093話:美少女霊能探偵九十九其ノ弐・十八階段の怪談
約一年半前、私立九白井高校。六月と言えば、梅雨であり、ゴールデンウィークと夏休みの間に挟まれた鬱陶しく、ダルい時期である。しかしながら、私立九白井高校の理数科では違う。稲荷九十九、高校二年生。高校二年生というのは、一般的観点で見れば、遊べる時期である。一年生の頃は、高校という新しい環境に慣れるのが大変で、三年生の頃は、受験勉強で遊んでいる暇はないだろう。
しかし、理数科の生徒たちにしてみれば、高校二年生というのは受験の準備期間である。そして、この頃になると、優等生と落ちこぼれといわれる生徒の差が如実に表れる。高校生と言われる年代は分かりやすいもので、落ちこぼれの生徒は「こんな時期から受験勉強してるんだ、偉いね」といいながら「いい子ぶりやがって、優等生が」と思っているものが大半となる。
夏休みも、優等生たちは夏期講習に行き、落ちこぼれたちは遊びに行く、と大体が決まっていた。この私立九白井高校においては大体がそうであった。
そんな大体の中から外れているのが稲荷九十九という人間である。彼女にとって、高校というのは、ただの通り道でしかなかった。将来が決まっている彼女にとって、高校で勉強するしないなど関係ない。授業には出るし、宿題もするが、テストや成績は全く興味を持っていなかった。しかしながら、生まれ持っての才能故か、彼女は学年一位の成績を持っていた。それを鼻にかけることない様子に、周囲は嫉妬すらしなかったという。
しかし、異質ということは、異端ということでもある。ただでさえ休みがちな彼女は、学校で浮いていた。
普通に考えて、美人で、頭もよく、学校にあまり来ない、そんな人に自ら積極的に関わっていこうとする人物はいない。特にこの理数科では。
そうして、六月のある日、廊下を歩いていた九十九は、出会う。白原真鈴という少女と。それはほとんど偶然の出会いだった。
九十九は教室に居ることが少ない。教室の空気がよくないからだ。それを積極的によくしようというおせっかいを焼くほどおせっかいな性格ではないため、よく学校を散歩していた。この昼休みも、例に洩れず、自分で作った弁当を食べ終えた彼女は散歩に出かけていた。
稲荷家のお弁当は、九十九が九十九自身の分と八千代の分を作っていた。七雲はこの時点で小学五年生であり、まだまだ給食制度である。
そんな散歩の途中で、ある話が耳に入ってくる。雑踏の中で、いろいろな話が飛び交う。「節電で夜は発電機が切り替わってほとんど電気が付かないんだって~、忘れ物したら悲惨だね」、「ねぇねぇ、十八階段の噂って知ってる?そう、七不思議の」、「栗山先生が生徒に手出してクビだって、まあ、いつかやると思ってたけど」、様々な噂を九十九は聞いていた。あまりいい趣味とはいえないが、聞こえてくるものは仕方がない。
そんな中で、九十九の興味を引いたのは、「十八階段の噂」「七不思議」という部分であった。ここは、理数科の一年生の教室前だ。つまり、大体の確率で話しているのは理数科一年生である。節電などの時事、教師のクビなどの時事、それらのニュースは、世間的な問題として割ととらえておかないといけないものであり、理数科の生徒といえど、そのくらいの世間話はする。しかし、「七不思議」である。
こういった非科学的な話を理数科の生徒がするのは珍しいことである。中には霊を信じる生徒もいるが、大抵が科学的なことで反論されてしまうため、周囲と話すことはない。
そんな理数科で「七不思議」と聞いたら、九十九も食いつかざるを得なかった。
なぜならば、九十九こそがそちら側の人間だからである。科学では証明できない向こう側にいる九十九は「七不思議」や「怪談」を信じるほかないだろう。むしろ、彼女が信じずに誰が信じるのだろうか。
「ねぇ、今の十八階段の噂って何?」
だから、九十九は、その女生徒たちに話しかける。まあ、この高校には男子生徒はいないので女生徒、と呼ぶ必要性があるのかは疑問だが。
「えっ、……あ、い、稲荷先輩っ!」
「うわ、ほんとだ……!」
噂話をしていた女生徒、白原真鈴と居長孝佳である。
「あれ、どこかで会ったことあったかな?」
やんわりとした笑みで2人に問いかける九十九。九十九は有名人である自覚をあまりしない。自分の家が有名であることは知っているが、自分自身が有名かどうかには無頓着であった。
「あ、いえ、でも噂は聞いてました。あ、あたし、白原真鈴っていいます。こっちがタカヨシ」
「ちょ、稲荷先輩に変な紹介しないで!あ、わたしは、居長孝佳です。教えるの左側に佳とかいて『のりか』って言うんで真鈴はタカヨシって呼ぶんですけど」
真鈴と孝佳の自己紹介を聞きながら、九十九は思う。理数科にしては、仲がいい。入学して数か月でここまで仲がいいのは珍しいから、同じ中学校の出身なのかな、と。
「そっか、真鈴に孝佳、だね。呼び捨てでいいかな?」
普段の九十九なら「ちゃん」付けくらいするだろうが、学校という場所で先輩という立場でもあるので、呼び捨てを選ぶ。2人は頷いた。
「それで、十八階段の噂っていうのは?」
九十九は2人に問いかける。2人は九十九に話す。この学校の主に普通科で広まっている噂について。
夜、西校舎の屋上へと続く階段の十八段目を踏むと闇の世界に引きずり込まれてしまう。昔ここで転倒して死んだ生徒の霊が仲間を欲しているのだ。
