輝く夜の夢
それから三日かけて、一同はミドリに様々な知識や常識を教え込んでいった。元々幼く未熟なだけで頭が悪いわけではないミドリはその教えを乾いた砂が水を吸うかの如く吸収していき……そして遂に、スタン達が山を下りる日がやってくる。
「あれ? ミドリちゃんは、結局そっちの格好でいくことにしたの?」
「キュー!」
四日目の朝。身支度を調えたライバールの足下にいるのは、小龍状態に戻ったミドリだった。そんなミドリの頭を軽く撫でてから、ライバールが苦笑いを浮かべつつ言う。
「そりゃそうだろ。結局まともに言葉は話せなかったし、あの見た目じゃなぁ。違う意味で変な奴が山ほど寄ってきて、トラブルに巻き込まれるのが目に見えてるじゃねーか」
「あー。まあ確かに、ミドリちゃん可愛かったもんねぇ」
その言葉に、アイシャもまた苦笑して同意する。実際には賢いとはいえ、まともに言葉を話せない美女や美少女となれば悪党が目をつけるには最適であり、腹を空かせたホーンドウルフの前に肉をぶら下げるようなものだ。
「それにアコンカグヤさんから、従魔登録してもいいって許可ももらったからな。正式に俺の相棒にできれば、殴ってもいいごろつき以外は大分減るだろ」
「そうだな。確かに冒険者ギルドが後ろ盾となれば、表だって奪い取るのは難しくなるだろう」
ライバールが追い込まれた原因のほとんどは、その一点に尽きる。だがアコンカグヤに出会えたことで、その悩みは一瞬で解消された。母親のお墨付きで「ヒトの契約など好きにすればいい」と言われているし、もし従魔登録を解除するなら直接母親に引き渡せばいい。となればもはや遠慮や配慮で従魔登録をしない意味の方がないのだ。
「それにヨースギスなら、ドラゴンの従魔登録もすんなりいけそうなんだろ? 他にもプッター教の寺院とかデブラック男爵領だとか、頼りになる伝手を幾つも紹介してもらったんだ。これで駄目なら俺はどんだけ無能なんだよって話になっちまうぜ」
「ハハハ、そうか。まあ何かあれば遠慮なく頼るがいい。そちならば縁を腐らせ、恩を仇で返すようなことはせんだろうからな」
「当たり前だ! いつか必ず借りは返す。そっちこそ俺が必要なことがあれば、いつでも呼べよな?」
「うむ。頼りにさせてもらおう。ではそろそろ……」
「……ああ、行くか」
言って、スタン達はアコンカグヤに向き直る。
「じゃーな、アコンカグヤさん。あんたの娘、大事に預からせてもらうぜ」
「世話になったな、アコンカグヤ殿」
「さよなら、アコンカグヤさん。ほら、ミドリちゃんも」
「キュー!」
「貴方達の旅路に、白き月の導きがありますように……いずれ再会する日を楽しみにしておきます。我が娘ミドリ、仮面の王、未来の勇者……そして行きずりの娘よ」
「え、アタシだけ何か酷くない!? まあその通りなんだけど」
「いや、むしろそっちの方が凄くねーか? 因縁も目的もなくドラゴンに会うって相当だぞ?」
「ふふふ、物は考えようというところだな」
「キュー!」
賑やかに会話をしながら、娘とヒト達が去って行く。その別れがやけにあっさりなのは、誰もが「また会える」と確信しているからに思えて……それを見送るアコンカグヤの脳裏に、彼女が唯一友とした一人の少女の姿が浮かんでくる。
「マツヨ……」
寝ていた自分の頭の上に開いた「歪み」から落ちてきた、黒目黒髪の少女。違う世界からやってきたと主張する彼女に興味を持ち、物怖じせずに自分に名前までつけた少女と共に、アコンカグヤは世界を巡った。
白い峰を、黒い森を、青い海を、緑の大地を。小さなヒトをその背に乗せて飛び回った一人と一匹が最後に降り立ったのは、黄金に輝く不毛の砂漠。当時世界を席巻していた大帝国から虐げられた人々が身を寄せ合い、懸命に生きるその地に、マツヨは彼らが安心して暮らせる場所を作りたいと言った。
