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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Story 19. 思考の中心
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春休みも中盤になった。

俺たち大学生にとって春休みなんていうのは、テストが終わればのんびりできる長期休みだ。ただ、塾は違う。高校受験や大学受験もいるし、当たり前に今が書き入れ時だ。まあ、うちの塾はそれなりに講師の人数もいるから、今より一日程度シフトを増やすくらいで支障はない。あったとしても、それ以上増やしたりしないけど。

その中で、俺や他のやつらは適度に遊んだり、彼女、彼氏とデートしたりしていた。俺も宮瀬も、例外ではない。永井さんの奥さんが家を出ていったと知った宮瀬は、永井さんの言葉通りそれをあまり気にしないようにして、あの人と会っているみたいだった。それでも、何かどうしようもない時だけ、以前のように俺と話している。

奥さんが出ていったことに、宮瀬が責任を感じてないといえば、嘘になる。あいつは、そのことにそれなりの感情を抱いているけど、自分がそれを持つ資格がないと思っている。自分にも彼氏がいて、永井さんが結婚していることも承知の上で付き合っていて、そんな自分がどうこう言っていいものじゃないと。だけど、それでも気持ちが永井さんに向いている今、永井さんの結婚している人が出ていったということに、少しでも嬉しいと思ってしまう。そんな自分に気がついて、また呆れる。それの繰り返しで、何日かの周期で、どうしようもない気分になるようだった。

そんなことが、前にもあった。あいつの留学が駄目になって、彼氏だけが向こうに行ったとき。頭では行けなくなったことを分かっているけれど、それについていけない心があって、あいつは苛立って、混乱して、どうしようもない気持ちを抱えていた。俺には何もできなくて、話を聞くだけだったけど、それで宮瀬が楽になると言った。だから、今もそうしている。抱えているものを外に出して楽になるなら、いつだって言えばいい。そう、宮瀬にも伝えた。




「あー、やっと終わったー」



少し先を歩く松木が「よっしゃー」と両手を上に伸ばして喜んでいる。その後ろを歩く俺と犬居も、声には出さないが、気持ちは松木と同じだ。

今は春休み真っ只中。だけど、俺と友達の松木と犬居は、二つ隣の県にある大学に来ていた。今学期の休暇中に開講される集中講義を取っている俺は、その授業のまとめとして、この大学に来て同じ内容の授業をしているクラスと合同授業兼実験をやっていた。その授業がついさっき終わって、クラスの他の奴らについて見知らぬキャンパス内を歩いていた。



「昼飯どうするよ?」



前を歩く松木がこちらを振り向いて聞いてきた。時間は昼を少し過ぎていて、確かに腹もへっていた。せっかくここまで来たんだから、何か美味しいものでも食べていきたい。



「この辺何あるんだろ」

「知らん」



犬居の問いにはっきりと言い切る松木。それに呆れる犬居を見て笑ってしまう。何が食べたいかな、なんて考えながら歩き、何気なく真正面にある建物を見た。その棟は俺の位置からは全面ガラス張りになっていて、中の様子がばっちり見える。その棟を横目に通路を右に曲がろうとして、思わず足を止めてしまった。



「おーい、古賀ー?」



先を歩く松木と、俺を置いてその隣に並んだ犬居が不思議そうに俺のことを呼ぶ。



「あ、おう」



松木の声に返事をするものの、なかなかそこから動けずにいて、変に思った犬居が俺の隣まで歩いてきた。それでも、俺は棟の中を歩いている人――永井さんから目が離せないでいた。松木が「なんだよー」とぶつくさと言っている。俺が永井さんのことを見ていると、棟の中を誰かと並んで歩く永井さんも、ふいに視線を外に向けた。そして、俺のことを見つけて、向こうも足が止まった。だけど、永井さんの方はそれも一瞬のことで、隣を歩いていた人に何か言うと、その人から離れてその棟の入り口に向かって歩き出した。その入り口は俺の右手にあって、つまり、永井さんは俺の方に来ているってことだ。



「俺たち、適当に昼食べるな」



隣にいた犬居が何かを察して、気を利かせて俺の隣を離れた。



「あ、悪い」



松木の隣に並んだ犬居に一声かけると、犬居は気にするなという風に片手を上げて、なんだとごねる松木を引っ張って歩いていった。

永井さんは案の定入り口を出てきて、俺のところまで近付いてきた。



「古賀くん、だよね?」

「あ、はい」



俺が頷くと、永井さんは「よかった」と言って笑みを見せた。



「なんで、ここにいるの?」

「ああ。集中講義の最終授業がこっちであったんで。永井さんのいる大学って、ここだったんですか?」

「そうだよ」



至極最もな質問をされて、肩をすくめて答えた。永井さんが大学の教授だってことは知っていたが、まさかここの教授だったなんて思ってもみなかった。見れば、永井さんは頷きながらも俺との遭遇に驚いている様子だった。俺の方も驚いたが、永井さんも俺を見つけて驚いたみたいだ。



