表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白雪の陰陽師  作者: 桃姫
英国決着編
90/370

090話:果てしなき英国と帝国

 空は高い。遥か遠く、青く、白く、広がっている。英国の空、それを見ながら、リズは思い出していた。かつて城から見上げたおおきな空を。空に魔物が跋扈する広い広い空を。スファムルドラの遥かなる空を。


 スファムルドラ帝国の首都、スファムルドラは、所謂都市である。中心に城を置き、城前広場に通じる東西南の門から通じる大通りがある。そのほかの道は入り組んだ細道であり、この造りは、煉夜達の世界のヨーロッパの都市にも通じるものがある。


 その関係上、スファムルドラは重厚な建物が多く、城下町は暗い印象があるほどだが、そんな街には年に一度の大イベントがある。「祭乱の宴(ユーレンファーレ)」。世界各地から猛者たちが集まり、重厚な建物や入り組んだ細道を利用して繰り広げるバトルロイヤル。その優勝者には皇族から様々なものが授与される。それは年によって様々だった。


 煉夜が準優勝した年はスファムルドラの聖剣アストルティが授与された。それを煉夜が持っているのは、優勝した【創生の魔女】が多くの人の前で顔を出さなくてはならない授与式を嫌がって辞退したため、まだ力がなく【創生の魔女】の後をついて回っていた煉夜の準優勝が優勝に引き上げられた形になったからだ。


「スファムルドラ……我が麗しの祖国」


 リズは、そんな言葉を思い出す。スファムルドラの騎士がよく口にしていたものだ。かつての友人であったディナイアス・フォートラスもまたそれをよく口にする騎士であった。


「ディナイアス……ディナイアス・フォートラス。……うっ!」


 思い出そうとすると、頭に靄がかかったように思い出せなくなる。リズは煉夜と会った以降のとある時期を境に、前世の記憶が途切れていることに気付いた。

 こうして生まれ変わっているからには、リズの前世であるメアも死んでいるはずなのだが、どうにもその死にざますら思い出せないのだ。


「ディーナ、貴方はどうしてわたくしの前からいなくなったんですか。帝国で一体何が……、レンヤ様に聞けばきっと教えてくれるでしょう。でも、それではきっと意味はないんです。わたくし自身が思い出さなくては、きっと……」


 メアとディナイアスは幼少の頃から一緒だった。一緒に育ち、過ごしてきた、そのことはしっかりと覚えている。だからこそ、バラバラになるなどありえないという思いが強い。だが、リズはディナイアスが死んだことだけは直感していた。なれば、一体、いつ、どこで、誰が彼女を殺したのか。事故ではないだろう。事故ならば、こんな風に頭に靄がかかるようなことにはならないはずだ。


「わたくしがメアとしてのわたくしを自覚したことはレンヤ様には今は黙っておきましょう。わたくしが全てを思い出す、その日まで」








 夢を見ていた。とても長い、そして、とても苦しい夢を。なぜだか多くの人が争って、なぜだか命を落としていく。そんな悲惨な夢を。子供も大人も、親しい人もそうでない人も、誰も彼もが果てていくそんな夢。果てしない果ての夢。


「これはわたしの過去、そして記憶。初めまして、でいいのかな、焔藤雪枝さん。わたしは、イガネアの八姉妹が三女、枝の死神だよ」


 褐色の肌に燃えるような赤髪、よく似た姿を知っていた。焔藤雪花、夢を見ている彼女自身の姉である。


「イガネアの八姉妹……?枝の死神?」


 知らない言葉に思わず疑問の声を漏らす。彼女には何の話か全く分かっていない。だが、それでも大切な何かであるというのはなんとなく感じていた。


「そう、わたしは貴方、貴方はわたし、といいたいけど、あくまで貴方は貴方でわたしはわたし。貴方の中にわたしはあるけれど、貴方の記憶も身体も心もあくまで貴方のもの。状態だけで言えば、貴方の愛しのあの子に近いけど、それはそれで違うもの」


