097話:美少女霊能探偵九十九其ノ陸・呪う倉庫の怪談
すっかり冷え込みの強くなった秋も終わり冬になったころ、真鈴と九十九の捜査は行き詰っていた。噂がないのだ。これ自体は別に問題はない。むしろいいことだろう。七不思議は4つで打ち止め状態だった。特に噂らしい噂もなく、することがなくなっていた。
そんなある日、真鈴は、教員から使わなくなった資材を倉庫に入れるように依頼された。普段、七不思議の情報収集のためにあちこちに声をかけている弊害というか、真鈴はすっかり、いろいろと便利に声を掛けられるようになってしまっていた。ようは声をかけやすい存在になっていたのだ。
本来の性分か、それらを断ることなく受け入れる真鈴は、てきぱきとことをこなしていた。そんな中の一つが、倉庫に荷物を運ぶことだった。
真鈴は知らないことだが、この私立九白井高校には倉庫が複数ある。一番目立つ倉庫が西校舎に近い倉庫で、その他にも校舎裏や東校舎の奥などにある。利便性が高く、教員たちが一番利用するのは東校舎の倉庫だが、倉庫というのは、人があまり立ち寄らないということもあり、妙なことに使う生徒も多いため、あまり公表されていなかった。
つまり、一般的な生徒が知っている倉庫というのは西校舎の倉庫になる。なので当然真鈴も、そこに教材を持って行った。
そして、彼女は行方不明になったのだった。消息不明、どこにもいない。九十九は、状況を整理して倉庫が怪しいとは踏んだものの、倉庫に閉じ込められているなどということもなく、また、学校の倉庫なので、誘拐などに巻き込まれるという可能性も少なかった。
「真鈴……、一体何があったの……?」
全てはこの倉庫で起こったことだった。そして九十九はついぞこの倉庫で起こったことを知ることはできなかった。
語るとしよう、九十九の届かなかった真実、五つ目の七不思議、呪いの倉庫の怪談を。真鈴とその身に起きた出来事を。
「えっと、ここが倉庫、だよね……」
真鈴は、鍵のかかっていない倉庫である西校舎に近い倉庫に教材を持ってきていた。倉庫などそうそう入る機会のない真鈴は物珍しそうに倉庫を見渡す。その倉庫にあるのは学校の備品というにはおかしなものばかりだった。民芸品の様なものから鏡、人形、こけしなど、普通の学校の倉庫に置かれるようなものではない。
そう、この西校舎の倉庫は、ほとんど校長の私物の置き場と化していたのだ。乃々美は出張先や旅行先で呪いの品や面白そうなグッズを見つけては買っていた。七不思議のひとつともなった鏡もその一つである。
「うわぁ、何これ……」
真鈴は若干怯えながらも、好奇心に誘導され、倉庫の中を見ていた。見たことのない奇妙なものがいっぱいで、真鈴はお化け屋敷に入っているような気分になった。
「……って、なんだろ、コレ」
そう言って手に取ったのは、妙な形をしたこけしであった。一般的にみられるこけしとは随分と違うものだったので、真鈴も思わず手に取ってしまったのだろう。
――それが全ての始まりだった。
「――人、か?」
耳に入った声に、思わずこけしを落とす真鈴。誰かがいる、しかしそんな筈はなかった。倉庫に死角はいっぱいあれど、人がずっと息をひそめているには真鈴がいる時間は長すぎた。それに、聞こえてきた声は、そう遠くなかったのだ。
「だ、誰?」
震える声で、真鈴はつぶやいた。誰もいないはずの場所で声がしたのだから当然ともいえる。辺りを見回しても人は見当たらなかった。
「ゆ、幽霊?!ま、まさか……」
九十九という存在を知るうえで、必然的に幽霊なども実在する可能性を知ってしまった真鈴は、ここに目に見えない何かがいるのではないか、と思い、恐怖する。
「人、だ、な……」
再び声がする。それは足元からの声だった。足元にあるものといえば、先ほど落としたこけしくらいだった。
こけし、というのは、元々、土産品として作られたものであり、いわゆる玩具であった。根拠のない俗説では「子化身」や「子消し」といった当て字があり、子供を亡くしてしまった親が、子供の代わりにと作ったという説や子供の身代わりになる人形として作った説、など様々あるが、こけしがしゃべるなどということはない。