簡略化してしまえばこのような噂である。西校舎とは理数科と外語科がある校舎のことで、東校舎が普通かの校舎である。
そして彼女達が話していた理由は、被害者が理数科に所属していたからである。無論、当人の話を聞いた別の誰かは否定したが、それでも当人が言っているという事実は変わらない。だから真鈴と孝佳のように噂する人間がいるのだ。
「でも意外でした。稲荷先輩ってこういう俗な話にも興味があるんですね」
真鈴が心底意外だという顔で九十九を見ていた。真鈴や孝佳からしてみれば、九十九は理数科の権化とも言える存在で、非科学的な現象や事象には何も興味を示さないものだと思っていた。
「そうかな。好きなんだけど、こういう話。……と、そろそろ昼休みも終わっちゃうか。じゃあ、話してくれてアリガト、真鈴、孝佳」
そう言って九十九は教室へと戻っていく。その背中を真鈴と孝佳はしばらくぼーっと眺めていた。
階段の怪談というのはかなり存在する。階段と怪談で洒落にするという意味もあるが、それ以外にもいろいろある。
人間、だれしも一度くらい階段でつまずいたことがあるだろう。実際に体験する恐怖、痛みというのを何かのせいにするというのはよくあることだ。つまずいたのではなく、誰かに突き飛ばされたのだ、とか、転んだのではなく、足を何かに捕まれたのだ、とか。そういったことから噂が広まり、怪談となる。
階段が一段増える、という話や、階段が一段消えるという話はよく七不思議に数えられるものだ。昇りと降りで段数が違う、とかも。
考えてみれば当然だろう。これほど階段を日常利用する場所もそうそうない。今や、マンションや公共施設でエレベーターのない施設などはほとんど存在しない。ましてや学校のように三階建てや四階建ての高い建物でエレベーターが無いのは異質ともいえる。つまり、それだけ階段を使うことが多いのだ。
だから階段の怪談というのは、七不思議に多く現れる。なぜなら、社会に出てしまうと怪談ではリアリティがなくなってしまうからだ。
しかし、その点で、この十八階段の怪談は少し妙とも言えた。「引きずり込まれる」という表現である。九十九はどうしてもそこが引っ掛かってならなかった。何せ、転ぶのでも押されるのでもなく、引きずり込まれるのだ。
階段にておいて、引きずり込まれるという表現はいささか不自然だろう。トイレやプールでならまだしも、「階段」という引きずり込まれようのない場所で「引きずり込まれる」という表現があり得ないのだ。
だが、被害者がいる。西校舎を利用するのは理数科と外語科だけなので、被害者が理数科なのは納得のできる話ではある。
が、それが余計、この現象が実際に起こっていることなのではないかという疑念を九十九に生じさせる。
それが事実であるなら、九十九は一刻も早く、それをどうにかしなくてはならない。異端なる力を持つ、稀人として。その責任が彼女にはあった。しかし、噂は「夜」と明確に示しているわけで、また、屋上で観測を行っている生徒もいるので、夜以外に出入りする生徒もいるのに被害者は夜に向かった一人だけということは、「夜」というのがキーワードになるのかもしれない。
つまり、今すぐに、というのは難しいのだ。ここは「夜」を待つべきだろう、と九十九はそんなことを考え、時間が過ぎるのを待った。
そして、放課後になってからだいぶ時間が経った、午後10時過ぎ。九十九は夜の学校にいた。無論、十八階段の怪談を調べるために、である。
屋上までの階段は幸い、この学校に一つしかない。そのため、複数回る必要が無い。九十九は、まっすぐに階段を上がっていく。そして、そこにたどり着く。
見れば分かった。その理由が。そして「引きずり込まれる」という意味も。
これは決して悪戯でも噂でもなかった。事実である。そして、だが、同時に幽霊の仕業でも妖怪の仕業でもなかった。
何の仕業か、というなら、あえて答えるとすると「自然」、もしくは、「この学校」の仕業ということになる。いや、ある意味人の所為であろう。
この私立九白井高校は、山奥にある。山というのは無論、平坦な場所ではない。当然、切土なり盛土なりをして整地し、平らな地面を作らなくてはならない。
同時に、山という場所は霊脈の通り道としても知られていることが多い。これは偶然が重なった結果ともいえるが、切った山に元々通っていた霊脈がそのままになっている。つまり、空中に霊脈の通り道がある。それが、丁度十八段目と重なっているのだ。
そして、引きずり込まれるという感覚もそれなら納得できる。水が高いところから低いところに流れるように、人の周囲、或いは潜在的にため込んだ霊力も大きなエネルギーに引かれる。階段を踏んだ瞬間に、周囲の霊力が霊脈に流れる、その感覚が「引きずり込まれる」という表現になったのだろう。
九十九は、小さく息を吐いて、階段の隅に札を張る。霊脈を整えるためのもので、司中八家の人間ならば京都の霊脈に関与できるための札を政府から与えられているのだ。これで、ここは安全だろう。
そも、これには昼も夜も関係ない。潜在的に霊力と呼ばれるものを持つか否かという問題だ。司中八家の様な家を除けばそうそういない。今回の様な例があるので全くいないというわけではないが、そうそう起こらないことだったというわけだ。
これにて、九十九が関わった最初の怪談、十八階段の怪談は解決をした。




