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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
英国決着編
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086話:英国物語其ノ肆・望月姫毬の建築巡

 英国の倫敦から東北にしばらく行ったところにあるレッチワース。姫毬はそこにやってきていた。姫毬の望むものは建築物ではなかった。このレッチワースは、有名な都市である。今回は、建物を見るのではなく、その都市自体を見ることに意味があった。


 日本において「田園調布(でんえんちょうふ)」という地名を聞いたことがあるだろう。その田園の部分である。


 このレッチワースという土地は、エベネザー・ハワードが提唱した「田園都市」論を元に創られた田園都市である。


「ここがレッチワース。授業では習いましたが、こうして実際に来るとやっぱり違いますね」


 その街並みを見て回る姫毬。日本とはやはり違う、というのが実感できる。日本の土地では、一軒一軒を密集して建てられるのだが、一定の距離を置いて建ててある。また、一斉に作った建物であるために、同じ建物が並び、とても調和のとれた街並みだった。


「まあ、いざ住むとなったら、絶対に間違えて別の家に入りそうですけど」


 同じ建物ではなくとも、基本的にはレンガ調をベースにした街並みであり、街路の緑化もされており、歩車分離がしっかりしているため、日本の様に歩いている横すれすれを車が通るなどということもない。


「それにしてものどかなま……ち?」


 姫毬の言葉は思わず止まった。のどかではない光景が広がっていたからだ。拳銃を持った男が、道路の真ん中で空に向かって撃つ。


「なんですか、あの男は」


 思わず眉根を寄せる姫毬。この状況で観光など呑気な真似ができるはずもなかった。拳銃男(仮称)が、キョロキョロとターゲットを探すように見回した。そして、視界に姫毬を捉える。


「日本人か、ちょうどいい。一人ぐらいやっとかねぇと箔が付かねぇからな」


 おもむろに引き金を引く。オートマチックの拳銃、姫毬はその種類まで分からないが、イタリアのベレッタ社が造った92F、通称M92Fである。アメリカ軍でも採用される拳銃である。

 発射された弾丸が、姫毬を捉える。距離的に、よほど精密な撃ち方をしなければ一発で仕留めるのは無理だが、偶然か、それとも拳銃男(仮称)の腕が確かなのか、軌道は真っ直ぐに姫毬の腹部へとのびていた。


「《朱錫杖(しゃら)》」


 式札に霊力を込める姫毬。次の瞬間には、その手に、錫杖とも杖ともとれるものが現れていた。歩き巫女は、その性質状、あちこちを歩き回る。街や人里はもちろんのことながら、山、川辺、森、様々な場所を歩くのだ。その際には、杖が必要となる。それを式としたのがこの《朱錫杖(しゃら)》である。


「《發符(はっぷ)》」


 錫杖の周りに無数の結界が張られて、それが銃弾を弾く。あらぬ方向へと逸れた弾は、看板に当たり、止まった。


「あぁ?何だ、今のは。東洋の魔法か?」


 そう言うや否や、拳銃男(仮称)は、笑いながら、姫毬に向かって乱射する。そして、唱えた。


「――暴れろ!果てろ!牛の様に!」


 銃弾がまるで意思を持ったかのように、複雑怪奇な動きをしながら姫毬に迫る。さながら暴れ牛なその弾は、結界障壁で防げるか危ういほどに魔力が込められていた。


「《輪枷錠(わかじょう)》、《鎖消針(さげすばり)》、《蜂手剣(ぼうしゅりけん)》」


 錫杖の輪が外れ、飾りもとれる。硬い棒のような飾りは、棒手裏剣となり、尖った飾りは針となる。輪は手錠だ。これらは、歩き巫女の忍者としての側面を現した便利グッズである。


 棒手裏剣……《蜂手剣(ぼうしゅりけん)》を投擲し、銃弾を落とす。


 ベレッタに装填できる弾は最大16発。空に向けた弾と姫毬への一発目の2発を除いて、現在、姫毬に迫っているのは14発。それを6つの《蜂手剣(ぼうしゅりけん)》で上手く弾いて逸らした。

 瞬間、《鎖消針(さげすばり)》を投擲し、その拳銃の銃口に2本、男の指に1本を刺していた。


「ぐぅっ!クソがッ!」


 拳銃を落とし、針を抜こうとする拳銃男(仮称)だが、遅い。次の瞬間には、目の前に姫毬が迫り、その手に《輪枷錠(わかじょう)》をはめていた。

 都合、三瞬。十数秒の世界で、姫毬は拳銃男(仮称)を無力化したのである。なお、ここにいたのが姫毬ではなく、信姫だった場合は、一瞬、数秒の世界で片が付いていただろう。