「この後、時間あるかな」



時計を見た永井さんが、そう尋ねてきた。犬居も松木もいなくなってしまったので、俺の方は何も予定がない。



「ありますよ」

「じゃあ、昼、一緒にどう?」



この後の予定なら、ない。断る必要性も、ない。ただ、断る理由ならあった。言えないだけで。



「いいですよ」



笑ってそう答え、駐車場で待っててと言う永井さんの言葉に頷き、永井さんと反対の方向に歩きだした。




「こういうところ、来るんですね」



永井さんの運転する車で来た場所は、カフェレストランのようなところで、店内は白を基調とした内装の中にカラフルなものも置いてあった。オシャレといえばオシャレだけど、永井さんがこういうところに好んで来るなんて思ってもみなくて、少し驚いてしまう。それが顔と言葉に出ていたのか、永井さんはおかしそうに笑みを漏らす。



「研究室の学生に教えてもらったんだ。近くて美味しいから、行ってみてって」

「ああ、なるほど」



頷いて、店内を見回した。確かに、学生のような人が多い。オシャレにエプロンを着こなした店員が、注文したランチセットを持ってきて、とりあえずは二人ともそれに手をつける。

「美味しいですね」と言う言葉に、「そうだね」と返される普通の会話をしながら、一体何を話したいんだろうと考えた。永井さんが俺を誘ったのは、宮瀬のことで何か聞きたいからだろうと簡単に推測できた。でなきゃ、一、二回会っただけの俺と昼ご飯を一緒に食べようなんて思わない。推測できたからこそ、永井さんの誘いを受けるのが少し嫌だった。宮瀬から永井さんのことを聞くのはいい。あいつが嬉しそうに笑って、楽しそうにするから。そうでなくても、何かしら話を聞いた後はすっきりとした顔をする。それが分かるだけでいい。だけど、永井さんから話を聞くのはまた別だ。ぺらぺらと話されて、「そうなんですか」と聞き流せるほど俺は大人じゃない。



「気付いてると思うけど、君を誘ったのは、彼女のことで聞きたいことがあったからなんだ」



『そういえばね』なんてわざとらしい始め方もせず、永井さんはストレートに言った。水を飲みながら永井さんの言葉に軽く頷いておいて、次に出てくる言葉を待つ。



「聞いてる、よね。俺の奥さんが家を出てること」

「まあ……」



はっきりとイエスとは言えなくて、曖昧に頷いておく。永井さんの宮瀬に対する印象を悪くはしたくない。だが、そう思ったのは俺だけのようで、永井さんは俺の言葉を聞くと「そっか」と安心したような笑みを浮かべた。意味が分からず首を傾げると、永井さんは少し困ったように笑う。



「いや、彼女にとって君はそういう人なんだろうなとは思ってたんだ。何かあった時に相談するのは、君なんだろうなって」

「そう、ですか」

「うん。当たってるみたいでよかったよ」



心底そう思ってるような口調に、少しだけ溜め息をつきたくなった。少ししか会ったことのない俺のことをそういう風に見てるってことは、宮瀬が俺のことを話したか、永井さんがそれほどよく宮瀬のことを見ているかのどっちかなんだろう。今の永井さんの発言からして、それは後者みたいだけど。たぶん、永井さんと初めて会った時から、そう思われてたんだろう。宮瀬が混乱した、あの時だ。



「聞きたいことって何ですか?」



『聞きたいことがある』と言われても、俺が永井さんに何かを話せるかなんてはなはだ疑問だが、聞かれた以上はその先を促してみる。



「うん。彼女、大丈夫かな」

「……は?」



水を一口飲んで言われたその言葉に、フォークを持っていた手が止まる。疑問詞も目的語も入ってないその言葉で、俺に何を理解しろっていうんだ。永井さんもそれに気がついたようで、「あ、ごめん」と苦笑いされた。



「妻が家を出てったことで、彼女が不安、ていうか、どうにかなってるんじゃないかと思って」



困ったように笑い、永井さんは俺に目を向けた。その言葉を聞いて、やっと永井さんの聞きたいことを理解した。皿に残っていた最後の一口を食べ終えて、喉を潤すために水を一口飲む。






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