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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Story 15. 宙を掻く思い
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『バイトお疲れさま。私も今バイト終わったんだ~』



水曜日、バイト終わりに宮瀬と別れて、家に帰って、風呂に入ったり夕飯を食べたりして、自分の部屋で落ち着いた頃、このメールに気付いた。送信者は、美香ちゃん。送られた時間は、10時半。今は、11時。これでも、バイトのある時にこの時間に家に帰ってこれるのは早い方だ。バイトのある日は、たいてい帰ってくるのは11時半くらい。バイト終わりに宮瀬と喋っていると、いつも時間を忘れてしまう。ただ、今日は違った。二人とも、何となくいつもみたくいれなくて、何でもない振りしてさっさと帰ることにした。



『お疲れ。ゆっくり休んでね』



ベッドに寝転がりながら、そう返信した。それに対して、美香ちゃんからもすぐにメールが返ってくる。それにすぐに返す気にはなれず、ベッドから下りて、鞄から明日の授業で使う分厚い教科書を取り出した。そしてまたベッドに寝転がって、それを読む。予習なんて高校時代で終わりかと思っていたら、何のことはない、大学でもしっかりとそれは義務付けられていた。他の学部や授業では知らないが、この授業と実験の時だけは別だ。一番最初の授業の時に『予習はしっかりやるように』と教授からも伝えられていた。全ての学生がそれを守っているかどうかは別として。さして勉強が嫌いじゃない俺は、特に予習も苦にはなっていない。それで、今も予習と称して教科書を読んでいるんだが、今日はあまり頭が使える状態じゃないようだ。内容がまったく頭に入ってこない。

ちらっと枕の横に置いてある携帯を見る。美香ちゃんと付き合うと決めて、一週間以上過ぎた。正直、会ったその日に付き合うことになるとは、俺も思っていなかった。初めて会った土曜日のことを思い出して、こういうのをほだされたというんだろうかと、呑気に考えた。



***





美香ちゃんと初めて会う土曜日。待ち合わせは、俺の住む県とは隣の県の駅前だった。県を超えるといっても、俺の家の最寄り駅からは20分ほどでそこに着く。バイトが同じ藤田さんとは高校時代からの友達だという美香ちゃんは、現在その県に一人暮らしをしていた。

待ち合わせは昼頃になっていて、美香ちゃんは俺よりも少しだけ遅れて待ち合わせ場所に到着した。美香ちゃんを見た瞬間、『ああ、藤田さんの友達だな』と納得した。美香ちゃんも、藤田さんと負けず劣らず女の子らしい子で、女の子らしいワンピースを着て、小さなポシェット風の鞄を肩から斜め掛けにしていた。俺たちと遊ぶときはほとんどジーンズで、リュックや男がよくしているようなメッセンジャーなんかを持っている宮瀬とは、まったくかけ離れた子だ。



「古賀くん、だよね?」



俺は美香ちゃんのことを一度も見たことはなかったけど、美香ちゃんは俺の写真なんかを藤田さんから見せてもらったことがあるそうだ。だから、俺は美香ちゃんが分からなくても、向こうが分かって声を掛けてきてくれた。



「美香ちゃん?」

「うん」



声に気付いて確かめると、美香ちゃんは嬉しそうな顔で頷いた。とりあえず、その場で簡単な自己紹介をして、昼ご飯を食べようと歩き出す。場所は、美香ちゃんが決めてくれていた。



「ここのパスタがすごく美味しいんだよ」

「そうなんだ。ありがと。決めてくれて」

「いいよー」



にこにこと笑いながら案内してくれる美香ちゃん。美香ちゃんの言葉を聞きながら、やっぱりパスタって定番なのか、なんてくだらないことを考えた。高校時代付き合っていた彼女も、デートの時はそういうものを食べていた。『今日はラーメンが食べたい』と、でかい声でバイト終わりに言っていたことがある宮瀬を思い出して、あいつもデートなんかではパスタとか言うんだろうかと思う。



