これで私はエレオノーラ様の身代わりが務まると思いますか?」


「えっ!? ええ、それはもう…………」


 仮面の町娘が全身から放つロイヤルオーラに、メイド役の女性が演技を忘れて素でそう答えてしまう。そもそも本物のファラオであるスタンの立ち振る舞いは演技では到底及ばぬ気品と知性に満ちており、むしろ本物のエレオノーラ(の役者)の方がかすんで見えるほどであった。


「では、舞踏会に参りましょうか」


「は、はい! そうですね! 行きましょう!」


 そこで一端ノーラ達は舞台の端に出て行き……そこで待ち構えていたミレディが、たまらずスタンに問いかける。


「ちょっとちょっと! 仮面君、貴方何者なわけ!?」


「おっと、どうしたのだミレディ殿」


「どうしたのだじゃないわよ! 何その完璧な演技! いえ、それ演技なの? ものすごく自然体でお姫様がやれてたけど……」


「はっはっは、当然ではないか。何せ余はファラオだからな!」


「えぇ……?」


「それより、またすぐに出番であろう? それに次は……」


「あ、そうよ! 今度はアイシャちゃんと共演ね。これが最後の出番だから、頑張って!」


「うむ、任せよ!」


 アイシャは舞台の反対側で待機しているので、ここにはいない。だが向こうも準備万端であろうと信じて、スタンは再び舞台に上がる。


 舞台の右半分をしめるそこは、豪華な舞踏会場。多くの王侯貴族……まあ背景に描かれた絵だが……の前を、ノーラは背筋をピンと伸ばし、堂々と歩く。


 その身に纏うドレスはピンクの安物から派手で豪華なドレスになっているのだが、それが今はどうにも安っぽく見えてしまう。というのも、舞台用の見た目が派手なだけのドレスを身に纏う仮面男の放つオーラが、あまりにも本物の王威を持っていたからだ。


「……あっ!? あー、エレオノーラ皇女殿下、本日はご機嫌も麗しく……」


「あら、ペスデス伯爵様。ごきげんよう」


 一瞬我を忘れてしまった脇役の男が声をかけると、ノーラは優雅な所作でそう告げる。声は男のままなのに、気を抜くとうっとり聞き惚れてしまいそうだ。


 そしてそれは、観客も同じだ。いや、プロの役者ですらそうなのだから、観客が受けている影響は更に強い。もはや仮面をつけているという唯一にして最強の欠点すら気にならないほど、スタンの演じるノーラの虜になっている。


 だが、そんな聴衆のなかで、たった一人そうではない者がいる。それは当然……


「エレオノーラ皇女殿下。どうか私と一曲踊っていただけませんか?」


「マグナル卿……勿論お受け致しますわ」


 精一杯キザったらしい笑みを浮かべて見せるアイシャことデーヴィスに、スタンが扮するノーラが扮するエレオノーラが笑顔で応じる。そうして二人は手を取り……だがすぐにデーヴィスはノーラの正体に気づくことになる。


「この匂い……貴様、皇女殿下ではないな!?」


「匂い!? それで気づかれるなんて、マグナル卿は何というか……」


「うるさい! 貴様が皇女殿下ではないということは……ああ、またしても私はあの忌々しいロザリンドに出し抜かれたのか! くそっ、こうなれば……」


 本来のシナリオでは、ここでデーヴィスがみっともなく騒ぎ立て、ノーラの正体がばれる。その結果二人は警備の兵士に囲まれて暗転し、それで出番は終わりなのだが……


「一曲、私と踊っていただけますか?」


「えっ!?」


「だって、せっかくの舞踏会ですもの。この後どうなるにしても、せめて一曲くらいは踊りたいと思いませんか?」


「それは……」


 不意に飛び出たスタンのアドリブに口ごもるアイシャだったが、チラリと向けた視線の先では、舞台袖でミレディがとてもいい笑顔で親指を立てているのが見える。


「いいだろう。ならば踊るか。だが私はダンスなど……」


「では、私が教えて差し上げますわ」


 悪戯っぽく仮面を揺らすと、ノーラが軽やかな足取りでデーヴィスをリードして踊り出す。最初はおっかなびっくりだったデーヴィスも、ノーラが絶対に自分の足を踏まないと確信すると、やがて自由に動き始める。


 また、それと同時に舞台の左半分の背景が暗い夜の町外れに切り替わり、そこにロザリンドと本物のエレオノーラが姿を現した。見つめ合う二人がそれぞれの想いを口にする。


「ああ、ロザリンド様。私は貴方の性別などどうでもいいのです。ただロザリンド様がロザリンド様だからこそ、心の底から愛しているのです。父の怒りを買ったとしても、その気持ちに後悔はありません」


「エレオノーラ……私は貴方の身分などどうでもいい。ただエレオノーラがエレオノーラであってくれるからこそ、心の底から愛しいと感じているのだ。夢がここで終わるとしても、私は貴方の騎士でありたい」





「ねえ、マグナル卿? 私はエレオノーラ様の代わりにこちらに訪れております。マグナル卿はどうしてこちらに?」


「チッ、私も似たようなものだ。ロザリンドの姿が見えない……きっと奴の代わりに、ちょうどいい目隠しとして呼ばれたのだろうな」


「なら、私達はおそろいですね。互いに代役で、間に合わせの偽物ですもの。これが終われば、きっと私は皇女を騙った偽物として首をはねられますわ」


「私もおそらく、分不相応にエレオノーラ様に手を出したとして処罰されるだろう。ならば確かに、我らは似合いだ。共にここで終わるのだからな」





「愛しております、ロザリンド様」


「愛しているよ、エレオノーラ」


「「だから……」」





「残念ながら、私はマグナル卿を愛してなどおりませんわ」


「当然だ! 私とて名も知らぬお前など愛しておらん!」


「「でも……」」





「「「「これが最後と言うのなら、今この一瞬の愛に永遠を誓おう」」」」





 本来ならばロザリンドとエレオノーラだけの台詞に、デーヴィスとノーラの台詞が重なる。他の全てを犠牲に自分達だけの幸せを手に入れた主人公達と、出し抜かれ全てを失い、目の前の相手だけが残ったデーヴィス達。二組のカップルがダンスを踊り……そして最後の言葉が響く。


『こうしてロザリンドとエレオノーラは……そしてデーヴィスとノーラもまたそれぞれの愛を手に入れ、皆揃って幸せのまま、夢に沈んでいくのでした』


 ミレディのナレーションに合わせ、舞台の幕が下りる。最後まで踊り続けた四人の足が見えなくなったところで、会場からは万雷の拍手が鳴り響いた。

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