故にアコンカグヤはその願いを叶えるために力を貸し、そうして生まれた様々な魂装具の力で人々は豊かな生活を送れるようになり、彼女は初代の女王となったのだが……
「うわぁ……見て見てカグヤ! すっごい人がいっぱいいる!」
「そりゃいるでしょう、何せ今日は貴方が建国宣言する日なんですから。それで国の名前は考えたのですか?」
立派な宮殿の窓から広場に集まった民を見てはしゃぐマツヨに、アコンカグヤが呆れたような顔で話しかけた。するとマツヨは悪戯っぽい笑みを浮かべてそれに答える。
「うん、決めたよ! サンプーン王国って名前にしたの! ほら、私最初は国なんて作るつもり全然なかったのに、あれよあれよと流されてたら、あっという間にこんなことになっちゃったでしょ? この『できあがった物がこちらになります』って感じがチューピー三分クッキングみたいだなーって思ったから」
「チューピー? それはまた異界の知識ですか?」
「そうそう。私が生まれた国では、そんなのがあったのよ……ねえ、カグヤ」
「何ですか?」
出会ってから一〇年経ち、あっという間に大人びてしまったマツヨが、それでも昔と変わらぬ様子でアコンカグヤに歩み寄り、その手を取る。
「ありがとう。カグヤがいなかったら、私は何も出来ないただの子供だった。カグヤが私の願いを叶えてくれたから、こうしてみんなが笑って過ごせる場所が作れたんだよ?」
「何を今更……それにまだ、これで終わりではないのでしょう?」
「当然! てか、それこそここから始まるんだから! でも、だからこそ言いたかったの。ありがとうカグヤ。そして……これからもよろしくね!」
「フフッ、いいですよ。私が飽きるまで、もう少しくらいは付き合いましょう」
知らず目を閉じていたアコンカグヤが、ゆっくりとまぶたを開ける。天には眩しく太陽が輝いているが、アコンカグヤの優れた視力は、そのすぐ側にある月の姿もまたはっきりと捉えている。
「カグヤヒメ……でしたか? 月の化身たる天龍の私に、貴方はそう名付けました。月から降りてきた偉大な者がその美しさで世を翻弄し、最後には月に帰って行くと。
確かに私は気まぐれで貴方を助け、そして気まぐれで貴方の元を去りました。ドラゴンの本能は貴方を取り込めと騒いでいましたが……結局そうはしませんでしたね」
『本当はね、私カグヤになら食べられてもいいの。でも……やっぱり帰りたいんだ。私の世界には輪廻転生って考え方があって、死んだら向こうに戻れるかもって思うと、どうしても……ね。ごめんね、我が儘でさ』
『でも、私の心はずっとカグヤと一緒だよ。だってそういう名前をつけたもの』
『吾近輝夜……いつも私の近くで私を照らしてくれる、輝く月のお姫様。たとえ私の魂がどれほど遠くにいったとしても、夜空に輝く月の光が、私達を繋いでくれる』
『今までありがとう。大好きよ……私の一番の友達』
「貴方の後継は、歪みを通って長い時を旅したようです。ならばその技術は、貴方が生きている間にはもうあったのですか? 貴方の魂は……無事に故郷に帰れたのでしょうか?」
ドラゴンの英知を以てしても、魂の行く末などわからない。ましてや歪みの向こうに存在する無限の世界の一つに干渉するなど、神でもなければ不可能だ。
「……さあ、私も旅立ちましょう。この世にはまだまだ、私の知らないことがあるようですからね」
だが今日の不可能が、明日も不可能であるとは限らない。故にアコンカグヤは翼を広げ、莫大な魔力を用いてその身を浮かせる。
恥ずかしがり屋の昼の月を背に乗せ、アコンカグヤは今日もまた、友と共に世界を飛び回るのだった。





