098話:美少女霊能探偵九十九其ノ漆・こけし女の怪談
あれから幾度かの季節が廻った。孝佳は真鈴が見舞いに来ないことを不審がって幾度か九十九に尋ねた。九十九は誤魔化していたが、孝佳は真鈴に何かがあったことは分かっていた。しかし、歩くことすらままならない孝佳にはどうすることもできなかった。手を貸そうにも足手まといにしかならず、猫の手以下だという自覚があったからこそ、九十九に誤魔化されたふりをしていた。
九十九はずっと、真鈴を探し続けていた。しかし、一行に手がかりは見つけられない。倉庫、学校、山、と捜索の範囲を広げても一向に何も出てこない。それが余計に九十九の心をえぐっていた。自分にはどうすることもできない、そんな重圧が日に日に増していく。九十九の背負う重みは、自身を押し潰す寸前のところまで来ていた。
そんなある日、学校は夏休みに入っている。理数科は、夏休みの講習も希望すれば受けることが出来たが、家の仕事を行わなくてはならない九十九は受けていなかった。夏休み中の九十九の日程は、昼に仕事を片付け、夜に学校に真鈴を探しに行くというルーティンだった。
「もう、こんな時期か……」
そんなつぶやき。夏休みも中頃、終わりの兆しが見えてきた頃だ。もはや、重苦しい重圧に、考えもうまくまとまっていない九十九。そんな彼女が目を留めたのは、翌日に控えた、式神召喚の儀式に関するものだった。もう既に八尾の狐を従えている彼女には関係の無い話ではあるが、妹2人はこの召喚の儀で契約することになるのだ。
【天狐】の稲荷家では、狐の式神が一番といわれている。【天狐】の名の天狐を実際に宿した人間も居た。稲荷九十七。後に、蒼紅という一族に嫁に行った存在であり、その狐の血筋は今でもコウ龍と共に蒼紅に息づいている。
「……そろそろ時間ね」
時計を見て、ため息を吐く。八千代の修行の面倒を見るのも九十九の仕事の内だった。今日は大した修行はせず、明日に備えて身を清める程度だ。
そう思って、八千代を探すが、部屋にもどこにもいなかった。少し考えたが、すぐに、いつもの場所にいるのだろうと気づいた。稲荷家は、全体的に結界で隔絶されている。しかし、隔絶しているのは家だけではなかった。その周囲に点在する強力過ぎるパワースポットも同時に隔絶していたのだ。
その中の一ヶ所を八千代がとても気に入っているのを九十九は思い出し、向かった。そして、岩の上にいる八千代を見つけた。だが、それと同時に、別の人物がいた。一瞬だけ見る。しかし、その人物に覚えはなかった。念のために式札を取り出し、《八奈》を召喚する。
稲荷家に来ることのできるような人物は大半を覚えている九十九が見覚えのないということは迷い人だろう、と結論付ける。稀に、結界の隙間を縫って入ってきてしまう人がいると聞く。宝くじを当てるよりも低い確率だが、ありえない話ではない。そう思って、すぐに八千代に目を戻した。
何やら長く話し込んでいるようで、八千代の友達にでもなるのか、と少し嬉しく思った。家柄の関係上、あまり親しい人間がいない八千代であるが、同じパワースポットにいて何ともないような人物なら友達にくらいなれるだろう。そんなことを回らないあたまで考えた九十九は、用事を思い出した。声をかけやすいように九十九は少し近寄った。
「八千代ちゃん、そろそろ身清めの時間だよ」
妹の楽しみを邪魔するのは悪いが、それでも明日の召喚の儀で失敗するわけにもいかないだろう。これも妹のためと思い、九十九は八千代に声をかけた。
八千代は、なにやら言いたげな顔をしていたが、嘆息してから九十九の方を見て、返事をした。
「お姉ちゃん。分かったわ。煉夜、また明日、契約の儀で会いましょうか」
九十九は眉根を寄せる。「明日、契約の儀で会いましょうか」ということは、司中八家の人間ということになる。しかし、九十九の知らない相手だった。そんな相手が居たか、と思い九十九はその人物の顔をじっくりと見直した。
その瞬間、思い出す。さっき見た資料に入っていた、雪白家の分家筋であると。だが、それだけではなかった。いままでないほどにサルティバの恩恵がその人物のことを伝えてくる。資料でさっと見た程度でほとんど覚えていないはずなのに、分かってしまった。
(雪白煉夜。表層年齢18歳、深層年齢不明。私立山科第三高校二年生。そして、赤縁……赤縁?!)
