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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Extra Story
111/111

pt 2, 3




「分かったよ。できる範囲で手伝う」

「え?」



学生から話を聞き終わったところでそう言えば、学生は意外そうに声をあげた。その声に、こっちが呆れてしまう。



「自分から言い出したんじゃないの」

「いや、そう、ですけど……」



歯切れの悪い答え方をする学生を無視して、コーヒーを手に取りそれを口にした。カップをテーブルに戻したところで、学生がこちらを見ていることに気付く。何だというように首を傾げれば、学生は言いづらそうに口を開いた。



「あの、協力してくれるってことは、ほんとに彼女さんなんですか? あの、一緒に歩いてた人は」

「そうだよ」



今度は簡単に肯定した俺を目の前にして、学生は驚いたように口をぽかんと開けた。しばらくそのままだったが、俺が椅子に座りなおしたところではっと気持ちを取りなおす。



「え、うそ」

「嘘じゃないよ」

「だって、先生、奥さん……」

「今は離婚協議中だし、相手がどうこうっていうのを君に言われたくないんだけどね」



平然としてそう言えば、学生はうっと口をつぐんだ。



「あれは、その、勢いっていうか……」

「そう。君が勢いでいいっていうんなら、それでもいいけど。俺は勢いとかじゃないから」



しどろもどろと言い訳をする学生にそう答えると、学生はまたしても言葉を止めた。そして、どこか羨ましげな目でこちらを見てくる。



「永井先生はそうやってはっきり言うんだもんな。永井先生みたいな人だったらよかったのに」



視線と同じように羨ましげな声で学生は言った。俺はそれに言葉を返さず、テーブルのコーヒーに口をつける。



「あ! じゃあ、私と永井先生が付き合ってるー、みたいなのにしたら、さすがに先生も何か言ってくれますかね」

「それは俺が断るけどね」



カップをテーブルに置く途中でそんなことを言われ、苦笑いを漏らしつつその言葉を拒否した。座りなおして学生を見れば、むっとしたような顔になっている。



「悪いけど、彼女に誤解されるようなことはしたくないんだ。手伝うなら、もっと別の方法で」



顔に苦笑を浮かべたまま言うと、学生は少し呆れたような、羨ましげな顔になる。



「そんなに好きなんだ。あの女の子のこと」

「じゃなかったら、君のオファーなんて受けないよ。周りに言われて困るのは俺じゃなくて、彼女の方だから」

「それは、盲目的すぎません?」

「何とでも。伊達にこっちから押してたわけじゃないから」



その言葉で、学生は本気で呆れたような顔になる。それでも、その中にはいくらかの羨望の視線が入っていた。その視線に何か言う気も起きず、とりあえずの言葉を口にする。



「引き受けたからには、それなりに仕事するよ。心配しないで」

「まあ、期待してます」



小さく笑みを浮かべた学生のその言葉を最後に、ようやくあの男に関する話題が収束した。




***



研究室に戻って、帰り際に何気なく手に取った情報誌に目を通す。自分のデスクの上に適当に広げて、院生が帰ってくるのを待つ。情報誌には、いくつかのフリーペーパーも挟まっていて、その中の一つに不動産屋のものも入っていた。そういえば家も探さないとな、と考えてぱらぱらと雑誌をめくる。自分も何かしら動くと村瀬に告げても、今は以前と何も変わっていなかった。相変わらず万里子は家に戻っていないし、あの家に俺が一人でいる。それはそれで構わなかったが、彼女とのことを考えると、もっと動きたい気持ちがあった。

雑誌をめくっていた途中で、以前に彼女がふざけて『住んでみたい』と言っていたマンションのことを思い出す。あれは何てところだったかと思い出しながら、デスクに置いてあるノートパソコンのキーを叩く。いくつか不動産屋を検索したところで、彼女が言っていたマンションがヒットした。椅子に座りなおして、間取り図を眺める。

悪くないな。ダイニングから洋室は続き部屋。広さもそこそこ、か。

――もし。もし、ここに空室があって、それを押さえたとして。その先に彼女がそこに来ることがあれば、彼女はどういう反応をするだろう。来ることがあれば、だが。

そこまで考えて、先ほどの学生の言葉を思い出した。



「盲目的、か」



椅子の背もたれに身体を預けて、パソコンの画面を眺めた。ぎっと、椅子の背もたれが音をたてる。

盲目的なんだろう。彼女のことに関しては。でなければ、今の自分の行動の説明がつかない。ふざけ半分で言った程度の彼女の言葉を真に受けて、パソコンを開いているんだから。

そうは思っても、それを止めるつもりもなかった。盲目的だろうと何だろうと、彼女を求める気持ちが止まることはない。



「ただいまーっす」



椅子に深く腰掛けてパソコンの画面を見ながらぼんやり考えていたところで、研究室のドアが開き、院生の木田が中に入ってきた。



「何見てるんですか?」



いつものように鞄なんかを適当にソファに放りながら木田が聞いてくる。マウスを動かして不動産屋のホームページにある連絡フォームに空室状況を尋ねる欄にだけチェックを入れ、そのまま送信ボタンを押した。送信終了画面を確認してから、間取り図が出ている画面を消す。



「お前の論文」

「え、うそ」



焦ったように聞き返してくる木田に、「嘘だよ」と笑って返してやる。それから、ようやくパソコンの画面を閉じた。








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