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黄金の冒険者 ~偉大なるファラオ、異代に目覚める~  作者: 日之浦 拓


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ドラゴン

 ドラゴン。それは知恵ある者なら知識にて、知恵なき獣でも本能で知る、世界最強の生物である。体長は五から七メートルほどで、全身を緑の鱗に覆われ、背中にはコウモリのような巨大な翼が、そしてその頭には白くねじれた角が四本生えている。


 生息域は主に高い山の上で、縄張り意識が強いためか住んでいる山の中腹より下に降りてくることは希。ただし空腹時には巣から半径五〇キロ圏内を飛行して狩りを行うため、ドラゴンの巣が確認された場所の周辺は、基本的に無人になる。


 今現在確認されているドラゴンは、アステリア王国内ではわずかに三匹。周辺諸国を合わせても二〇匹ほどと個体数は少なく、出会うだけでも一苦労。だがそれでも「竜殺し(ドラゴンスレイヤー)」の称号に憧れる者達は果敢にドラゴンに挑み、そして散っていくというのがこの世界で広く知られているドラゴンの知識だ。


 だが……





「し、白いドラゴン……!?」


「いや、違う! ドラゴンじゃねーよ! だって角がねーじゃねーか!」


 その存在感に誰もが戦闘の手を止め上を見上げるなかで、スタン達を囲んでいた男の一人が声をあげる。


 五メートルを超える巨体なれど、まるで重さを感じさせず……飛んでいるのでも浮いているのでもなく、「宙に止まっている」という風に見える白いドラゴンの頭には、角など一本も生えていない。角のない魔物などいないのだから、その理屈で言えば目の前のドラゴンはドラゴンではない……少なくとも魔物ではないということになるのだが……


「じゃあ何だって言うんだよ! あれがドラゴンじゃなきゃ、何だってんだ!」


「それは……」


「狼狽えるな!」


 騒ぐ部下達を、アランが一喝して黙らせる。その顔に浮かんでいるのは引きつった笑みだ。


「角がないってことは、普通の角ありドラゴンより弱いってことだ。だろ?」


「それは、確かに……」


 基本的に、魔物は角が多かったり大きかったりする方が強い。それは角に蓄えられた魔力の量が、魔物の強さに直結するからだ。


 であれば、その角がないドラゴンが通常種より弱いのは当然。そんなアランの指摘に部下達の顔にやる気が溢れ……


「なら、アランさん!」


「ああ、決まってんだろ……撤退だ!」


「えっ!?」


「ちょっ!? 戦わないんですか!?」


 ずっこける部下が抗議の声をあげたが、その頭をアランが思い切りひっぱたく。


「馬鹿野郎! 多少弱かろうがなんだろうが、ドラゴン相手にこんな装備で勝てるわけねーだろ! そもそもこっちの遠距離武器は、そのしょぼい弓が二張りしかねーんだぞ! どうやって空から引きずり下ろすつもりだ!」


「いや、それは……確かに?」


「ってことで、逃げるぞ! お前らが来なくても俺は逃げる!」


「で、でもそれじゃ、子爵様のご命令は――」


「知るか! 死んでも命令守るほどの給料はもらってねーんだよ! 先行くぞ!」


「あ、アランさん!? 待ってください、俺も行きます!」


 一方的にそう言い捨てて踵を返すアランに、他の男達も我先にと逃げ出していく。


 常に現実を見据える男、アラン。「才能に溢れたガキ一人に手こずる自分がドラゴンに勝てるわけがない」という事実をあっさりと受け入れるその度量こそが彼の最大の長所であり、それが今回もまた、アランのみならず彼の部下達を生き残らせることとなった。





「ドラ……ゴン…………これが……………………」


 時は少し戻り、そんなアラン達のことを完全の意識の外に置き去りにして、ライバールは空に止まる白い威容に完全に心を奪われていた。


 勇者を目指すなら、いつかはドラゴンと戦い……そして勝ちたい。そんな子供の憧れを、成人して冒険者となってなお忘れていないライバールだったが、あまりにも神々しいその姿に、自分が勝てるイメージなどこれっぽっちも浮かばない。


 それどころか、敵になれるとすら思えない。あまりの立ち位置の違いに恐怖すら忘れてポカンと空を見つめるライバールから少し離れたところでは、スタンもまた驚愕に包まれながら空を見上げていた。


(ドラゴン……想像していたよりも圧倒的に高位の存在だな)


 かつてスタンがサンプーン王国にいた頃、世界に魔物なるものは存在しなかった。あるいはいたのかも知れないが、少なくともスタンは見たことも聞いたこともなく……つまりはいないも同然である。


 故にスタンの魔物に対する知識は、この地に目覚めてからのものが全てだ。その短い期間で幾度も魔物と戦い、自分なりのスケールを確立し始めていたのだが、その枠を遙かに超える存在を前に、スタンはできあがり始めていた常識をあっさりと打ち砕かれた。


「だって角がねーじゃねーか!」


(うむん? 角がない?)


