081話:英国王室秘宝盗難事件其ノ伍
ウェールズは英国を形成する旧国家の一つである。そも英国は、4つの王国が連合をなした連合王国だ。そのうちの1つがウェールズなのだ。煉夜と裕華は倫敦のパディントンから列車でウェールズのカーディフまでやってきていた。
道中の列車内では、煉夜と裕華がひたすらゲームをするという限りなく有意義な時間を過ごしていた。裕華と煉夜において連携や情報共有などということはほとんどしない。なぜなら、お互いが1を聞いて10を知るタイプだからだ。探り合うだけのことにさほど時間はかからない。つまり、その場で言葉を交わすだけで情報共有はほとんど終わる。わざわざ列車の中でするほどのことではなかったのだ。
煉夜達は、一応、地図を持たされている。しかしながら、ウェールズといっても広い。そも、カーディフはウェールズの南東に位置するが、海を渡っていることはないとしても、北と西に広がっている。
せめて、ウェールズでもどちらの方面に逃げたかさえわかればまだ対応のしようがあったと煉夜は思う。しかし、そこまで把握することが出来ない事情が英国側にもある。英国と一口に言ってしまっているが、前述のとおり、4つの王国が連合をなした連合王国なのである。現状は英国とまとめられているものの、4つはそれぞれが国である。簡単に追っていくのが難しい状況もあるのだ。
「しっかし、見事に山ねぇ」
裕華がそんな風に言う。ウェールズは広さが20761平方キロメートルであり、この広さは、日本で言うと四国が18800平方キロメートルなので、四国よりも大きくくらいである。正直、その広い土地を煉夜と裕華だけで捜索するのは無理難題であろう。普通であれば、の話であるが。
こと、ウェールズに関しては面積の20%が国立公園となっているため、そこに潜んでいることはない。そして、今、煉夜達のいるカーディフを含めた南側とその逆の北西側にはいる可能性が低い。ウェールズは東側にイングランドがあり、西側はアイリッシュ海となっている。飛び出した形となっているウェールズは東側を除きその大半が海に面している。中でも南と北は工業地帯と港湾として栄えていて、ウェールズに住むほとんどの人がそこに集まっているとされている。では、他はどうなのか、というと、大半が山であり、南北方向にカンブリア山脈が走っている。
予想ではこのカンブリア山脈のどこかにいるということになった。しかしながらその規模は大きく、結局それでも範囲が広いのには変わりない。
「仕方ない。適当に分かれて探すか」
煉夜はそういうと、目線でどっちに行くか裕華と見合う。煉夜には身体強化の魔法があるし、裕華には神行法があるため、この規模でもそう時間はかからない。
神行法というのは中国における四大奇書の一つ水滸伝に登場する戴宗の使う道術である。大元では呪符を脚に貼るのだが、裕華の場合は、それを言霊式で代用している。これも所謂、神格付与術式にも似たものであるため、唄涙鷲美鳥にも似たようなことが出来るが、性質的にはちがうものである。
「んじゃ、あっちがあたしで、向こうが煉夜ね。見つけたほうがちゃっちゃと回収する。ちなみに、その後の合流は、まあ、適当に落ち合えるでしょ」
そういうや否や、裕華は、父に教え込まれた言霊式を起動する。魔力と霊力が合わさり、見る者が見れば、裕華の脚がうっすらと青白く見えただろう。
「じゃ、後で会いましょ」
掻き消えるように姿がなくなる。煉夜の知覚域から一瞬で出た速さに、思わず感嘆してしまったほどだ。行ってしまえば、直線方向に障害物がなければ、ほぼ瞬間移動みたいなものでかなりの距離を移動することが出来る。
「やれやれ、んじゃ、こっちも行くとするか」
煉夜は、足に魔力を込めると、裕華と同じくらいのスピードで別の方向へと駆けだした。普通ならこの山々でこんなスピードを出せば大惨事なのだが、煉夜と裕華ならさほども気にしていなかった。
