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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Story 27. 我慢と限界
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対して、私は面白くもおかしくもなく、知らないところで知らない人に知られていたことに、どうしようかと頭を抱えたい気分になっていた。

今の話からすると、たぶん、永井さんはこの人が私の名前を知っているということは知らない。知っていたら、何かしら教えられているはずだ。



「永井さんと、同級生なんですか?」

「そうだよ。大学時代の同級生。学部は違ったけど、サークルが同じだった」

「そうですか」



あまり関心のないような返事に、春日さんが眉を吊り上げた。面白くなさそうなその顔に、また溜め息をついてしまう。



「別に知られてしまったんなら、もう何か言うつもりはないです。どうせもう会うこともないだろうし」

「なに。じゃあ、俺がばらしてもいいってこと?」

「それは困りますけど。言うんですか?」

「べつに。俺は関係ないし」

「そうですか。ありがとうございます」



それじゃあ、と続けて、席を立とうとした。もう、あまりこの人とは話していたくない。

ソファから立ち上がりかけたところで、向かいから鼻で笑ったような声が聞こえた。そっちに顔を向けると、春日さんが嘲るような顔で笑っている。



「なに。自分のやってることが正しいとでも思ってんの?」

「思ってないですよ」

「じゃあ、『それでも止められないんだ!』みたいな?」

「そうかもしれませんね。さっきから何回もメール確認するくらいだから。話し合いが、早く終わっちゃえばいいのにって思ってます」

「へえ」



また、あのうすら笑いを浮かべて、春日さんがソファに深く腰かけた。

さっきから、これ以上ないっていうくらい冷たい声で話してるっていうのに、春日さんはまったく意に介することもない。腹立たしいのは腹立たしいし、できることなら「うるさい」と言ってやりたいくらいだけど、そんな力も沸いてこない。どうしてか、最近になって立て続けにこういうことを言われているせいか、相手をすることも嫌だ。

今度こそちゃんとソファから立ち上がって、春日さんから離れようとする。それなのに、春日さんはまた声を掛けてきた。



「夕飯でも一緒にどう?」

「行きません。友達と約束があるんで」



さっきまでその約束を嫌がっていたくせに、今はその約束があってよかったと思った。振り返った先の春日さんは、また嫌味な笑みを見せる。



「あれ。友達との約束がなかったら、行ってくれたんだ?」

「行きませんよ」

「そうなの。てっきり、そういう人なら誰でもいいのかと思った」

「何なんですか。さっきから。ほとんど初対面の人に、そういうこと言われる覚えないんですけど」

「だろーなー。ま、仕方ないと思ってよ」



意味が分からず、春日さんを見返す。春日さんは、あの嫌味なうすら笑いのまま立ち上がって、すっと私の目の前に立った。



「だって、俺、永井のこと嫌いだもん」

「ただの好き嫌いに、私を巻き込まないでください」

「あんたを奪ったり、ぼろぼろにしたりしたら、永井的にはダメージでかくない?」



さらっと言われるその言葉に、嫌悪が顔に出た。それを見た春日さんが、楽しそうに笑みを作る。



「勝手にしてください」



それだけ言い、未だ笑い続ける春日さんを放って、後ろを向いた。その先に、一番会いたくない人がいて、無意識に溜め息が漏れる。視線の先にいるその人は、私たちの会話を聞いていたらしく、冷たい目をこっちに向けていた。



