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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Extra Story
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3;Side N's student




土曜日の朝、いつも通りに学校に行くと、研究室のある棟の一階で、珍しい組み合わせを見た。片方は、我らが研究室の准教授でもある永井先生で、もう片方は友達がいる研究室の准教授で、神田学とかいう先生だった。

俺の記憶が正しければ、確か二人は同い年のはずなのに、こうして見ると、神田先生の方がだいぶ幼く見える。背も永井先生の方が高いし。永井先生もけっこう若く見られる方で、傍目から見たら俺らと同じに見えなくもない。その永井先生よりも若く見えるって、どうなんだ。まあ、神田先生の場合は若いってよりも、単に幼いって感じだけど。

見た目が若い(実際も若いけど)ってことが共通点の二人だけど、正直それ以外の共通点なんてまったく見出せなくて、故に何で二人が一緒にいるのかが不思議に思えた。二人の様子を見ていると、神田先生の方は何でかびっくりするくらい落ち込んでいて、ほとんど永井先生に泣きついているように見えた。もちろん、我らが永井先生は、そんな神田先生に優しくすることなく、ほんとに面倒くさそうに相手をしている。親切そうに見えて、中身はけっこうひどいからな。永井先生は。

しばらくすると、神田先生の方が永井先生に何かを渡して、永井先生は困りながらもそれを受け取っていた。神田先生はそれを最後に、おいおいと泣きそうな顔で肩を落として階段の方へと向かっていった。永井先生も少ししてその後についていく。というか、研究室がそっちの方だから仕方ないんだけど。

俺も、二人の姿が見えなくなってから、棟に入って階段を駆け上がった。



研究室のドアを開けると、思った通り、永井先生がいつもの自分のデスクに荷物を置いているところだった。ドアを開けた俺に気がついて顔を上げる永井先生。



「おはよう、木田」

「はよーございまーす」



研究室の中に入って、すぐ目の前にあるソファセットのソファに鞄やらコートをぽいぽいっと投げる。



「お前なあ、」



研究室内にある簡易キッチンに向かいながら、永井先生が呆れた声を出した。



「後で直しますって。それより、俺にも入れてください」



ソファに投げ捨てる癖を注意されるのは毎度のことで、俺はへらっと笑って永井先生の言葉を受け流す。永井先生は呆れた様子で溜め息をつき、簡易キッチンにある自分のカップを手に取った。



「紅茶だけど、いいのか?」

「いいっすよ。ぜんぜん」



俺の言葉に永井先生は頷いて、俺の分のカップにもティーパックを入れてくれる。前まではコーヒーしか飲まなかったのに、何でか最近は紅茶を飲むことも多くなった永井先生。それも、土曜日に来た時は絶対に紅茶だ。これも、永井先生の指から指輪がある日突然消えたのと同じくらい、研究室のみんなをびっくりさせたことの一つだ。他にも、みんなをびっくりさせたことが、最近になってあった。永井先生の奥さんが、学校に来るのだ。それも、弁当を持って。その度に、永井先生はうんざりしたような顔をしている。研究室の友達が永井先生と三神先生の話を立ち聞きしたところ、どうやら永井先生は奥さんと離婚話を進めているとのことらしい。あんな可愛い奥さんがいるのに、何で離婚しようなんて思うんだろうかね。まあ、若干永井先生とはタイプの違う人だなとは思ったけど。



「ほら。何ぼけっとしてるんだ?」

「あ、ありがとーです」



ソファに座ってここ最近のことを思い出していると、目の前のテーブルに紅茶の入ったカップを置かれて頭を下げる。永井先生はおかしそうに笑って、自分のデスクへと戻っていった。



「永井先生、神田先生と仲良いんですね」



カップを手に、さっきのことを思い出して言うと、デスクに座っていた永井先生が思いっきり眉間にしわを寄せた。あれ、仲良いんじゃないのか。

さっき見た一階でのことを話すと、永井先生は「どうかな」と肩をすくめた。



「知り合いなんでしょ?」

「みたいだね」



え、なに、その冷たい言い方。

俺のそんな気持ちが伝わったのか、永井先生がこちらを向いて「なに?」と聞いてきた。



「いや、まあ、永井先生と神田先生が仲良いなんて意外だなあ、と思って」

「うん。俺もそう思う」



あまりにも素っ気ない言い方に、ぽかんとしてしまう。何なんですか、あなたは。そんなに友達になりたくないんですか、神田先生と。

その考えが顔に出たらしく、永井先生は困ったように笑った。



「まあ、ちょっとした偶然で、話すようになっただけだよ」

「あ、そうですか」



その偶然が、永井先生にとって最悪な偶然であることは今の会話で分かった。もうこの話は聞かないでおこうと思って、横に置いてある鞄からごそごそと資料を引っ張り出す。出した資料を揃えようとテーブルの上でトントンとやりながら、永井先生に目をやった。永井先生は携帯をいじりながら、いつもとは違う、嬉しそうな、優しい笑みを浮かべていた。

最近の永井先生は、携帯を見ながらそういう顔をすることが多くなったと思う。これは、たぶん、俺だけが知っていること。他のみんなより早く研究室に来ることの多い俺は、比較的永井先生と二人だけになることが多くて、そんな時は永井先生も油断しているらしい。だって、みんながいる時は絶対にそんな顔を見せない。別に永井先生に良いことがあるのは歓迎することだけど、それが指輪の外れた時期と重なることを考えると、どうしたらいいものかと思ってしまう。

ちらっと資料を読む振りをしながら、携帯をいじる永井先生を盗み見る。未だに、あの優しい笑みを浮かべていた。

永井先生から目を離し、気付かれないように小さく溜め息をついた。こんな風に、最近になって変わったことが多いから、学生から『他の人ができたんじゃないか』なんて噂されるんだ。それが本当かどうかなんてことは知らないけど、もし本当なら、その『他の人』を一度でもいいから見てみたいなあ、なんて思ってたり。そんなこと、永井先生には言わないけど、さ。

新しい彼女に甘い永井先生も見てみたいなーなんて思いながら、ソファにごろんと横になった。







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