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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
英国決着編
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083話:英国物語其ノ一・エリザベスの秘密

 煉夜と裕華が、英国王室の秘宝、スファムルドラの聖杖ミストルティを奪還したことで、ひとまず、盗難事件の方は片が着いた。しかし、肝心のMTTに関する案件は全くの手つかずであった。そも、現状、日本からの情報待ちだが、向こうでもいろいろと手続きがあるらしく、まだしばらく時間はかかりそうである。盗難事件も数日かかると思われていたが、煉夜と裕華が一日かからずに解決したので、かなり時間に余裕が生まれたことになった。


 そんなわけで、煉夜は、リズに呼び出されていた。盗難事件の解決に行く前にリズが全て話すと言っていたそのことであろうというのは明白だった。


「入るぞ」


 ノックの後、返事もろくに待たずに、煉夜はリズの私室へと入る。着替え中、などということはなかった。そもそも、呼びつけておいて着替え中などという非常識なことをリズがするはずもなかった。


「いらっしゃいませ、煉夜様。お待ちしておりました」


 読書をしていたのだろうか、椅子に腰を掛け、膝の上に本を置いたまま、リズは煉夜の方を見ていた。そして、その胸には聖杖ミストルティがかかっている。


「狭い部屋ですが、どうぞご自由に御くつろぎください」


 リズのことばにならい、煉夜は、その辺の椅子を適当に引っ張りだし、リズと対面する形で座った。リズの表情はやや暗い。


「煉夜様、お話の前に、まずはお礼を。この度は、王室の秘宝、スファムルドラの聖杖ミストルティを奪還していただいたこと、感謝いたします。賊の処遇などに関しては、一部から不満も上がっていますが、煉夜様からの通達の通りに不問としました。どのみち明るみにできないことばかりですので、秘密裏に処理するか、不問とするかの二択でしたから、これでよかったのでしょう」


 ギブンの処分に関しては、煉夜と裕華で、放置しておけと王室に伝えていた。多少の監視は続くだろうが、商売をやっていくことは不可能ではない環境だろう。むしろ多少のペナルティくらい跳ね除けなければ、商売などやっていけないし、跳ね除けるくらいの心意気を持っていてほしいと煉夜は思った。


「そうか。まあ、あいつもこうなってからも盗みを働くほどのバカだとは思えないから大丈夫だろう」


 なんとなくだが、煉夜はそう思っていた。彼には天賦の才がある、と。だが、それを活かしきれていない。だから失敗する。それを覚悟と意思で補えば、誰よりも凄い商人に成れるだろう、と。


「煉夜様がそうおっしゃるならそうなのでしょう。安心できます」


 そうリズが言ってから、しばらく沈黙が流れた。リズは中々、本題を切り出せずにいたのだ。どこか心の奥で引っ掛かりを感じているから。この言葉を彼に伝えるのは、何故かいけないことである、とそう思っているから。


「それでは煉夜様、お話ししましょう。わたくしの秘密について」


 だが、それでもリズは切り出した。覚悟を持って、決意をして。煉夜へと全てを伝えるべく、語りだす。


「煉夜様、わたくしは、煉夜様の求める答えを全て持っているわけではありません。そのことはあらかじめ、了承してもらいます」


 煉夜は頷く。もとより、全てを解明することなど期待していなかった。リズが知っていることを知れればそれでよかったのだ。


「実は、わたくしは、生まれながらに魔法と剣の使い方を覚えていました。それも、今までに類を見ないと言われている魔法と、独特の騎士剣術を。そして、煉夜様の魔法もわたくしの魔法と同じものなのです。おそらく煉夜様の剣術の根底にある騎士剣術もわたくしと同じものでしょう」


 しかし、煉夜はそんなわけはないと思った。煉夜の魔法も剣術も向こうの世界で学んだものだ。そして、その体系は向こうの世界にしかないものであり、この世界にあるはずがない。それをこの世界で生まれたリズが持っているはずがない。しかし、一つ引っかかる言葉。「生まれながらに」という言葉に煉夜は眉根を寄せる。


「生まれながらに知っていたというのは、生まれたときに仕込まれたとかそう言うことではなく、生まれた時点で、自分が魔法と剣術を使えることを知っていたってことか?あり得るのかよ、そんなこと」


 いくら天才であろうと、秀才であろうと、鬼才であろうと、生まれたときはただの赤ん坊である。生まれたときに、何かを知っているということがあるはずがない。


「ええ、わたくしも自分の身でなくては信じていないでしょう。しかし、知っていました。そして、煉夜様、貴方のことも知っていたんです」


 意味が分からない、と煉夜は首をかしげる。それもそのはずだろう。煉夜とリズが会った時、間違いなく、お互いに初対面であった。リズの反応を見ても煉夜を知っていたという様子はなかったのだ。


