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電話が、掛かってきた。
『今から、会える……?』
電話の向こうから聞こえてきた声は、泣きそうな、か細い声だった。
ああ、きたんだ。そう、静かに、確信した。
もう、辺りは暗い。
冬になると、どうしてこうも日が早く沈むのか。夏なんて、夜の7時でもまだ明るく感じるのに。冬場の夕方過ぎは夏場のその時間帯に比べて、日曜日でも外にいる人が少なく感じられた。
「悪い。遅くなった」
きっと自転車のブレーキを握って、宮瀬が座っているベンチの斜め前にそれを止める。
「ううん」
こっちを見上げる宮瀬は首を横に振り、両手に持っていた缶の一つを俺に差し出してきた。差し出されたそれは、俺がよく飲んでいる温かい缶コーヒー。宮瀬の手には、宮瀬の好きな温かいミルクティーが握られていた。コーヒーを受け取って、宮瀬の隣に座る。
二人とも何も言わないまま、缶に手をつけた。
「寒いね」
「だな。毎年くるけど、ぜんぜん慣れない」
「そうなんだ」と、宮瀬が笑う。
バイパス沿いにある少しさびれたゲームセンター前のここは、トラックや車の走り去る音がよく聞こえた。夜中になれば、その音もほとんどしなくなる。バイトの飲み会の帰り道、俺と宮瀬は中間地点でもあるここでよく途中休憩をしていた。去年のことだ。あれから一年経っているのに、あの時のことをよく覚えている自分に苦笑してしまう。
「なに笑ってんの?」
笑っていた俺が見えたらしい宮瀬が、顔をこっちに向けた。少しおかしそうに笑っている。
「……去年のこと、思い出してた」
少し間を空けて答えれば、宮瀬の目が、揺れた。
それを見ただけで、ああ、と自分の考えが間違っていないことを悟る。
宮瀬の心にいるのは、俺じゃない。
「宮瀬の元彼がいなかった時、」
揺れる目をした宮瀬から視線を外して、ぼんやり前を見ながら話し出す。両手で持っていた缶を一度ぎゅっと握って、力を抜いた。
「去年の後期からの半年。あの時間が、ずっと続けばいいと思ってた」
目線は前を向いたままだから、宮瀬が今どんな顔をしているかは分からない。時折、走り去っていく車やトラックの姿が視界の端に映るだけで、他に見えるものっていったら、さびれたゲームセンターの小さな駐車場だけだ。
だけど、宮瀬は何も言わない。静かにしたまま、俺の話を聞いている。
「宮瀬の愚痴を聞いてても、嫌じゃなかった。もっと俺に話してくれればいいと思った。こんなに楽しい時間が続くなら、愚痴なんていくらでも聞いてやるって」
本当に、そう思っていた。
去年の夏休み後半、初めて宮瀬の愚痴を聞いた時。その時は、いきなりなんだ、と正直思った。宮瀬の元彼の愚痴を聞くほど、その時はそれほど仲がいいといえるほどではなかったのに。まだ自転車でバイトに通っていた宮瀬と帰り道が一緒になって、話を聞いて、メールをしだして。俺と宮瀬の距離は縮まっていった。
宮瀬と谷原の三人でよく遊ぶようになって、ほとんどの週末を一緒に過ごして。それが、当たり前になっていった。宮瀬の元彼が留学から帰ってくるまでだとは分かっていても、そんな日が続けばいいと思っていた。
「ただ傍にいられたらいいって思ってた」
宮瀬の方を向いた。宮瀬は、泣きそうな顔をしている。少し微笑んで、話を続けた。
「気付かない振りして、知らない振りして、傍にいようとしてたのに、だめだった。宮瀬を、好きになってた」
堪え切れなかったのか、宮瀬が、顔を伏せた。両手でミルクティーの缶をぎゅっと握って、少し震えているようにも見える。
「居心地良かったんだよな。宮瀬との距離が。それで、その距離に甘えてた。甘え過ぎて、気付くのが遅かったんだ」
俯く宮瀬を横に、俺はまた前を見て続ける。
本当に、その通りだった。宮瀬との曖昧な距離が居心地良くて、俺も宮瀬もどこかでお互いを必要だと思ってて。それを口に出さなくても、お互いが了解してることだと思っていた。
でも、居心地が良いだけじゃ、だめなんだ。永井さんという『お友達』が登場して、それが分かった。誰かを恋しく思う気持ち。誰にも渡したくないという気持ち。傍にいて、触れたいと思う気持ち。そんな単純な気持ちに、気付かなかった。ぎりぎりのぎりぎりまで気付かなくて、宮瀬が笑っていてくれたらと、腑抜けた考えをしていた。それだけじゃ、足りなくなっていたくせに。
「……もっと早く、気付けばよかった」
ぽつりと漏れた後悔は、隣の道路で車が走り去っていく中でも、はっきりと聞こえた。
視線を戻せば、まだ俯いてる宮瀬。持っていた缶コーヒーを宮瀬のいる場所とは反対側に置いて、片手をぽんと宮瀬の頭に乗せてやる。
「お前が泣くなよ」
ほんの少しだが、宮瀬が震えているのが、触れた場所から伝わってくる。見えない宮瀬の目からは、堪え切れない涙が溢れているのかもしれない。その証拠に、宮瀬が俺の言葉を否定しない。
「最低だって、分かってる」
電話の時のような、か細い声が下から聞こえてきた。




