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見当違いも良いところだ。
本当に、そう思う。
あいつにとって、相談相手とか愚痴を聞かされる相手とかになるのは、俺だけだと思っていた。
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今日もいつものように、谷原と宮瀬の三人で遊ぶ約束をしていた。免許取得のために夏休み明けから教習所に通ってる俺は、基本土曜日の夕方からヒマになるので、夕方から谷原の家に転がり込み、宮瀬も呼びだして三人でぐだるっていうのが夏休み後半から定例化している。
今日もそのパターンで、俺は教習所から少し離れた谷原の家に向かって自転車を漕いでいた。いつもは普通に宮瀬もいて、それが何となく楽しくて、嬉しいような気にもなっていたんだが、今日は何となく宮瀬を誘ったのは失敗だったと思っている。それは、きっと、昨日あいつを見たからだと思う。ていうか、それしかない。
金曜日の昨日、幸か不幸か、男と一緒にいる宮瀬を見かけてしまった。その日は予想外の当日休講があって、これ幸いとばかりにふらふらと買い物に出かけて、宮瀬を見つけたんだ。
あいつは自分のお気に入りだというカフェで男と楽しそうにしていた。その男が誰かは知らない。でも、彼氏ではないだろう。あいつの彼氏は、まだ地球の反対側にいる。それでも、俺の知らない奴と楽しそうにしていた宮瀬を見て、何となくショックだった。男と一緒にいるのが、じゃなくて、知らない男と楽しそうにしてたのが、だ。
しょせん俺と宮瀬の繋がりなんて、バイトからで、あいつの大学関係のことなんて俺はぜんぜん知らない。きっと俺は、宮瀬のことを半分も知らないんだろう。
わかっていたはずのことを、昨日のあいつを見て、さらに思い知らされた感じだ。
そんなのを見たのに、なんで俺は今日宮瀬にメールしたんだよ。俺のばか。
「お前、来るの早くない?」
俺の言葉で、座椅子に座っていた宮瀬はそれをくるっと回転させて、今来たばかりの俺の方を振り向いた。
「そう? べつに何か用事あるわけでもなかったし、いいかなあと思って」
「って言っても、来たの十分前くらいだけどね」
宮瀬の言葉に付け足すようにして谷原が言った。宮瀬もそれに頷いて「まあね」とか言って、また座椅子を回転させて元の向きに戻る。
いや、正確な時間が問題なんじゃなくて、宮瀬が先にいたことが予定外なんだけど。谷原んちに着いてからメールでもして『今日は中止』とでも送ろうかと思ってたのに。いつもは俺よりも来るのが遅いくせに、今日に限って俺より早く谷原んちに来やがって。
「何してんの?」
未だに突っ立ったままでいる俺を首だけで振り返った宮瀬が聞いてきた。それにつられて谷原も俺を見る。
「……べつに。外寒かったから、あったかいのが身にしみる」
「年だねえ」
本心なんて言えるはずもなく、適当な嘘をついておく。宮瀬はそれを聞いて、ちゃかすようにへらへらと笑った。谷原も声を出して笑う。
どうせ俺はお前らより二つも年上だよ。悪かったな、二年も浪人して。なんて、今日の俺は変に卑屈なことを思ってしまう。
「お前ら、分かってんなら年上の俺を敬え」
「いやだ」
言いながら、マフラーを外して谷原のいるベッドに移動する。予想通り、宮瀬は即答してきた。それに続こうと口を開きかけた谷原を、外したマフラーでべしべしと叩く。寝転がっていた谷原はそれを牽制しようと慌てて手をかざす。
「なになに、いきなり!」
「どけ。俺の場所だろ」
「えっ、違うし!」
「違わない。どけーっ」
しばし弱い抵抗を続けた谷原だったが、俺がばしばしとマフラーで叩き続けていると、諦めたようにベッドから降りて向かいの席へと移動した。その様子を見ていた宮瀬は携帯片手に声を出して笑っている。俺も満足したように笑って、ベッドへとダイブした。今のでちょっとストレス解消。
こうやってぐだぐだ過ごすのが、最近の恒例で、何となく楽しみでもある。けど、今日に限っては完ぺきに楽しめてはいなかった。頭の中では、いつ宮瀬に昨日のことを聞こうか考えてる。宮瀬に限って浮気ってことはないだろうし、ただ話していただけかもしれない。そうやって良い方向に考えても、『でももしかして』なんていういやあな考えが出てきてしまう。だいたい、俺が宮瀬の浮気心配したところで何の意味もないし、俺が心配する必要も筋合いもないんだけど。
そうやって悶々としながら、宮瀬たちと適当にしゃべって、ぐだって、勉強して、とだらだらとした時間を過ごす。いつもと何ら変わらないようにはして、笑ったりもしたけど、やっぱりあのいやあな考えがどうしても消えてくれない。
宮瀬とあの男との関係を知ったところで、俺自身が何の行動もしないのは、自分でも分かりきっているのに。




