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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Story 15. 宙を掻く思い
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だいぶ暗くなってきてから、二人して夕飯を食べた。その後に、近くにあったコーヒーチェーン店で俺はコーヒーを、美香ちゃんはカフェモカをテイクアウトして、ゆっくりと人の少ない通りを歩いた。



「今日は、ありがとう。楽しかった」



歩きながら、美香ちゃんがそう言う。俺はコーヒーを飲みながら首を振った。



「こっちこそ、ありがとう。会ってくれるなんて思ってなかった」



誘ったのは俺の方からで、冗談交じりにそう言えば、美香ちゃんはまたしても『とんでもない』というように首を横に振った。



「誘ってくれて嬉しかったよ! だって、私から博己くんと知り合いになりたいって、彩香ちゃんにお願いしたんだもん」

「え?」



俺の反応を見て、美香ちゃんが「あっ」と声をあげる。それから「どうしよう」などと言って、慌て始めた。

これには、俺も『どうしよう』だ。藤田さんからは、単に『すごく良い子がいるから紹介します』と言われただけだった。多少、入れ込んでいるなとは思っていたけど。それが、藤田さんからではなく、美香ちゃんからの発信だとすれば、俺の今日のデートに対する認識と美香ちゃんのそれとは大きな差がある。若干の違いどころではない。

二人とも気まずくなって、何も言わなくなってしまった。ちょうどいいのか悪いのか、すぐそこに河原があって、夜だからかカップルがたくさんいた。



「とりあえず、下、おりようか」



河原を指して言えば、美香ちゃんは「うん」と頷いた。

河原まで下りると、カップルがいるところとは少し距離をとったところで落ち着いた。二人とも立ったままだけど、今は座る気にもなれなくて、そのままでいることにする。何を言えばいいんだと思いながらいると、先に美香ちゃんの方から口を開いてくれた。



「あのね。最初に彩香ちゃんからみんなで写ってる写真見せてもらった時は、楽しそうだなあくらいにしか思わなかったの」



ぽつぽつと美香ちゃんが話すのを聞いて、ビデオを撮った時に写真も撮っていたことを思い出す。



「その後に、彩香ちゃんにビデオ見せてもらって、みんなが騒いでる中、博己くんはずっと落ち着いてて」

「そう、かな?」



美香ちゃんの言葉にそうだったかと首をひねる。あの時は、俺もだいぶ気分が良くなっていて、それなりに喋っていた気がするけど。

だけど、彩香ちゃんは俺の疑問を消すように「うん」と続けた。



「楽しそうにしてたけど、ちゃんと周りのこと気にしてて、優しいんだなって思って。最後とかも、気持ち悪そうな人に水配ったりして、すごいなあって」



美香ちゃんの話を聞いて、何だか複雑な気持ちになった。確かに、最後に水を配ったりはしてたけど、周りを気にしてたっていうよりも、隣の宮瀬を気にしてたっていう方が正しい。あの時は、宮瀬がやたらとアルコールを飲むので、もう止めろと最後は水を渡していたんだ。案の定、宮瀬は酔っ払い、その居酒屋から近い中山の家で気持ち悪いと寝ていた。朝方に、宮瀬を家の近くまで送ったことを覚えている。



「どんな人なのかなって思って、気になりだしたら、友達になってみたくて、それから……」



俺の考えには気付かずに、美香ちゃんがどんどんと話を続ける。『それから』の後が続かなくなって、美香ちゃんの方を見ると、恥ずかしそうに顔を伏せていた。それを見て、『そうなんだ』と理解した。



「……付き合って、みる?」

「え?」



美香ちゃんが、伏せていた顔を上げる。俺は顔を前に戻していて、反応に気付いてから、もう一度美香ちゃんの方を見た。



「俺は、まだ美香ちゃんが好きかどうかは分からないけど、付き合ったら、美香ちゃんのこともっと知れると思うんだ。だから、美香ちゃんが嫌じゃなかったら、だけど」

「い、嫌じゃない!」



遮るようにして言われ、少しきょとんとしてしまう。美香ちゃんも自分の声の大きさに気付いたようで、あたふたと両手を交差させる。



「え、あ、ごめん。大きい声出して。あの、嬉しかったから」

「じゃあ、あのー、付き合うってことでいいの?」

「うん」



美香ちゃんが大きく首を縦に振る。思わずその様子に笑ってしまうと、美香ちゃんも恥ずかしそうに笑みを見せた。



美香ちゃんと別れて、家に帰ってから、宮瀬に電話で付き合うことになったと報告した。何で一番最初に宮瀬に言おうとしたのかは、自分でも分からない。本来なら、藤田さんに言うところだ。でも、それは美香ちゃんの方からいくだろうと勝手に決めて、宮瀬の番号を押していた。もしかしたら、ただ宮瀬の反応を聞きたかっただけなのかもしれない。

付き合うことになってと告げても、宮瀬は宮瀬だった。あっさりと、いつも通りに、「おめでとう」と返され、俺も「ああ」と普通に返していた。その後も少しだけ喋ったけど、あまり内容のない話だった。宮瀬との電話はいつもそうだけど、この日は、本当にただ電話してるだけという感じで、話しているなんて感じはしなかった。