「古賀くんは、彩香ちゃんと同じバイトなんだよね?」

「うん」



店で注文したパスタを食べながら、美香ちゃんの質問に頷く。『彩香ちゃん』が誰なのか、気付くまでに数秒掛かった。『彩香』は、藤田さんの名前だ。



「古賀くんとか、何か恥ずかしいからやめてよ。君付けとか、小学校以来されてない」

「えー、じゃあ何て呼べばいいの?」



俺の言葉に、美香ちゃんが本当に困ったという顔をする。その表情さえも女の子らしくて、普通に可愛いと評されるんだろう。



「好きにしたらいいよ」



そう言えば、美香ちゃんは少しの間悩んで、窺うようにしてこちらを見てきた。



「じゃあ、博己くんって、呼んでいい?」

「いいよ。俺だって名前で呼んでるし」



俺の答えを聞いて、美香ちゃんは嬉しそうに「よかった」と言う。

この辺から、今日のデートに対する気持ちが、俺と美香ちゃんとで若干の違いがあることに何となく気付いていた。



「俺の写真とか見たことあるって言ってたけど、どんなの見たの?」



食事中はお互いのことを話しながらで、食べ終わった後に、俺がそう聞いた。すると、美香ちゃんは少しだけ照れたような様子を見せ、恥ずかしげに笑みを浮かべる。



「写真も見たけど、ビデオ見せてもらったんだ。彩香ちゃんに」

「ビデオ?」

「うん。あの、飲み会のときに撮ったっていうやつ」

「ああ、あれか」



美香ちゃんの言っているビデオというのは、九月くらいに、夏期講習お疲れ様会と称してやった飲み会時のビデオのことだろう。バイト仲間の中山が新しくビデオカメラを買ったというので、それを持ってきて飲み会の様子を撮影していた。後で見たら、あまりのぐだぐだ感に、みんなして笑ったのを覚えている。

たぶん、そのビデオを藤田さんが中山に頼んでDVDか何かにしてもらったんだろう。



「あんなの見たら、ぐだぐだ過ぎて呆れるでしょ」

「そんなことないよ。楽しそうだなあって、ちょっと羨ましくなった」



俺が笑いながら言うと、美香ちゃんはすごい勢いで訂正してきて、少しだけ目を丸くする。驚く俺に気付いた美香ちゃんが、またしても恥ずかしそうに「えっと」とか言って、顔を赤くして伏せてしまった。



「まあ、呆れられたんじゃないなら良かった」



フォローのつもりでそう言うと、美香ちゃんは恥ずかしそうなままだったけど、顔を上げて笑った。


昼ご飯を食べた後は、街の方まで歩いて、映画を見ることにした。イギリスの有名な探偵を主人公にした映画で、原作とは程遠い話になっているらしいが、なかなか面白いらしい。初デートにはちょうどいいんじゃないかと、宮瀬が笑っていた。

映画を見ている最中に、飲み物を取ろうと動かした手が美香ちゃんの手に触れて、「ごめん」と小さく謝った。暗くてよくは見えなかったが、美香ちゃんは大げさなくらい首を横に振って、映画に集中しようとしていた。なんだかな、と思いながら俺も映画に集中する。

藤田さんという監視人がいる手前、美香ちゃんと会うと決めたからには、会わないわけにはいかなかった。会って、それから決めたらいいんじゃないかとも、思っていた。ただ、会うからにはそれなりのアクションも必要だろうとも、思っていた。別に今日何かをする必要はないだろうけど、次に会うかどうかまでは決めなければならないんだろうな。



『意味分かんねー』



美香ちゃんとメールしていると告げた時に、そうやって吠えていた友達を思い出す。真っ直ぐな奴で、その後もぶつくさと文句を言っていた。俺だって、意味が分からないのに。宮瀬とつかず離れずな関係でいて、それでも絶対に近付くことはなくて。一番近いのに、一番遠い。そんな関係を続けると決めたのも自分で、宮瀬もそれを望んでいると思っている。それに、永井さんが現れて、もっと意味が分からなくなった。あの人は、何を望んでいるんだろう。宮瀬は、何が欲しいんだろう。俺は、どうしたいんだろう。

そんなことばっかり考えて、結局、映画は詳しいストーリーを理解しないまま終わってしまった。


映画の後は、二人してぶらぶらと街を歩いた。俺の服を見たり、美香ちゃんの服を見たり。さすがにレディース服の路面店は入りずらいので、通りにあるでかいファッションビルを中心に見て回る。良いのか悪いのか、下に二人の妹がいるのと、宮瀬からの入れ知恵とで、美香ちゃんの話にもだいぶついていける。どこの服がどうとか、あの店のあれは美味しいとか、女子が好きそうなことは自発的にでなくても受動的に知識が入っていた。美香ちゃんの話についていける俺を見て、美香ちゃんも驚いていたが、「話が合って嬉しい」と喜ばれたほどだ。






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