 と、そこでアランの部下達の会話が耳に入り、スタンはカクッと仮面を傾ける。


 角の有る無しの違いは、スタンも身を以て理解している。単なるウサギに角が生えるだけでそこそこ強くなったり、アリに角が生えることで巨大化し凶暴になるのだから、ドラゴンほどの上位存在に角が生えたならば、一体どれほど強化されるのだろうか? 正直想像もつかないが、だからこそ首を傾げてしまう。


(これより更に強くなるのか!? そんなものを倒せるとは、この世界の英雄と呼ばれる者達は一体どれほど強いのであろうか)


 ファラオの秘宝をフル活用すれば、目の前のドラゴンを倒せるか? おそらくは倒せるとスタンは考える。だがそれほどの力を使えば周囲に甚大な被害が出るし、何よりそれは秘宝の力であり、スタン、あるいはファラオという個人の力ではない。


 だが、この世界で竜殺しと呼ばれる者は、五、六人の冒険者によってドラゴンを討伐した者達だ。勿論そういう者達も強力な魔導具を使ったりしているのだろうが、個人の武勇でこんな存在の……しかもそれより更に強い個体を倒すなど、サンプーン王国時代のスタンの常識ではあり得ない。


(やはり魔力の存在が大きいのだろうか? それとも何か、余が知らぬだけでドラゴンには致命的な弱点があり、それをつけば勝てるとかなのであろうか? うーむ、謎は深まるばかりだな)


 圧倒的な存在を前に、スタンは冷静にそんな分析を続ける。そのうえでドラゴンの目に確かな知性を感じ、まずは会話を試みるべきだと判断したのだが……そんなスタンより先に動いたのは、意外にもアイシャであった。


「うわぁ、綺麗……」


 突然空から現れたドラゴンの姿を目の当たりにして、アイシャは思わずそんな言葉を口走る。それからすぐに腕の中にいたミドリの顔を見て、笑顔で話しかけた。


「ねえミドリちゃん、あの人……人じゃないけど、あれがミドリちゃんのお母さん?」


「キュー!」


「そうなの。すっごく綺麗なドラゴンね」


 ミドリの言葉は当然わからなかったが、得意げに鳴くミドリの様子からそう察し、アイシャは誰よりも早くドラゴンに話しかける。


「えーっと、初めまして……でいいのかしら? アタシの言ってることわかります?」


「クァァァァ……」


「うぐっ、何言ってるかわかんない……でも多分通じてるわよね?」


「キュー!」


「うん、通じてるってことにしとくわ。アタシは……いたっ」


 とりあえず言葉が通じているという体で話を続けようとするアイシャだったが、体を動かした瞬間、足に鋭い痛みが走る。既にアラン達は逃げ去っているが、だからといって怪我が治るわけでも、なかったことになるわけでもないのだ。


「いつつつつ……ごめんスタン、回復薬一つくれる?」


「ん? おっと、そうだな。すまぬ、今――」


「クォォォォン」


 アイシャに言われてスタンが<王の宝庫に(ファラオ)入らぬもの無し(バンク)>より回復薬を取り出そうとすると、その前に白いドラゴンが優美な声で鳴き、土埃一つ立てることなく地面に降り立つと、その鼻先をアイシャに近づける。


「……はっ!? お、おいスタン!」


「いや、大丈夫だ」


 その様子に我に返ったライバールが剣を向けようとしたが、それをスタンが制止する。ドラゴンの目は理性的な光を宿したままであったし、何より当のアイシャが一切怯えていなかったからだ。


「え、何? きゃっ、くすぐったい!」


 その鼻先がアイシャの足をツンとつつくと、そこが淡い光に包まれる。すると次の瞬間、アイシャの怪我は傷跡一つ残さず綺麗に治ってしまった。


「うわ、治ってる! ありがとうございます、ドラゴンさん!」


「クァ……クォ……くぉ礼は必要ありません、ヒトの娘よ」


「「「えっ!?」」」


 突然ドラゴンが喋ったことで、全員が驚きの声をあげる。そんな三人の前でドラゴンの体が白い光に包まれ……


「「「…………えぇ?」」」


 現れたのは、やたらぴっちりした黒い下着(パンツ)だけを身につけた、身長二メートルを超える筋骨隆々にして胸毛ボーボー、顎が二つに割れたむさ苦しいオッサンであった。

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