それから一週間以上経って、宮瀬が永井さんに誘われたと、今日聞かされた。実はバイト中に講師控室で宮瀬がしゃがんでいた時に、宮瀬のシャツの首元から赤い痕が見えた。その時は何とも思わなかったけど、バイト終わりに宮瀬から誘われたことを聞かされて、点と点が一直線に繋がった感じがした。



「寝たん、だよな」



教科書を腹の上に置いて、ぼそっと呟いた。

宮瀬も大学生で、彼氏もいる。永井さんは結婚していて、当たり前だけど、大人だ。そういうことがあっても、何もおかしくない。なのに、そういうことを一ミリも危惧していなかった自分がいて、今更だけど馬鹿みたいに思える。永井さんは結婚しているのに、とかそういうことは、もうこの際どうでもよかった。あの人はそういうことを捨ててまで、宮瀬を欲しがったんだ。何を望んでいるのか、ちゃんと自分で分かっていた。

それで、俺は自分がどうしたいかも、自分の立場も、何も分かっていなかった。何で今日言ったのかと尋ねた時、宮瀬は美香ちゃんのことを口にした。帰り際に美香ちゃんのことは何も気にするなと言ったけど、それが無理なことだと、俺はその時やっとはっきりと分かった。美香ちゃんとのことがはっきりとした形になれば、宮瀬と俺の関係は変わってしまうと分かっていたのに。それを目の当たりにするまで、本当には理解していなかったんだ。それでも、宮瀬の味方でいると伝えて、俺はどうしたいんだ。これを伝えたって、宮瀬が不安でいることは、変わりないだろうに。



『お前って、ほんっと、意味分かんねー』



先週に、美香ちゃんと付き合うと伝えたときの友達を思い出した。その時の友達はやたらと怒っていて、いきなり『もう知らん』と言いだして、カフェテリアを出ていった。もう一人の友達が呆れながらそいつを見ていた。

確かに、意味が分からない。宮瀬との関係を変えると分かっていて、それを進んでやるなんて。

あいつは、どうするんだろうか。



***




その結果は、二日後の金曜日にはっきりとした。

いつも通り、バイト終わりに二人して駐輪場に座り、ぼんやりとしていた。宮瀬は、自分のことを『人に流されてる』と言った。彼氏とも別れられず、永井さんからも宮瀬自身の答えを欲しいと言われ。宮瀬の答えだけでいけば、きっと、永井さんに気持ちが向いているんだろう。人の好き嫌いが激しい宮瀬だ。嫌いでなければ、毎週のように会って話したりはしない。気持ちが向いてなければ、会いにいったりはしない。それを素直に言えないのは、彼氏と別れていないという事実があるからだ。そして、自惚れかもしれないけど、俺に嫌われることを怖がっている。彼氏と続けたまま永井さんと一緒にいることを選んで、俺が宮瀬をどういう目で見るかを恐れている。俺は、宮瀬の味方でいると伝えた。それは、

状況がどういうものであっても変わらない。一番遠くても、一番近いところにいる。

宮瀬に永井さんといたいのか尋ねると、控えめだが肯定ととれる答えが返ってきた。それでも困ったようでいるのは、俺の予想が外れていないからなんだろう。



「お前が彼氏と付き合ったまま永井さんと一緒にいることを選んでも、俺は、俺とお前は、変わらない。ずっと、このままだ。何かあれば、話しにくればいい」



ぼーっと地面を見る宮瀬に、そう言ってやる。こちらを見た宮瀬と目が合って、嘘ではないと目線で伝える。俺の意識をくみ取ったらしい宮瀬が、少しだけ、泣きそうな顔になった。暗くてよくは見えないけど、そんな気がした。

何かあればすぐに言えばいい。俺を頼ればいい。いつだって、宮瀬の味方になる。そうやって思いながら、宮瀬と笑いあって、以前のような関係を維持しようとした。





家に帰って、風呂に入って、夕飯を食べて、部屋に入ったところで、メールに気がついた。美香ちゃんからだった。



『明日って、暇ですか?』



美香ちゃんは、基本的には俺の予定を優先させてくれる。メールも電話もそこそこで、決して多くはない。二人ともそれなりに忙しいから、毎週は遊ばない。藤田さんは、見事に俺の要望通りの子を紹介してくれていた。それなのに、俺は携帯を机に放って、ベッドに身体を投げ出した。

宮瀬は、自分のことを勝手だと言う。それをいうなら、俺だって同じだった。美香ちゃんと付き合っておきながら、宮瀬とは以前と同じような関係でいたいと望んでいる。彼氏と付き合ったまま永井さんといることを選んでも、頼るなら俺であればいいと思っている。



『だって、古賀さんがいなくなったら、どうしたらいいか分からなくなる』



宮瀬は、そう言った。だったら、俺は宮瀬のそばにいればいい。俺が宮瀬の安心に繋がるなら、そうであればいい。俺と永井さんが別のところにいると考えれば、宮瀬が永井さんといると決めても、大丈夫なような気がした。

俺と宮瀬は、これからだって変わらない。ばかみたいに笑って、同じバイトに通って、何かあれば話を聞いて。それでいい。それが、俺と宮瀬だ。


そうやって、頭の中で勝手に結論付けて、机に放った携帯に手を伸ばした。







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