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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Extra Story
109/111

永井さんの受難pt 2, 1

本編18、19話らへんで起きた永井さんの受難。




「ごめんなさい」



三時間目の学部の授業が終わって、自分の研究室に戻ろうと廊下を歩いていた時、こんな声が聞こえてきた。声は女のもので、それは今自分が歩いている廊下のすぐ隣の大教室からだった。視線の先にある教室の入り口から、男が出てきた。こちらには、目もくれない。

嫌な予感がするな、と思いながらそのまま歩いていたのも束の間、入り口まで来たところで中から出てくる女と鉢合わせした。



「あ、」

「あ、ごめん」



ぶつかりそうになる直前で二人ともが気がついて、お互い半歩後ろに下がる。中にいたのは、学生だったらしい。そのまま学生の隣をすり抜けるように行こうとしたら、ぐいっと腕を掴まれた。



「え?」



いきなり何の面識もない学生に腕を掴まれて、思わず後ろを振り返ってしまった。振り返った先にいる学生はやっぱり俺の腕を掴んでいて、本人もそのことに驚いているようだった。



「えっと、」

「あのっ、」



困惑する俺の声と必死な学生の声が重なる。学生の顔からは驚きの表情は消えていて、どこか懇願するような表情が見えている。ぼんやりと、最近もこういう顔を見たなと思った。まったくの不本意にだが。

必死な学生の手をとりあえず解いて、「なに?」と先を促した。



「話、聞いてくれませんか?」



この言葉も、最近聞いたことがある。



「いいけど、名前、聞いていい?」



面識がないとはいえ、学生からの頼みは断れない。もしかしたら勉強のことかもしれないと、期待の薄い考えを持っていた。

俺の言葉に、学生はあっと気付いたようで、慌てて頭を下げてきた。



「ごめんなさい。私、向井理子っていいます。あの、神田先生の、研究室に入ってます」

「ああ……」

「永井先生に、聞いてほしいことがあるんです」



嫌な予感、なんてものじゃなかった。





いつかも来た、大学から近いカフェに、またやってきた。今度は、はた迷惑な男とではなく、それと同じくらい迷惑な女子学生と一緒だが。

俺も目の前の学生もコーヒーを注文して、この間と同じ席に向かい合って座る。学生はコーヒーの入ったカップを両手で持ったまま、それを膝のところで止めてじっとしている。俺はこめかみを押さえたいのを堪え、椅子に深く掛け、学生が話し出すのを待つ。



「あの、神田先生と、仲良いですよね?」

「そうでもないよ」



俺の答えに学生が「えっ?」と顔を上げた。それには肩をすくめて返し、目の前のコーヒーを一口飲む。

一度話を聞かされただけの間柄を、仲が良いと表現されるのは不本意だ。

学生はその答えに戸惑ったようで、どうしようと目がうろうろしている。溜め息をつきたいのを堪えて、話の先を続けさせた。



「神田先生から、聞いてますよね? 私と先生のこと」

「うん、まあ。君があの『向井さん』なら、一応の話は聞いてるよ」

「その、『向井さん』です」

「そう」



彼女の言葉に頷いて、もう一度コーヒーを口にした。

目の前に座る向井理子が、あの男――神田学に告白した院生だということは、確かめるまでもなく分かっていた。話を聞いてほしいということも、それに関係したことだろう。というか、それしか俺とこの学生とあの男を結ぶものはない。



「この間、先生に謝りたいからって、誘われたんです。でも、私、謝ってほしいわけじゃなくて、何ていうか……」

「付き合ってほしいの?」

「そんな、そこまで……」



学生は慌てて手を横に振る。その拍子に、持っていたカップから少しコーヒーの中身が飛んだ。飛んだコーヒーは学生の手元にいったようで、学生が小さく声を漏らす。声には出さずに息をついて、テーブルに置いてあったナプキンを渡す。



「あ、ありがとうございます」



小さく頭を下げてそれを受け取る学生からコーヒーのカップを取り上げてテーブルに置く。飛んだコーヒーを拭きとったところで、学生がこちらを向いた。その顔には、なぜかむくれた様子が見てとれる。



「なに?」

「先生って、いっつもこんなんですか?」

「は?」



学生の言ってる意味が分からず、思わず聞き返してしまう。意味が分かっていない俺に対して、学生は未だにむくれた様子を見せている。



「こんな風に、なんか、さらっとこういうことしちゃうんですか?」

「こういうことってなに」

「こうやって、女の子に優しいんですかってことです」



最後は怒ったような口調で言われて、さらに意味が分からなくなる。別に特に優しくしようと思ったわけでもないし、目の前で少しだとしても物をこぼされたら何か差し出すのは普通じゃないだろうか。そうやって目の前の学生に言っても、学生のむくれた顔は直らない。



「永井先生は、ちゃんと自分のしたいことやっちゃうんですね。回りくどいことしないで、何でもすぱっとやっちゃうんでしょ」

「そうでもないけど」

「絶対そうですよ」



今の今まで面識もなかった学生からそう断言されて、こっちは苦笑いを漏らすしかない。



「神田先生も、そうやってはっきりしてくれればいいのに……」



さっきまでの勢いはどこいったのか、学生がトーンの落ちた声でそうぼやいた。






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