流れ込んでくる情報に九十九は混乱した。そもそも表層年齢だの何だのといった情報を得たのは今回が初めてであった。しかし、ただ、分かったのは、彼がただものではないということである。
「雪白煉夜、私と同い年だね。それと私立山科第三高校2年生、だったかな」
軽く知り得た情報でそう挨拶を交わした。そして、とっとと、その場を後にする。その頭の中は、「赤縁」というものでいっぱいだった。
赤縁とは、赤い縁である。血の縁である。つまりは「運命の赤い糸」で結ばれているということだ。
その日、初めて九十九は、真鈴探しをサボった。流石に、その縁を受け止めきれなかったからである。しかし、それ以上に、雪白煉夜という人物が気になった。サルティバの恩恵が過剰に反応した理由も分からなかったからだ。
そして、翌日、普通に仕事をこなして、夜、真鈴の捜索に行こうと準備をしている時、八千代と七雲が帰ってきた。召喚の儀が終わったのだ。
「……雪白煉夜君は九尾の狐を召喚した、か」
八千代と七雲から全てを聞いた九十九は、真鈴の捜索に向かいながらもそんなことを考えていた。九尾の狐は、相当レアだ。そして、才がいる。そんな才ある人物と自分が赤い縁で結ばれている事実、そして、サルティバの恩恵が示した、ポテンシャルの高さ、それが九十九の希望となっていた。逆境を打ち砕くのは彼なのではないか、という希望。
しかし、彼に頼れないのは、自身がよくわかっていた。だから、その時が来るまで自分でどうにかするのだ、と。なぜだか肩の荷が下りた様な、清々しい気分だった。
その翌日、乃々美から電話があった。電話の内容だと、どうにも「校長室にあるこけしがしゃべる」らしい。
九十九は笑った。
「久々の怪談ね、さぁって、いっちょ調べちゃおうかな」
こうして六つ目の怪談を九十九は知った。正確に言うならば、その前からもう一つ噂が流れていたのだが、彼女がそれを知るのはこの後のこととなる。
久々に昼の学校に顔を出した九十九。その様子に、皆が、驚いたという。去年の暮れごろからずっと塞ぎ込んでいた様子の彼女が、息を吹き返したように清々しい笑顔をしていたからだ。
「あら、稲荷さん……、何か進展があったのかしら。随分といい顔をしているわね」
校長室に入るなり、乃々美が九十九にそう言った。乃々美としては随分久しぶりに笑顔の九十九を見たので驚いたのだ。
「いえ、進展は今のところありません。でも、希望は見出しましたから。それよりもこけしがしゃべる、ということでしたけど」
九十九はあまり踏み込まれたくないので、単刀直入に話を切り出した。乃々美は、九十九にも事情があるのだろうと割り切り、本題に入る。生徒が明るくなるのは悪いことではないからだ。これが暗く落ち込む状況だったなら、対応は違っただろう。
「これが問題のこけしなのだけど、声を聞いたのは、教頭先生なのよ。彼女は、今、働きすぎて幻聴が聞こえたかもしれないからと休職願を出して、休んでいるところ。実際に聞いたのは彼女だけだけど、何件か、校長不在の校長室から声が聞こえた、っていう話も来てるから、もしかするんじゃないか、ってね」
乃々美が出したこけしは、真鈴がいなくなったときに落ちていたというこけしだった。普通のこけしとは違った面差しがある。また、普通は、赤地に菊などの花が描かれる胴体部だが、黒地に白い花と赤い花が描かれていて、赤い花は彼岸花の様だった。不気味なこけしだ、と九十九は思う。
「まさか、これも呪いの品の類ですか?」
訝しそうに眉を寄せて、九十九は乃々美に問いかける。どうにも普通のこけしといい難い雰囲気のそれに対して、乃々美は頷いた。
「ええ、そうよ。と、言っても、これ自体が呪われているわけではなさそうだったけれど。えっと、たしか、京都で買ったものだから、あれなんだけど。なんでもその昔、高名な陰陽師が鬼を封印したこけしだったはずなの」
九十九は目を凝らす。しかし、そこには何かを封印してあるような痕跡は微塵も見られなかった。当然である、もう、こけしの封印は解けているのだから。
「封印の気配はありませんけど、本当に封印されて……いえ、でも何でしょう、この感じ」
九十九は強い霊力が最近まで働いていた形跡を感じた。それはつまり、最近まで封印がきちんと行われていた証拠でもある。
「あ、思い出したわ。確か、天龍寺冥羅っていう陰陽師が封印したはずよ」
その名前を聞いた瞬間、九十九に衝撃が走った。その名、というよりもその苗字だろう。名前自体に対しては、九十九は全く知らなかった。
「天龍寺家……なるほど、いつ封印したのかは知りませんが、流石、ということでしょうね」
【夜空】の天龍寺家としてかつて京都司中八家にも名を連ねていた一族であり、天龍寺冥羅はその中でも「暗黒の魔女」の異名で知られている。そして、飛天という地にて烈火という名の隊で三門の座についた彼女とその下で副隊長を務めた彼女の母親である。
「しかし、今は霊力を感じられない。でも、何かがあるような気がするんですよね」
稲荷九十九という彼女には、魔力を見る力がなかった。典型的な陰陽師とも言えるが、それゆえに、魔力に疎い。
灰猛魂猿の魂を入れ替える力は魔法の一種ともいえ、行うのは魔力である。それゆえに魔力由来なのだ。
そう、魔力を持たない九十九には、感じられない声がある。今ここでも懸命に張り上げている声があった。
(稲荷先輩!ここです!)
そう必死に叫ぶ真鈴の声。されど、九十九の耳には届かない。そもそもこけしという発声器官のないものから声を上げるには、外に声以外の何かとして伝えるほかなかった。そして、魔力で入れ替えられたことで、魔力由来の伝え方の他に、真鈴の取る手段がなかったのだ。それゆえに九十九には届かない。
魔力と霊力、そこのすれ違いが、あと一歩まで近づいた2人を引き裂いた。もし、九十九に七雲と同じ魔視の力があれば、もし入れ替えが霊力によるものだったら、そんな僅かな違いだけで、互いに届くことすらできなくなっていた。
「……分かりませんが、封印が解けて、何かがとどまっているとも思えません。おそらく飾っていても大丈夫だと思います」
「そう、分かったわ」
そうして、この六つ目の七不思議は未解決に終わった。九十九と真鈴をすれ違わせたままに。