「こ、ここからでなきゃ」
慌てて倉庫から出ようとする真鈴だが、遅かった。周囲は光に包まれ、真鈴は意識を失った。そして、真鈴は立っていた。真鈴ではない誰かを体に入れて。
「よう、やく、か……。だが、この身体、弱い」
体を動かしながらソレはそう呟いた。そして、倉庫の中にある布をローブの様に纏い、倉庫を飛び出した。
後に残ったのは、こけしだけだった。
ある魔物の話をしよう。煉夜や沙友里のいた世界には多種多様な魔物がいた。煉夜が相手取っていたのも多くは魔物であり、超獣や神獣などと言う類は滅多に出ることはなかったという。そんな魔物の中に、こんな魔物がいる。
――灰猛魂猿。
非常に珍しい魔物とされ、出会うことはまずないと言われていた魔物である。煉夜ですらあったことはない。
そんな灰猛魂猿スティグノブは、他の魔物とは異なる特徴を持っていた。人語を話せるのである。稀に魔物にも人語を理解するものはいるが、それはよほどの高位の魔物であり、ほとんど幻獣や超獣や神獣に届くレベルにまでならないと不可能だ。
下位の魔物で完璧に人の言葉を理解できるのは灰猛魂猿スティグノブくらいのものである。見た目としては猿に近いが、大きさはかなり大きい。そう言っても体長2メートルくらいなので、魔物としては中型の部類だろう。
それが大衆の認知する灰猛魂猿スティグノブという魔物についての情報だった。だが、まだ、灰猛魂猿スティグノブには能力があった。
魂の入れ替えである。そもそも、灰猛魂猿スティグノブが少ないのは、体を入れ替えて、より強力な種族へと変わっていくからである。生まれたままの猿の様な姿をしているのは数少ない女王個体とその配下だけである。大半は、生まれてすぐに別の魔物と入れ替わって過ごしていく。
その魂を入れ替えるという特性ゆえに、魂へのつながりが深く、成長した個体は、幻界幽定街道を発生させることが出来る。ただし、イーブラ=イブライエの奥にいるのは魂ばかりなので、入れ替わることが出来ない相手ばかりなのが問題である。
しかし、魂ばかりの環境というのは、スティグノブにとって、適した環境でもあるのだ。魂を補完できるからだ。自分の魂の足りない部分を他の魂から補える。しかし、普通、そんな無茶な真似をすれば魂が壊れる。だが、それなりに長い時間をかけて、自分に溶け込ませるように取り込むことでスティグノブはそれを可能にしたのだ。
魂を補完し続けることで強靭な魂は得ることはできても、肉体はどうしようもない。
真鈴と入れ替わった個体もそうであった。真鈴と入れ替わった後、倉庫を飛び出して、イーブラ=イブライエを開き、その奥に籠ったのである。
元々、とある陰陽師と魂を入替らせようとして、そのまま、魂をこけしに封印されたスティグノブは、真鈴が触れたことで封印が解けて入替ったのだ。
そして、イーブラ=イブライエで長い間、魂を補完し続けて、しかし、肉体が魂に追いついていないことに気付き、一旦、それを辞めて、煉夜の前に姿を現したのだ。
これが五つ目の怪談、呪う倉庫の怪談の真実である。しかしながら、それを知るものは、真鈴が消えた時点では誰もいない。
九十九は、小さくため息を吐いた。倉庫に転がるこけしは乃々美が持って行ってしまった。倉庫には何もない。真鈴という後輩の姿はどこにもない。
九十九の心に陰りができる。孝佳を守れなかった、真鈴を守れなかった、そんな重苦しい陰りが彼女を圧迫する。
(誰も守れない。誰の力にもなれない……)
そんな思いが彼女をよぎる。彼女は塞ぎ込むのだった。それからしばらく、彼女は何も手を付けられなくなる。真鈴を探し続けていても、心はどこか離れているような、そんな気持ち。
六つ目の七不思議はそれからしばらくでない。静かな日々だった。あるいは、六つ目の七不思議はあれど、乖離した彼女の耳には届かないだけかもしれなかった。




