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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
英国決着編
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084話:英国物語其ノ弐・唄涙鷲美鳥の日々

 ハイドパークの池沿いにあるベンチに座って彼女は空を見上げていた。学校での論文作業が一区切りついたので、気晴らしに公園に来ていたのだ。友人二人が最近学校に顔を見せていないため、限りなく暇を持て余していた。


 そもそも、ただでさえ海外という知人の少ない環境で数少ない友達が来ないなどという状況で、別の友達という選択肢の無い彼女は、公園でぼーっとするほかなかった。


「あら、美鳥、こんなところで何をやってるのよ」


 ふと声をかけられて、視線を戻して、キョロキョロと声の主を探す。見つけるのにはさほど時間を要さなかった。目の前に、いつも通りの女性がいた。


「ユキファナ。しばらくね。旅行にでも行っていたの?」


 最近学校に来ていなかった友人の一人、ユキファナ・エンドである。同郷……といっても国が同じなだけで、全然違う出身なのだが、同じ日本人であるために、仲が良かった。


「旅行ってか、まあ、里帰りみたいなもんね。日本にちょっと」


 苦笑するユキファナに彼女は首をかしげる。里帰りをしたことで苦笑する理由が分からなかったからだ。


「どうだった、久々の日本は。相変わらず?」


 それでも彼女はあえて日本の話題を振る。ユキファナは、ため息を吐きながら、彼女の隣に腰を掛ける。


「ま、そうそう変わらないわよ。いつも通りの日本だったわ。普通よ普通。なに、何か超劇的変化しててほしかった?」


 ユキファナの言葉に、今度は彼女が苦笑した。別に彼女は祖国である日本に嫌な印象を持っているわけではない。英国にいるのもあることを調べるためというのが大きい。こと、魔法分野に関しては、英国以上に調査に適した国は、この世界のどこにもなかった。


「べっつにぃ。まあ、変なことになってなきゃどうでもいいしね。それよりも、里帰りなんて急にしたからには、何かあるんでしょ?どんな厄介事を持ち帰ってきたわけ?」


 ユキファナが今まで里帰りしたことは、彼女の記憶上一度もなかった。妹への仕送りや電話、手紙などは目にしていたものの、直接帰るということはしなかったはずなのである。それが、今になって帰ったということは、間違いなく何かがある。彼女はそう睨んだ。


「あ~、うん、まあ。持ち帰ったのはリズなんだけどね。いろいろとあるのよ」


 リズが持ち帰った、その話を聞いた彼女は、ピクリと眉を動かす。エリザベス・■■■■(エリアナ)・ローズ。彼女の最近学校に顔を見せていない友人のもう一人である。そして、英国の要とも言える姫君だった。


「リズも日本に行っていたの?」


 普通に考えて、リズの立場でそう簡単に日本へ行けるはずもない。だからよっぽどのことがあるのではないか、と彼女に緊張の色が見える。


「んー、リズ自体が来たのは、まあ、お見舞いだったんだけど。ちょっとへましてね、入院してたから、その見舞いにリズとアーサーが来て、んで、厄介ごとに巻き込まれたってわけ」


 いろいろととんでもない情報を一気に渡してきた友人に、彼女はため息を吐く。入院していたことに、リズと彼のアーサー王が見舞いに行っていたこと、そして厄介ごとに巻き込まれたこと。いくら何でも情報が多すぎて、文句も言えなかった。


「はぁ、あなたも突拍子もないことをするわね……。まあ、でも、今は普通に動いてるってことは、そんなに酷いけがではなかったのね」


 ユキファナは苦笑する。酷いけがだった。だが、それをどうにかしてしまうほどのとてつもない力にも同時に目覚めていた。それは死神の本質とも言える「死」の力である。それを克服した時点で、ユキファナには、致命傷を即時に完治するだけの、死を操る力を得ていた。


「まあ、ね。そうだ、そんな話よりも、聞きたいことがあるんだったわ」


 地味に探られたくない腹である領域に踏み込まれる前に、ユキファナは話の方向を変えることにした。


「何よ、聞きたいことって。くだらないこと?」


 ユキファナが聞きたいという時は、よほどの時かくだらない時かのどちらかが多いので、彼女はそんな風に冗談交じりに笑う。


「くだらなくはないんだけどね。それとも、くだらない話でもする?すっごいくだらない話なら今、できるわよ?」


 ハードルを上げているとも、下げているとも言えるユキファナの言葉に、彼女は苦笑する。相変わらずつかみどころのない人だ、と。


「入院中にテレビ見てたらさ」


 そしてくだらない話が始まった。彼女は止めようかとも思ったが、久々の会話だったので、多少は伸びても問題はないか、と判断し、そのくだらない話を聞くことにした。


「ミラクルハート幸村ちゃんとかいうアイドルが出てたんだけど、あれって何のかしらね。昨今の戦国ブームに乗ったのかしら?」


 思った以上にくだらない話だった。そもそも、日本にいた頃にあまりテレビを見ていない彼女は、日本のアイドル事情やブームなどの流行性には疎い。しかしながら、そんな彼女でも多少は知識があった部分がある。