 煉夜は、幻想武装という形で複数の魂をその身に宿している。そして彼女もまた死神を宿しているという意味では近いのかもしれない。だが、死神は存在そのものを体に降ろしているのである。


「今はまだ、分からなくても大丈夫。だけど、いつか、貴方は、わたしに手を伸ばす。その時のために、鍵を渡しておくわ。心と記憶の鍵。必要な時に使えばいいよ」


 彼女は鍵を握る。いつか来る、その日のために。今は理由も知らずに……。







 英国、ヒースロー空港。煉夜達は日本に帰るために空港にいた。便の手配は全て英国王室がしてくれたので、無駄な手続きもなかった。小柴の様に、別目的で来ていた者の分も用意してあったので、会社が用意していた分をキャンセルして、小柴は煉夜達と同じ便に乗る予定だ。小柴が煉夜と一緒に居たいというのもあるが、流石に王室が手配したものを断る勇気がなかった部分もある。いくら前世が魔女であっても、自分の家の会社に泥を塗るような真似はできないのだ。


「レンヤ様、この度は、英国でいろいろとお世話になりました。また、会いましょう」


 リズは煉夜達の見送りに来ていた。ユキファナ、アーサー、美鳥も英国に残る側である。ユキファナは雪枝のことが心配だったが、雪枝が大丈夫だと言い張るのでひとまず日本に帰すことにした。


「いや、世話になったのはこっちもだ。いろいろ助かった。また会おう」


 煉夜は長い旅路の中でもそうそう言わなかった「また会おう」という言葉を、あえて使った。かつての長い旅路では、一期一会、一度別れると二度と会わないなんてことはよくあることだった。だから、いつの頃からか言わなくなっていたのだ。


「ええ、次に会う時は、わたくしの名前についてお教えしますよ、レンヤ様。いえ、あえてこう呼びましょう。【創生の魔女】の相方にして祭乱の宴(ユーレンファーレ)準優勝者のレンヤ・ユキシロ様」


 向こうでの煉夜の活躍、しかもその初期だけを知っている物言いに、煉夜は、「やはり」と思う。戦いの最中での言葉と合わせても、一番高い可能性があった。


「ああ、楽しみにしているよ、殿下」


 煉夜は苦笑した。また会うその日まで、そんな約束を背に、一時の別れが訪れる。



 ――英国の空を流れる飛行機雲。その二筋の白い雲は、英国での出会いと別れ。雲は消えても、その記憶と思いは消えない。いつかの再会を夢見、それぞれの道を歩み出す。






 一方、日本の京都。中心から離れた山中にある私立九白井(くしろい)高校の校舎。夜の校舎を駆ける影があった。まるで何かを探し求めるかのように、走る影。冬休みの学校だというのにも関わらず、その影は走るのを辞めない。


 狐の鳴き声と狐火と共に、毎夜駆け回る。



 七不思議の最後の一つ、――狐の幽霊。



 学校に通いたかった狐が、夜な夜な少女に化けて学校に通っていたが、宿直の教師に殺されて、化けて出るようになった、という噂である。

 その噂の幽霊とされる彼女は、ひたすらに、校舎を駆けまわる。ある人物を探して。


「どこにいるの……、真鈴(ますず)


 物悲し気なその声は、まさに幽霊の様だった。

次章予告

 英国から帰国した煉夜に待っていたのは、正月の挨拶回り。雪白家も表向きはかなりいろいろなことに手を出している。そう言った関係者への挨拶回りなども、司中八家としては重要なことなのである。

 それも、英国王室とのパイプ、政府への貸し、そういった昨年のことから表だけではなく、裏でも挨拶にくる家が増えたせいで、雪白家は連日多くの人が訪れていた。

 落ち着くことのできない煉夜は、散歩をして家から遠ざかっていた。そんなある日のこと。煉夜は不思議な女生徒と出会う。

 そして――!


――第七章、外伝、魂魄騒動編

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