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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Story 7. 不可の現実認知
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今日飲み会をやった居酒屋はビルの二階に入っていて、一階には不動産屋がある。そして、そのビルの前には駅のバスターミナルがあって、歩道にはバス停前とビルの近くにベンチがいくつもあった。このビルにも、不動産屋の目の前にベンチがある。私はそのうちの一つに両手を伸ばした足の上に放りだすようにして座った。手に持っていた携帯を見ると、既に日付が変わっている。



「ほら」



横から古賀さんの声が聞こえて、コートを差し出される。古賀さんもコートを着ていて、私の隣に座った。私は自分のコートを受け取るとそれに袖を通す。携帯はコートのポケットに入れた。

古賀さんは隣に座ったけど、特に何かを言うわけでもなく、ただ黙っている。特にそれが嫌だとは思わない。こんな風に古賀さんとの間に沈黙が流れることは珍しいことでもないし、何も言わないでもそばにいてくれるということがありがたかった。



「電話、できないって言ったんだけどね。今日は」

「もともとそんなこと守ってくれるような奴だったっけ?」



古賀さんの言葉に乾いた笑いが漏れる。ほんとに、古賀さんの言う通りだ。しっかりと理由を言っても、それを納得してくれることなど、あっちはほとんどしてくれない。古賀さんはよく分かってる。



「……意味分かんないよね。勝手に行ったのはあっちなのにさ、さみしいとか」

「ごめん。俺の中でお前の彼氏は既に意味の分からない人間になってるから、むしろその言動に納得しちゃうんだけど」



その言葉に笑ってしまう。古賀さんも自分の言葉に笑いながら、私の方を見た。

こうやって古賀さんに話して笑っていると、自分の中の苦しい部分が少しずつ楽になっていく。さっきまで固くなっていた身体の力が、どんどんと抜けていく気がする。



「お前、明日も電話掛かってくるんじゃない?」

「そーだよねー。やだなあ」

「明日遅刻したら映画代お前持ちだからな」

「え、何それ」



古賀さんの方を向くと、古賀さんはにやにやとした笑みを浮かべて私の方を見ていた。



「今度はちゃんと切るから大丈夫」

「いや、絶対無理だって」



古賀さんのにやにや笑いは消えることなく、私の方を見ていた。

明日は、というか既に今日なんだけど、古賀さんと洋くんとで映画を観に行く約束をしていた。映画の時間は夕方か夜なんだけど、どうせ洋くんの家には夕方集合だ。古賀さんのにやにやの原因は、以前のことを思い出しているからだろう。前に一度映画の約束をしていた時に、彼氏から電話が掛かってきたことがあった。昼過ぎに電話が掛かってきて、約束があると言ったのに結局二時間以上電話が続き、約束の時間に遅れたことがあったのだ。遅れた理由を古賀さんたちに話すと、それは面白そうに笑っていた。電話の半分くらいが無言だったと言うと、二人はお腹を抱えて笑ったものだ。

そんなことを思い出して、私も自然と笑ってしまう。

何なんだろう。ついさっきまで、自分の現状を見て泣きそうになっていたのに、もうそんなことどうでもよくなっている。行けなかったことは悔しいけど、それならこっちで自分の出来ることを最大限にやって他の人に認めてもらえばいいと、今は思える。実際、何人かの先生たちには良い評価を貰っているのだ。

特に何かを話したわけではないのに、古賀さんと話しただけで自分の気持ちが上向いていくのが分かった。



「自分も飲みに行くくせに、何で文句言うんだろうね」

「いや、まあ。今までの話聞いてたら、まったく不思議じゃないけどな」



笑って言う古賀さんを見て、私も笑った。

こうやって、古賀さんは常に私の味方でいてくれる。何かアドバイスをするわけでもなく、かといって変に慰めるわけでもない。ただ、味方になって同調してくれる。それが、今の私には救いで、必要なもので、嬉しかった。



