1話 異世界
夢と現実の狭間を彷徨っている感覚だけがあった。
その感覚は俺に、記憶として鮮明に残る幻想を見せた。
底の見えない暗い深海に無抵抗で沈んでいく幻想を。
<───『記憶喪失』>
聞き馴染みのある声が直接脳内で聞こえたことで、俺の意識は覚醒した。
その影響によるものなのか、現実を夢を直感で区別できるようなっていた。
だからこそ、自身がまだ夢から覚めていないと自覚できたのだ。
ふと周囲が気になり、見渡してみると、純白だけが空間を支配していた。
その瞬間───純白の世界に異変が起こった。
純白の彼方で、己の存在を示すように「黒」が生じたのだ。
「黒」が線を描くと、線は空間を歪ませながら膨張し、光を放つ。
「黒」から溢れ出る光は、生命の胎動のように明滅を繰り返す。
その刹那、「黒」が純白を呑み込んで、空間を漆黒で塗り潰した。
「黒」と漆黒の境目は消え、完全に同化したかに思えた。
だが、俺は漆黒の中で微かに輝く1つの光があることに気がついた。
その光は人の形をした存在をはっきりと映し出した。
瞬間、無から大地が生じ、太陽と月が生まれ、その影響で昼と夜の区別が生じる。
俺は神秘的な光景を目にした後、奇妙な眠気に襲われた───
徐々に体が重くなっていき、木々のざわめきが聞こえた。
そして、全身の感覚が元に戻ると、俺自身が地面に寝ていることに気づいた。
指が動くことを確認してから、ゆっくりと上半身を起こす。
寝起きで少し霞んでいるが、歪な樹木が辺りを覆っているのが見えた。
「ここは、森か……?」
なぜ俺がこんな森の中にいるのか全く憶えていない。
それどころか、これほどまでに歪に育った木は見たことがない。
だが、考えることができている以上、記憶以外の機能は問題ないようだ。
いや違うか、記憶喪失という時点で問題だらけだな。
「猛獣がいるかもしれない。早くこの森から出よう」
俺は現状に不安を感じながらも、行動してみることにした。
* * *
足場に気をつけながら森を突き進んでいて、気づいたことが1つある。
それは、この森には動物が一切存在していないということだ。
もし動物がいるのだとしたら、この異様な静けさの説明がつかない。
静けさと言っても、木々のざわめきは確かに聞こえている。
だが、それだけが聞こえるのであって、鳥の鳴き声ひとつ聞こえてこない。
「いったい、この森はどうなっているんだ?」
俺はふと1本の木を見て、傷がついていることに気づいた。
そう俺が歩き始めてから最初に目についた木につけた傷と似たものが。
俺の腕の高さと一致しているということは、同じものという認識で間違いないだろう。
あくまで俺と同じ境遇の人物が、この森にいなければの話になるがな。
「まさか、遭難したのか?」
瞬間、背後からガサッと草を踏む音が聞こえた。
脳が判断を下す前に、反射的に音がした方向へ振り返る。
そこにいたのは───白骨化した人間の死体だった。
「は!?」
視界に骸骨が映った瞬間、その半透明な板は突如として現れた。
骸骨に対する驚愕で、最初は気づかなかったがよく見ると文字が書いている。
それは自分が体験していることが夢であると思えるような内容だった。
─────────
名称:───
技巧:20
種族:骸骨兵
職業:戦士
魔力:───
特性:死骸修復
戦技:───
魔術:───
耐性:斬撃耐性
打撃耐性
破壊耐性
称号:───
─────────
スケルトンという名前が、そこには書かれていた。
その名前は生物の死骸全般を指す言葉である。
だが、それ以上に、架空の怪物を指す言葉でもある。
「うっ……!?」
突如として強烈な頭痛に襲われ、俺は思わず両手で頭を抱える。
『考えるな』とでも言うように痛みが増し、俺はあまりの痛みに膝から崩れ落ちる。
激しい頭痛の影響なのか、視界に映る景色が円を描くように歪み始める。
眩暈のせいで状況把握ができない中、俺の視界は骸骨の動きだけは捉えていた。
「っ……!!」
骸骨らしき白い塊が、俺目掛けてなにかを振り下ろしている。
直撃する僅か数秒の間で俺が抵抗できることは何もない。
それに加え、眩暈のせいで情報を整理することすらも難しい。
俺はそうして生きること諦め、自身の死を確信して目を瞑る。
俺が現実から逃げた瞬間、ザシュッという鈍い音が響いた。
遅れて風が吹付け、俺は恐る恐る目を開けると骸骨が止まっていた。
否、地面から飛び出した巨大な木の根によって骸骨は胸元を貫かれていた。
「え……?」
俺はその幻想的な光景を見て、ここは現実ではないと悟ったのだ。
正確には、俺の知っている現実ではなく、俗に「異世界」と呼ばれるような現実だと。
ようこそ、異世界へ───
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