「疑問に思うのは無理もないでしょうが、間違いなくわたくしは煉夜様を知っていました。しかし、知っていても知らなかったのです。心のどこかで、記憶のどこかで、間違いなくわたくしは煉夜様を知っています。でも、分からないのです」


 知っているけど知らない。リズの不思議な感覚。煉夜は、それによってますます分からなくなっていた。


「煉夜様はディナイアス・フォートラスをご存知ですか」


 しかし、煉夜のそれまでの考えていたことなど全て吹っ飛ばす言葉がリズの口から出た。ディナイアス・フォートラス。その名前を煉夜は知っていた。脳裏に過る光景。それは彼女の死にざま。ディナイアスと煉夜は知人である。だが、そのディナイアスをリズが知っているはずがない。


「ああ!だが、なんで、リズがディナイアスを?!」


 思わず声を荒げた煉夜。それもそうだろう。ディナイアスは、彼が向こうの世界であった人間。この世界に生きるリズが知り得るはずもないのだから。


「わたくしは彼女から騎士剣術を学びました」


 煉夜も彼女から騎士剣術を学んでいた。だから、騎士剣術を教わるという話には無理が無い。しかし、そうであるなら、先の話と矛盾する。


「まて、リズ。お前は、『生まれながらに』魔法と剣術を知っていたはずだ。なら、教わるってのはおかしな話じゃないのか」


 そう、生まれながらに知っていたのなら、誰かから教わっているはずがない。矛盾。しかし、煉夜はそれを解決する一つの可能性を脳の片隅で思いつく。


「はい、確かにおかしい。それはわたくし自身も理解しています。ですが、事実、教わったはずなのです。彼女のこともおぼろげにしか覚えていません。それでも、教わったのは彼女からなのです」


 この言葉で、ますます、煉夜はその可能性に確信が持てるようになっていく。だが、そうだとするとやはりおかしいことになる。


「ディナイアスが剣を教えていたのは、俺と……、だが、そんなはずがない。でも、あいつは若いからな。俺がくる以前の教え子ってこともないはずだ」


 そう、ディナイアス・フォートラス。煉夜の愛した彼女の幼馴染にして、若い鬼才の騎士だった。煉夜に剣を教えていた彼女は、信姫や姫毬にも言っていた通り殺されている。だからこそ、煉夜と会った時期か、それ以前以外にしか誰かに剣を教えることはできないはずなのだ。


「リズ、お前は誰だ(・・)?」


 少なくとも、あの時期に煉夜の近くにいた人間以外に考えられない。だからこそ、リズに問いかける。誰だ、と。


「それはどういう意味ですか?」


 だが、リズには質問の意味が理解できていないようであった。そもそもディナイアス・フォートラスという人物のことは知っていていても、彼女がどこの生まれであるかなどは知らなかった。


「リズ、お前は、転生してるんじゃないか?」


 煉夜は、リズにいった。幸いこれには前例があった。だからこそ、煉夜も思いついたことである。ありえないことではないのなら考慮するべきであった。


「転生……、生まれ変わっている、ということでしょうか?」


 一方、リズは、そんなことを考えたことはなかった。それゆえに、反応としては曖昧だった。なぜなら生まれ変わる、すなわち、死してから復活するということは「神」に他ならないことであるからである。


「ああ、俺も前例がなきゃそんなことは言わなかったんだが……」


 そう、煉夜の身近には初芝小柴という前例がいる。もっとも、煉夜のいた世界における魔女というのは、何度も生まれ変わるというのがいいつたえで、事実、何度も生まれ変わっていたと聞いていた。それでも、【緑園の魔女】は例外に他ならない。世界を越えた転生を為している、それは煉夜にとっても、初めて聞いた話で、魔女たちの中で異世界に転生した存在がいたなんて聞いたことがなかった。


「前例……?でも、そんなことがあるわけがない……と思います。それに、そうだとして、わたくしは誰の生まれ変わりなのでしょうか?」


 煉夜には一人だけ心当たりがあった。だが、ありえないことでもあった。そう、ディナイアスに騎士剣術を習っていて、煉夜と同じ魔法を使うことができ、アストルティの守り手として認められている、そんな存在には一人しか心当たりがいない。だが、それと同時に、絶対に転生などするはずがないと煉夜が断言できる六人の中の一人であった。


「だから誰だ、と尋ねたんだ。だが、思い出せないようだな……。なら、それはそれでいい。無理に思い出す必要もないさ」


 冷静に考えて、あの時、煉夜の周りにいた人物が煉夜を慕うことはあり得ないことに気付いたため、本当に覚えていないことに気付く。無理に思い出してもらう必要もないのだ。


「はい、申し訳ありません。でも、いつか……きっといつか思い出せると思うんですよ」


 リズはそう言いながら、煉夜の顔を見る。間違いなく知っていた。そう、だって、煉夜の顔を見るだけで、こんなにも果てしない愛しいという思いがこみ上げるのだから。

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