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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
魂魄騒動編
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095話:美少女霊能探偵九十九其ノ肆・幻想の鏡の怪談

 人食い壁の怪談と同じころ、孝佳は理数科の勉強補強授業で夜まで学校に残っていた。そういう生徒は多く居たが、真鈴のようにとっとと帰ってしまう生徒も一定数いたのも事実である。そんなある日、孝佳は女子トイレに入っていた。一応、この学校には男性用のトイレが存在している。教員用であり、生徒が利用することはない。


 夜のトイレは不気味だった。節電の所為か、数本の蛍光灯が外されていて、余計暗い印象を与える。孝佳は鏡で髪を整えようと、鏡を見て、疑問を抱く。鏡が三枚並んでいる。手を洗う水道は二ヶ所なのに、鏡が一枚多いのだ。


 畢竟、その不審な、水道の無い鏡へと目を向けた。その瞬間、まるで、何かが吸い取られるような痛みが孝佳を襲う。そして、そのまま倒れた。


 孝佳が発見されたのは、数分後であり、そのまま救急車で病院に救急搬送された。診断の結果は、下半身麻痺。原因は不明とのことであった。何かショックが有り、心意的なもので動かせなくなっているのではないか、ということだ。




 翌日、病室を真鈴と九十九が訪れた。孝佳は明るく振舞っていたがから元気なのは誰が見ても分かったことだ。


「孝佳、何があったの?何が、あなたをこんな風にしてしまったの?」


 九十九は孝佳に問うた。孝佳は体を震わせながら、その日にあったこと、三枚目の鏡の話を九十九と真鈴にするのである。


「誰に言っても信じてもらえませんでした。ママもパパも、お医者さんも、先生も、警察も。でも、昨日、確かに三枚目の鏡があったんです。そして、それを覗いたら……」


 そこで、九十九は眉根を寄せた。そう、孝佳は「鏡を覗いた」といったのである。鏡に体や顔を映しきったのではない。覗くということは、自身は見切れているはずだ。


「孝佳、少し触るよ。痛かったらゴメンネ」


 九十九は霊力を体に巡らせて、孝佳を触る。そして感じた。孝佳の下半身には、全く魂が無い。つまり、魂が欠けている。それゆえに、彼女は倒れた。つまり、鏡が魂を奪ったのだ。いや、奪ったというのは正確ではないのかもしれない。何しろ、体から欠けた魂が体に戻ることはないのだから。それこそ魂を直接操作でもしない限り、無理だろう。


「これは……、そういうことかな。うん、孝佳。貴方が話したことよりもオカルトな話をするし、信じられなかったら信じなくてもいい。でも、貴方はまだ、よかった部類に入ると思うわ」


 九十九はそう前置いた。真鈴は首を傾げ、孝佳は九十九の言動を気にしていた。自身に起きたこととはいえ、相当馬鹿げたこと言っている自覚があったのだろう。


「貴方は鏡を覗いたから下半身だけで済んだ。本当に鏡に体を映していたら、その魂を丸ごと持っていかれていたはず。おそらく呪いの鏡の類ね」


 鏡、というのは妖怪や怪談に登場することが多い。自分自身が写っているという奇妙さ、それが鏡に不吉や不気味を与えているのかもしれない。


 例えば、吸血鬼は鏡に映らない、という話がある。怪談としては吸血鬼そのものを指すが、しかし、鏡に不思議な力があるという証明である。もっとも、西洋では、そう言った意味で魔除けの道具という認識が強いかもしれない。他のエピソードで言えば、アテネがゴルゴーンを倒すときに使ったのも鏡である。


 日本の妖怪で言えば、雲外鏡(うんがいきょう)だろうか。照魔鏡ともいい、妖怪の真の姿を暴く妖怪とも言われている。これもある意味では魔除けとか魔を暴く道具といえようか。

 一方で、合わせ鏡の呪いというものもある。合わせ鏡で無限に繰り返す空間を作ると、その無限の回廊に閉じ込められるとか、合わせ鏡の状態で呪文を唱えると前には未来が、後ろには過去が写るとか、合わせ鏡は呪いの類が多い。


 また、鏡の世界というものもよく物語や口伝に登場する。鏡の向こうに閉じ込められるという話や、鏡の世界の住人と入れ替わるというものだ。

 今回の鏡はおそらく鏡の世界の伝承の様に、魂を鏡の向こうへと持っていかれるものだろう。


「魂ってそんな非科学的な……」


 真鈴が思わずつぶやく。噂は噂。所詮は本当でないと分かっているからこそ、噂するものだ。だから真鈴も七不思議を信じているわけではなかった。あったら面白い程度の気持ちだったのだ。


「いいえ、魂という概念は実際にあるの。……ごめんね、孝佳、力があればどうにかすることもできたのに、うちでも他の司中八家でも魂を直接操るなんて馬鹿げた真似はできない。私にもっと力があれば……」


 いくら京都司中八家といえど、魂を操る力などない。魂の器を満たすことはできても、器を広げることが出来ない。孝佳は、器ごと持っていかれているので、いわば、割れたコップに水を注いでいる。それでも溜まる箇所があるから生きているが、それ以上溜めることが出来ない。どんなに注いでも、注いだ傍から溢れていくのだ。魂量数値をごっそり減らされた現状ではどうすることもできない。


「あれ、じゃあ、もしかして、今もその鏡がトイレにあるんじゃないですか?」


 真鈴の呟きに、九十九は頷く。真鈴と九十九が来たのは放課後である。つまり夕刻。もうじき日が沈むだろう。生徒が最も利用する時間帯で何も起きていないのなら、鏡の出現条件は夜、ということだろう。


