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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Story 20. 結のその先
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「二人して、おんなじようなこと考えてんのな」



ふいに古賀さんにそう言われて、何のことか分からず顔を上げる。顔を上げた先にいる古賀さんは、困ったような呆れたような笑みを漏らしていた。顔を上げた私に気付いて、古賀さんが小さく笑う。



「先週、お前が旅行してる時に、たまたま永井さんに会ったんだ」

「た、たまたま?」



古賀さんと永井さんに『たまたま』が発生する可能性なんてあるのか。そんなことを思っていると、古賀さんにもそれが伝わったようで、「おう」と簡単に頷かれた。聞けば、古賀さんが取っている集中講義の最終日が、永井さんのいる大学で行われたという。そこで、『たまたま』永井さんに会ったらしい。



「永井さん、家出たってさ」

「……え?」



今度は、私がぽかんとする番だった。古賀さんが、面白そうに笑う。そんな顔を見ても、私は今の古賀さんの言葉をうまく処理できないでいた。



「い、いつ?」

「えーっと、二週間、じゃないな。もう三週間前になるのか」

「そんな前?」



古賀さんの言葉で、頭の中でざっと計算をする。永井さんが家を出てからも、私と永井さんは会っていた。その間、私は永井さんが家を出たなんてことは知らずに。永井さんも、何かそういうことを言うことはなかった。ただ、いつも通りにカフェでお茶をして、ゆっくりとその辺りを歩いて、夜になれば永井さんは私を送って帰っていった。私は、何も聞いてない。



「おんなじこと考えてたって言っただろ」



私の考えを読みとったらしい古賀さんが、呆れたようにそう言った。言っている意味が分からず、眉間にしわを寄せてしまう。古賀さんが、また呆れたような顔で溜め息をついた。



「永井さんも、お前を混乱させたくなくて言わなかったんだよ。家出たっていっても、まだきれいに片付いたわけじゃないし、言ったら言ったでお前が自分のこと気にするからって。考えなしに、何も言わない人じゃないだろ」



分かっていたはずのことを古賀さんに言われて、私は口を閉じるしかなかった。古賀さんの言う通りだ。永井さんは、何も考えずにそういうことはしない。それで、永井さんの考えていたことも、その通りだと思った。

もし、私がまだ彼氏と別れていない状態で、永井さんから家を出たと伝えられたら、きっと私はまたどうしたらいいか分からなくなってしまう。永井さんの状態に喜んだり、それでも少しいたたまれなくなったりして、それで自分のことを考えて何を馬鹿なことをと呆れてしまうだろう。言われて、改めて思った。昨日までの自分が、そういう状態だったというのに。呆れる。自分に。



「お前、明日バイトは?」



急に何の関係もないことを聞かれた。意味が分からず古賀さんの方を見たまま黙っていると、古賀さんがもう一度「バイトだよ」と聞いてきた。



「え、ない、けど」



意味が分からないものの、とりあえず今週のシフトを思い出して答える。今週はシフト登録が遅れたせいで、水曜日の今日しかバイトがなかった。それがどうしたと思っていると、古賀さんが何かを考える素振りを見せた後に、もう一度私の方を向いた。



「明日、永井さんのところ行ってこいよ」

「は?」



いきなりな提案に変な声が出た。古賀さんの方は、何ともない顔をしている。



「いや、行ってこいよって。別に明日じゃなくても、明後日会うし。ていうか、その前に永井さんの家知らないし」

「俺、知ってる」



またしても、平然としてとんでもないことを言う古賀さん。目が点になっているであろう私を見て、古賀さんがおかしそうに笑った。

古賀さんに教えてもらった永井さんの家の場所を聞いて、今度は何の反応も口にすることができなかった。



「ふざけて言ったらしいな。『こういうところ住みたいなあ』って」



古賀さんが、おかしそうに笑いながら聞いてくる。私はそれに、何かを返すこともできない。

以前、不動産屋か何かのフリーペーパーを見て、私があるマンションの写真を見て『いいな』と言ったことがあった。その場には永井さんもいて、私の言葉に『そうだね』と返してくれていた。もちろん、私の言葉はふざけているもので、本当にそう思ったわけではない。単なる願望であって、それは将来そうなったらいいなという程度のものだった。永井さんは、今、そこに住んでいる。古賀さんは、そう言った。



「部屋探してる時にお前の言葉思い出したらしくて、不動産屋聞きにいったら空いてるからって、そこに決めたらしいぞ」



それを聞いて、泣きそうになる。

私は、自分が永井さんとのことを考えているつもりだと思っていた。だから、永井さんが納得いく形で問題が片付くまで彼氏とのことも言わないつもりでいた。だけど、永井さんは、私以上に、私のことや私と永井さん自身のことを考えている。家を出たことを言わないでいたのも、わざわざそのマンションを選んだことも、全部私のことを考えていてくれていたからだ。古賀さんにだけそのことを言ったのも、私が古賀さんを頼っていると知っているからだ。

永井さんは、私に甘えてると言った。だけど、本当はそうじゃない。私が、永井さんに甘えてるんだ。



「会いにいけよ。永井さんは、十分お前のこと考えてる」

「……うん」



古賀さんの言葉に、素直に頷く。古賀さんの顔が、また、優しいものに変わった。



「さて、ならそろそろ帰りますか」



古賀さんがコンクリートブロックから立ち上がり、ぐっと腕を上に伸ばして伸びをする。ふうっと息をつきながら腕を下ろして、古賀さんは私の原付の隣にある自転車へと歩いてきた。



「ほら、帰るぞ」



未だに原付に座ったままでいる私に声を掛けて、古賀さんは自転車に鍵を差し込んだ。カシャン、と鍵が外れる音を聞いて、私はようやく原付を一旦降り、そこからヘルメットなんかを取り出し始める。

私がヘルメットを取ったところで、古賀さんが「じゃあな」と手を上げた。



「古賀さん、」



呼び止めると、自転車にまたがった古賀さんがこっちを振り向いた。私は、まだ原付の隣に立ったままでいる。昨日から言おうと思っていた言葉がなかなか出てこなくて、両手で持ったヘルメットに視線を落としてしまう。



「どうした?」



呼び止めたくせに何の言葉も発しない私を前にしても、古賀さんは焦れることなく待っている。その声にもう一度顔を上げて、古賀さんの方を見た。



「ありがとう」

「何が?」



いきなりなお礼に目を丸くさせて、次には何のことだというような顔をする古賀さん。それに、少し笑ってしまう。



「ほら、今まで、愚痴聞いてくれてたでしょ。古賀さんがいなかったら、そういうこともできなかったし。古賀さんがいなかったら、今みたいにすっきりした気分になることもなかったと思うから。だから、ありがとう」



言ってしまったら言ってしまったで、照れくさくなってしまって、そんな自分に照れ笑いしてしまった。古賀さんの方は、お礼の理由を聞いてからも、きょとんとした顔をしている。それでも、それも少しの間だけで、古賀さんの顔はまた優しいものへと変わった。



「どういたしまして。ほんと、俺に感謝しろよな」

「だから、してるって」



いつものように、古賀さんらしい発言をして、古賀さんも私も笑みを漏らす。



「じゃあな」

「うん。ばいばい」



言葉とともに手を振って、今度こそ古賀さんは自転車を漕ぎ出した。

古賀さんが見えなくってから、私もヘルメットをかぶり、原付をスタートさせる。会いたい気持ちが急いて、走るスピードも、過ぎる時間も遅く感じるほどだった。







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