「じゃーな。春希、ちゃん」



何かを察したらしい春日さんが、わざと私の近くで声を掛けていく。



「何やってんの。宮瀬ちゃん」



春日さんが階段を上がっていなくなると、視線の先にいた人――犬居さんが、冷たい目のまま私に近付いてきた。



「知り合いの人と話してただけです」

「『春希ちゃん』とか呼ばれてたのに、ただの知り合い?」

「勝手に知られてたんです。聞いてたなら、分かってるでしょ。あの人は、永井さんのことが嫌いなんです」

「にしても、やけに気に入られてたみたいだけど」



私の目の前まで来て、冷たい視線のまま、犬居さんは私を見下ろす。私は溜め息をつきそうになるのを堪えて、犬居さんを見返した。

さっきの春日さんに続いて、今度は犬居さん。容量オーバーだ。

二人の視線がかち合ったままでいると、どうしてか、犬居さんがふっと笑みを漏らした。その意味を尋ねるために顔をしかめれば、犬居さんが少しばかにしたように口の端を上げる。



「いや。宮瀬ちゃん、そんな冷たい目するんだと思って」

「怒ってたら、そういうことするのが普通じゃないですか?」

「怒られることしてるのは、自分なのに? やっぱり、自分勝手だね。宮瀬ちゃんは。永井さんにも、そういう目、するの?」



また、だ。こんな風に、さっきの春日さんも、今の犬居さんも、私をわざと怒らせるようなことをする。ここで怒りを口にしてしまえば、それこそ相手の思うつぼだと分かっているのに、それを隠すことはやっぱりできない。

目の前の犬居さんは、口調は面白がっているのに、その顔はまったく面白がっていなかった。どうして、犬居さんにここまで言われなきゃならないんだろう。

確かに、批判されても仕方ないことをしているのは、他でもない私だ。それを指摘されるのは、別に構わない。だけど、犬居さんや春日さんは、私とは何の関係もない人だ。他の誰かを通じて知り合った人たちに、どうしてここまで追い詰められなきゃいけないんだ。



「私が嫌いなら、それで構いません。そういう風に言われることしてるのも、十分分かってます。でも、嫌なら私に近付かなかったらいいでしょ。離れて、傍観しててください。いちいち、私に何かを言う必要なんてないじゃないですか」

「そういうのが、むかつく」



さっきまでの楽しそうな口調とは打って変わって、吐き捨てるように言った犬居さん。口調にも、その顔にも、怒の感情が表れて、逆に楽になった。



「自分がしたいことしてるだけなんだから、関わるなっていうのがむかつく。関係ないなら、入ってくるなっていうのが、むかつく。そうやって、他の誰も巻き込んでないつもりかもしれないけど、宮瀬ちゃんのせいで悲しんでる人はいるんだ。古賀だって、いつも宮瀬ちゃんの味方してる。宮瀬ちゃんだって、そうやって、自分のことひけらかして、心配してくれる人だったら誰でもいいんじゃないの」

「なに言って……」



私よりも先に怒りが先走った犬居さんが、言いたい放題口にする。最後の言葉にはさすがに苛立って言い返そうとするも、それはいきなり目の前に出てきた人の背中に遮られた。



「いい加減にしろ」

「こが、さん」



目の前にできた人の壁は、古賀さんによるものだった。いつの間にここに来ていたのか、話に夢中になりすぎてまったく気付かなかった。それは、犬居さんも同じのようだ。

古賀さんの声は、今まで聞いたことがないくらい怒りに満ちていて、そのあまりにも低い声に少し萎縮してしまう。目の前の壁は私の視界を完全に遮るようにされていて、古賀さんが今どんな顔をしているのかも、犬居さんがどういう顔をしているのかも分からない。古賀さんが一歩後ろに下がるのにつられて、私も少し後退する。それによって、古賀さんと犬居さんの間に距離ができた。



「言っただろ。宮瀬を、混乱させるな」

「そうさせてんのは、宮瀬ちゃんだろ」

「お前の周りの事情に、宮瀬を引っ張り込むな」



犬居さんが、その言葉の後を追えなかった。黙り込んだ犬居さんを不思議に思って、古賀さんの後ろから少し顔を覗かせようとする。だけど、それは前から伸びてきた古賀さんの手によって封じられる。離れないように古賀さんの背中に身体を押し付けられ、動くこともできずに二人の話に耳を傾ける。






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