「分かってるよ。だから、」


 窓を開ける九十九。胸元から取り出したのは一枚の札。それは九十九の式札だった。札へ霊力を注ぐ。


「――《八奈(はな)》」


 するりと現れたのは、八尾(やび)の狐。それは美しい狐だった。小さくなっているのは、煉夜の九尾と同じ理由だろう。環境に合わせているだけだ。


「き、狐?!」「どこから?!」


 真鈴と孝佳の声が重なる。彼女らからしてみれば超常の出来事。夢幻の様だっただろう。何もないところから狐が現れたのだから。


「話は聞いていましたね。行きなさい《八奈》。……これでひとまずは鏡の犠牲者はでないかな」


 するりと窓を抜け、空を駆け行く八尾の狐。ありえない光景に、目を疑った。しかし、実際に目の前で起きていることだ。


「……私はいわゆる陰陽師なの。今のは式神だよ。まあ、信じられないかもしれないけどね。呪いの鏡も本物ってところかな。まあ、鏡の類で呪いっていうのは珍しいからどこのものかはすぐに分かると思うけど」


 呪いの解呪や処分というものは非常に難しい類に入る。かけた当人すら解呪できないほど強力な呪いに成長する例もある。九十九にはそれを解呪するのはできないだろう。八尾の狐の神格をもってしても、解呪には至らない。八本の尾、そのどれにも解呪は該当しないのだ。いざとなったら四本目を使うことも考えられるが、それだけはおそらく使わないだろう。二本目と七本目を組み合わせて対処するのが一番だろうか。


「陰陽師って土御門とかそういうやつですか?」


 真鈴のアバウトな認識に、九十九は苦笑した。どう説明するべきか一瞬悩んだが、簡単に説明するために多少オーバーな説明をするのは許容範囲だろうと自分を納得させる。


「まあ、そんな感じかな。実際の土御門さんちは陰陽師とも微妙にことなることをやってるんだけどね。今の京都で明確に陰陽師って言い方ができるのは野良を入れないと、司中八家と魔導五門といくつかの家だけだけど、真鈴の言う陰陽師のイメージに一番近い、『THE陰陽師』って感じの家はうちと市原家くらいだね」


 魔導五門と名にある通り、魔法を扱う。一般には陰陽師と言われているが、その多くが魔法使いなのだ。その実態を知る者は少ないが、九十九にとっては、彼ら彼女らは陰陽師という括りとは別だと思っている。


「世界中にある霊力っていうものをその身を通して式札に通して、発現させるのが陰陽師。己の中にある魔力を使って発現させるのが魔法使いって言われてる。海外に行けば魔法使いなんていうのも割といるものだよ」


 一応、一般的な陰陽師としての見解を言う九十九。だが、実際は、魔力も霊力も体の中にも世界中にも存在している。九十九も、魂の中の霊力という表現を使っているように、一部のものはそれを知っている。市原家や冥院寺家、明津灘家、それから雪白煉夜。そして九十九だ。九十九の場合は、特殊な恩恵のおかげでもある。


「っと、《八奈》が鏡を回収したみたい。これで被害者はでないと思うけど、たぶん孝佳のことは階段の時や人食い壁の時と同じように怪談としてみんなが言うようになっちゃうだろうね」


 式からの念話で一応の解決を得たことを2人に告げる。

 そうして、幻想の鏡の怪談は解決ということになった。あくまで回収しただけで解呪できていないという気掛かりを残しながら。





 後日談というか、元凶についての話。後日、九十九は、私立九白井高校の校長室に居た。そこで校長に今回の一件について説明するためであった。


「以上が、孝佳が倒れた原因とその対処です。一応、校長先生には話しておこうと思いまして」


 九十九の言葉に、校長は微妙な顔をしていた。私立九白井高校の校長、酉島(とりしま)乃々美(ののみ)はこの件に関して何らかの関与をしていたようである。


「なるほど、あの鏡のことね。そうなると全面的にわたしの責任ということでしょうね。分かりました、居長さんの治療費は全額わたしが負担します。ご家族にはその方向で話しておきましょう」


 彼女は「全面的にわたしの責任」といった。学校のではない、乃々美個人の責任であると判断できる物言いに九十九は眉根を寄せる。


「あの鏡は、インドで買った鏡なのだけれど、いわく付きだったのよ。まあ、個人的なコレクションだしそこに文句をつけられても困るのだけれど。それを買ってきたのと同時期に、西校舎の女子トイレで鏡が割れる事故があったのよ。電球付け替えの作業員が脚立を当てて壊れてしまったっていう事故なのだけれど」


 ここで九十九は大体の事情とそうなった結果が分かってしまった。


「なるほど、つまり、鏡がいわくつきと知らなかった誰かが、発注した鏡が来るまでの代替品として勝手に使い、その結果、鏡として使うことによって呪いの鏡としての効果が発揮されて夜にしか出現しなくなったんですね。そして、新しい鏡が出来、夜にしか出ない代替品のことなど誰も忘れてしまい、結果、呪いの鏡が存在し続けたということですか。被害者が出ていなかったのは奇跡ですね」


 孝佳の前の被害者がいなかったのは、純然たる奇跡としか言いようがなかった。


「ええ、分かっているわ。こちらでも相応の責任は負うつもりでいるの。それから稲荷さん、あなたには改めてお願いしたいのだけれど、奇怪な噂が最近、多発しているの。それの解決を頼みたいの。このような事態を未然に防ぐためとして、ね」


「引き受けます。それが家業みたいなものですし、そもそも私がここに通っているのもそういう理由みたいなものですしね」


 九十九は苦笑した。

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