「幸村ちゃんって、真田(さなだ)幸村(ゆきむら)?時代劇ドラマの影響にしては遅すぎるでしょ?」


 国営放送の時代劇ドラマは、彼女のいた神社でも見ている人が居たので変遷をなんとなく知っているが、真田幸村について扱ったのはだいぶ前である。


「いや、知らないわよ。そもそもくだらない話って言ったでしょ。ただそんなアイドルが出てたってだけの話よ」


「なんなのかしらって聞いたのはそっちでしょうに」


 他愛のない話をしながら、そして、ようやく、ユキファナは彼女に聞きたいことを聞く。以前、話題になった、その話を。


「あんたってさ、多言語理解の魔法がかかっているでしょ?」


 雪白煉夜にかかっているように、彼女にも全ての言語を理解し、最適な伝え方をする術を持っていた。


「……まあ、ね。珍しい魔法であることは自覚しているわよ。アタシが自分でかけたわけじゃないから原理とかは知らないけどね」


 彼女は知っている。この世界では多言語理解の魔法は難しい技術であると。彼女は知っている。この世界では、精霊かはたまた神か悪魔か、そうでもなければこの魔法をかけることが出来ないと。


「異界にいったって話は聞いてないから、まあ、おそらく異界からの迷い人にでもかけてもらったんでしょう?」


 ユキファナの唐突な言葉に、彼女は思わず顔を歪めた。ある一点を除けば、ユキファナの言葉が正解である。


「確かにそうよ。その通り、アタシは魔法をかけてもらったのよ。でも、どうして分かるのよ。確かに珍しい魔法だし、普通じゃないってのは思うけど、異世界なんて突拍子もないものを信じる方がどうかしてるわよ。それなら超古代技術の何らかの力とかって考えるもんだと思うけど」


 異世界、などという存在を彼女がはじめは受け入れなかったように、普通は受け入れられるものではないことを知っている。だからこそ、ユキファナの反応は妙であった。


「あれ、知らないんだったっけ?これでも死神の力を宿した存在よ。この世界に死神が存在していないように、この世界ならざるものを知っている存在なのよ」


 ユキファナは、死神としての力に目覚めてからは、異世界にある死神の世界にいた。そこでフィリオラ・デスサイズ……ハーデス王からデスサイズの名を授かる前はフィリオラ・ファルメディアと呼ばれていた憧れの存在に出会っている。つまり、彼女も異世界に関わりが深い存在なのである。


「死神、ねぇ。アタシは、あいつから異世界の話も聞かされたけど、死神なんて特異な存在は聞いてないわよ。もっとも、あいつにとって……あいつらにとって死神じみた存在の話は何度も聞かされたけど」


 そう、何度も聞かされた。天敵とも言える、その存在の話を。そして知っている。その存在が如何に凄いのかを。あれを前に感じれば分かる。あれに立ち向かおうとする人間などいるはずがないと。


「へぇ、死神じみた、ねぇ。どんな存在なのよ。その同業っぽい奴は」


 ユキファナは、苦笑しながら彼女に尋ねた。


「死神ではないわよ。ただの人間らしいわ。肩書としては魔女の弟子とか眷属とかってのはあったらしいけど、それが影響するのは使える魔法くらいで、あれと相手するのに、そんなものはほとんど意味がないもの」


 ただの人間、そして、魔女の眷属。ユキファナは、眉根を寄せた。もしかすると、という予感がよぎる。


「ユキファナ、こんなところで何をやってるんだ?そっちは日本人か」


 そんなとき、ユキファナの知り合いの男がやってくる。あまりにもタイミングがよく、流石のユキファナも運命のいたずらというやつを信じたくなった。


「あら、ユキファナの知り合いなのね。アタシは唄涙鷲(うるわし)美鳥(みどり)。日本人よ。貴方も見たところ日本人のようだけれど」


 そんな言葉を返しながら、彼女が……美鳥が彼を見たとき、何故か、かつて言われた言葉を思い出す。


『身の丈は普通の人間だ。我らに比べればはるかに小さい、普通の人間。黒い髪に黒い瞳、黄金の剣を扱う、そいつの名は――』


 まるでその言葉にかぶせるかのように、彼が自己紹介をする。


「俺は雪白煉夜、同じく日本人だ」


『獣狩りのレンヤ。レンヤ・ユキシロという男だ』


 美鳥に多言語理解の魔法をかけたその存在が天敵とまで言って恐れる、その存在が目の前にいた。


「獣狩りのレンヤ……!【創生の魔女】の眷属がなんでここに、いや、この世界に!」


 そう、美鳥が聞かされた話は全て異世界の話である。だから彼女はその日本人じみた名前を持つ、その存在をてっきり異世界の存在だと思い込んでいた。しかしながら、それが目の前に、実際に現れる。自分の世界で。


「……ッ!なぜ、その名前を知っている。お前は誰だ?」


 煉夜は警戒する。この世界でその名前を知る者は僅かばかりしかいない。それもこの世界に、などという言葉を付けている時点で、異世界のことを理解している存在である。まさか、リズの様な存在が他にもいたのか、と煉夜は歯噛みした。


「アタシはアタシよ。それにその名前も聞いたことがあるだけ。アタシがかつて会ったあいつに。……神獣白猛幽孤(イミルドゥーサ)から」


 そう、ユキファナの言っていたことの間違いとは「異界からの迷い人」の部分である。美鳥が出会ったのは「迷い人」ではなく「迷い獣」だったのだから。

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