「クソッ、クソッ、クソッ、クソがッァア!俺はこんなところで終わらねェ!『グラジャールの輝き』は俺を見捨てねェ!!」


 拳銃男(仮称)の叫びもむなしく、すぐさま逮捕された。もっとも、逮捕したのは、警察ではなかった。姫毬が一目見て、警察ではないと分かるのだから、相当だろう。その彼らは拳銃を所持していた。


 Secret Intelligence Service、SISこと秘密情報部「MI6」である。その中でも特務部に分類される。そもそも、英国では銃の所持はほとんどなく、持っていても猟銃である。ハイドパークが狩りの場であったように、英国では今でも狩猟でき、そのハードルが低いため、猟銃などの所持はそこそこである。だが、拳銃となれば別だ。特にベレッタなどは出回らないだろう。そこには特殊な輸入経路が必須になる。


「協力、感謝する。エリザベス様の御友人だな。まだ他を見て回るのなら十分気をつけてくれ」


 そう「日本語で」彼らは言った。姫毬は、何やら面倒なことの気配を感じ、今あったことを気にしない方向で考えることにした。


「さって、と、次はどこに行きましょうか」






~姫毬の建築メモ~


 田園都市とは、産業革命時代の英国、倫敦における過密化する都市、人口流出が激しい農村、田園都市を3つの磁石にたとえ、都市と農村のどちらの不利からも解放された田園都市というものを提案したものである。


 6000エーカーの土地の中の1000エーカーを市街地、その中央には5.5エーカーの大公園を設置し、中心に役所、劇場、病院などの公的施設が6本の放射状並木に、それぞれおかれる。中間地帯には住宅や教会、学校があり、外周地帯には鉄道が環状に敷設。そこに面するように、工場や倉庫、市場などが配置される。市街地人口が30000人、外側の農業地人口が2000人の小規模都市として1つの都市を形成。それらを複数作り、母都市(この場合は倫敦)を中心に30~50キロメートルの距離をあけて、放射状かつ環状の鉄道と道路で結ばれた都市群を形成する都市構想だった。


 倫敦で実施されたのは、倫敦から54キロメートル離れたこのレッチワースと36キロメートル離れたウェルウィンのみである。そのうちウェルウィンは、倫敦からの距離と規模の関係もあり、ニュータウンに指定され、別の開発が行われていった。


 実質、倫敦周辺において、田園都市として現存しているのは、このレッチワースのみなのである。


 元々、このレッチワースはハートフォードシャーという土地で、その中の3818エーカーを購入してレッチワースを建設した。計画人口は30000人。ハワードのダイアグラムにあるような綺麗な円形ではない上に、構想の6000エーカーよりも約2000エーカー以上少ない土地ではあるものの、完成された田園都市となった。


 レッチワースは、グリーンベルトで囲まれていて、無意味な拡幅、拡大をしないようになっているために、初期の計画から何度か広がっているものの、母都市化するなどのおかしな拡大は無い。


 緑豊かな都市であり、街を散策するのもいいだろう。しかしながら、田園都市ということに詳しくない人は、レッチワースに訪れるよりも倫敦観光をすることをお勧めする。





 この田園都市は、先に挙げた田園調布の様に、世界中の各地に影響を及ぼしている。


 そもそも、田園都市論は、産業革命を皮切りに、工場の乱立や居住地不足、環境汚染などの様々な問題から新たな都市計画が必要になったことでできた近代都市計画の一つである。


 産業革命の時代は、蒸気機関の発明やアメリカの独立宣言、フランス革命などという大きな転換期であり、そこに産業革命がやってきたこともあり、大きな激動を生んでいた。それゆえに、産業革命と明確に定義される前にも新たな都市計画はいくつか産まれていた。


 プラトンの「国家論」は政治的理想都市の提唱、トーマス・モアの「ユートピア」やトマソ・カンパネラの「太陽の都」などの哲学や文学として提唱された理想社会。レオナルド・ダ・ヴィンチのような機能図やスケッチといった具体的表現。


 それらを経て、産業革命が起こり、ニュー・ラナークに代表される空想的社会主義を体現する都市の台頭。空想的社会主義者のオーエンの理想都市としてニュー・ラナークは完成したが、ニュー・ハーモニーの失敗などからオーエンの理想都市は実現に至らなかった。


 しかし、オーエンの理想都市は、ハワードの田園都市論に影響を与えた。




 ハワードは倫敦で生まれた。15歳で働き始めるも、職を転々とし、いくつかの職業を経験する。21歳の時に渡米し、ネブラスカ州で友達2人と一緒に農業を始める。しかし、失敗、大火の後、シカゴで働き、英国に帰国。労働委員会の書記をしながら経済を勉強し、エドワード・ベラミーの書などに影響を受けながら都市の建設計画をまとめていった。


 そうしてできたのが田園都市論である。


       ……メモおわり

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