「あーあ。あほらしい。電話したら雰囲気悪くなるって分かってんのに、何でするかな」

「『さみしい』んだろ」

「あー、もう。それがむかつくよね」



こんな理不尽のような愚痴を聞いても、古賀さんは笑って流してくれる。もう、さっきの電話のことなんて、どうでもよくなっていた。



「上、戻るか」

「うん」



古賀さんの言葉に頷いて立ち上がろうとしたところで、ビルの階段から何人かの人が下りてきた。二人してその団体を眺めていると、その人たちは互いに「どーもどーも」と挨拶をして、それぞれ駅やタクシー乗り場に歩いていく。その中に、一人だけこちらに気付いた人がいた。永井さんだ。

永井さんは私たちを見つけると、周りの人たちに挨拶をして、こちらに向かって歩いてくる。古賀さんもそれに気付いて、私の方を見た。



「先戻るな」

「うん。ありがとう」



お礼を言うと、古賀さんは何でもないというように「おう」とだけ言って、立ち上がった。そしてこちらに歩いてきた永井さんと会釈を交わすと、ビルの中に戻っていった。

永井さんは私の斜め前に立って、こちらを心配そうに見下ろしていた。



「さっきは、ごめんね。心配してくれたのに、あんな態度とって」

「いいよ。今はもう大丈夫?」

「うん。すっきりした」

「そっか」



私の答えを聞くと、永井さんは安心したように微笑んだ。それから、自分の腕時計に目をやって、もう一度私を見る。



「何時くらいに終わりそう?」

「えー。何時だろ。分かんないな。なんで?」



永井さんの質問に首をひねって考えるも、いつ終わるかなんて分からない。飲み放題等の時間は90分だけど、もうこんな時間だから、基本的に店には何時までいても大丈夫だろう。



「俺、今日は飲んでないから、帰り送っていってあげるよ。どうせもう終電ないでしょ?」

「え、いいよ。何時に終わるかも分かんないんだから」

「どこかで待つよ。まさか歩いて帰るつもりじゃないよね」



歩いて帰るつもりでした。そんなこと言えるわけもなく、視線を不自然に逸らせてしまった。



「え、歩いて帰るつもりだったの?」



永井さんが少し驚いたように聞いてくる。私はそれに肩をすくめて答えた。永井さんが呆れたように溜め息をついている。



「やめてよ。危ないんだから」

「大丈夫だって。今までも何回か歩いて帰ったことあるし、それに、終わってから誰かんちに行くかもしれないから」



それでも、永井さんは首を縦には振らなかった。今度は私が呆れて、最終手段に出ることにする。



「永井さんだって、もう日付変わってるんだから、早く帰った方がいいよ。今日は、いきなり誘われたんでしょ?」



そう言えば、永井さんは少し責めるような目でこちらを見てきたものの、大きな溜め息をついて「分かったよ」と頷いた。



「でも、一人で帰ることはしないでね。あと、飲みすぎないように」

「分かった」



私が返事をすると、永井さんはまだ少し何か言いたげだったけど、もう何も言わなかった。



「じゃあ、来週にね」

「うん、ばいばい」



永井さんに手を振って別れると、永井さんも振り返してくれて、駅前の駐車場へと歩いていった。私は永井さんがそちらの方向に行ったのを見て、自分も中に戻ろうと席を立つ。


中に戻ると、もうけっこうな人数が酔っぱらっていた。女の先生が私を見つけると、「宮瀬せんせー」と抱きついてくる。そして、永井さんのことを話題に出した。



「学校の先生と喋ってたんでしょー? やっぱり不倫だー」

「違うって」



その先生を受け止めながら、近くの空いた場所に腰を下ろす。斜め向かいに座っていた古賀さんと目が合ったけど、古賀さんはすぐに逸らしてしまった。こいつか。永井さんのこと言ったのは。

でも、すぐにそれは古賀さんが私に気を使ってくれたんだと理解する。永井さんのことを話題にすれば、彼氏との電話のことをみんなに言わなくてもいい。永井さんと彼氏との電話だったら、断然永井さんのことの方が話しやすかった。



「飲みすぎないでねって注意されたんだよ」

「いやー! 注意だって!」



もう何を言っても、女の先生たちはあらぬ方向へと想像が進んでいってしまうようで、永井さんのことを口にするたびにきゃあきゃあと興奮した悲鳴をあげた。

それでも、こんな風にみんなと楽しくやっていれば、自分の嫌なことは忘れられた。






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