煉夜は自身の知覚域を最大まで広げ、その中でも強い魔力を持つ人が居る元へと向かう。そして、しばらく走った辺りで、自身の手に違和感を覚えた。聖紋とは逆の手が光っている。黄金の光。それは聖剣アストルティと同じ光だった。まるでアストルティも呼応するかのように反応している。
つまり、聖杖ミストルティが煉夜に反応しているのだ。リズが日本に行く前にそうであったように。
「なるほど……見つけたッ!」
煉夜が見つけたのは犯人の魔力よりも先に、聖杖ミストルティの魔力だった。自身の魔力のつながりとを辿って見つけ出したのだ。
しかし、その近くにはきちんと犯人と思しき魔力があった。1人。単独犯であるとは前もって得ていた情報だったが、それでも驚いた。英国のその中枢に単独犯で忍び込むなど正気の沙汰ではない。もっとも、単独犯だからこそ、足がつかずに上手くいった、ともいえる。
煉夜は、その潜伏場所と思われる地点へと向かう。そこは小屋一つない、荒れた岩肌が出ている如何にもな山であった。そう、であるからこそ、逆に身を隠しやすい。まずこのような場所に人が立ち入ることは少ないし、山影になっていれば、そこに向かっていくか、注視しないと発見は難しいだろう。
気配を消して、様子をうかがう。どうにも煉夜には洞窟があるように見えた。しかし、それは煉夜にだけであり、実際は幻覚魔法で岩肌に見えるようになっている。煉夜にはそれが効かないだけのことだ。
そして、洞窟の奥へと進んでいく。そこには男がいた。だが、何よりも、入ってきた大体の人は別のことに目を取られるだろう。一面の財宝。金や宝石などだけではなく、壺や像、何と表すか分からないもの。ありとあらゆる宝がその場所にあった。まるで映画で宝のありかにたどり着いたシーンの様だった。
「な、何者だッ!」
男は叫ぶ。煉夜は宝の一か所に目を留める。見つけた。そう、そこには、間違いなく聖杖ミストルティがあったのだ。
「お前が魔法盗賊ギブンか?」
名を呼ばれたギブンは、眉間にしわを寄せた。魔法盗賊ギブンの名を知っているのは、総じて厄介な奴であることが多いからだ。そもそも、ギブン自身はほとんど単独犯な上に、盗んでも公表されない宝を盗んでいる。ミストルティも、王室から盗まれた、などと公表できないだろうという考えで盗んだものだ。
そして、彼自身が魔法盗賊ギブンなどと名乗ったことがなく、盗んだ相手が裏で依頼した相手などが独自に調査してギブンの名を割り出して、付けた名前が魔法盗賊ギブンなのである。それを知っているということは裏の人間であるのでは、とギブンは思った。
「ああ、そうだ。お前は誰だ?何に依頼された?」
ここまでたどり着くということは、少なくとも魔法分野に関してかなりの腕があるということが分かる。ギブンからすれば幻覚魔法を解きもせずに、もしくは解いたのを術者に感じさせないほどの解呪で、ここに侵入したと思い込んでいる。それに、ここを突き止めるのも容易ではない。
「名乗る義理も、教える義理もないな。俺はお前を捕まえるだけだ」
煉夜は、聖剣アストルティを抜こうとした。しかし、ギブンが慌てて声を荒げて止めた。
「おいおい、ここで剣を抜く気か!お前はこいつらにどれだけの価値があると思ってんだよ!これを売りゃ、巨万の富が手に入るレベルだぞ!」
確かにここで剣を振るえば、周りの宝も巻き込んでしまうだろう。煉夜にとってはどうでもいいものだが、しかし、むやみに傷つけて価値を下げるのは煉夜としても不本意だ。価値あるものを相場以上の値段でふっかけ買わせ、価値ないものを相場以下の値段でまとめて買い取る、そのためにそれ相応の努力が必要である、と煉夜の知っている商人が言っていた。特に、売り物に傷をつけるのはやってはいけない、と。
「こいつらは俺の商売道具さ!俺はこれを売って売って、店を取り返すんだよ!」
ギブンは元は店を経営していた商人である。しかし、ある時、失敗、多額の借金を抱えた。もうその借金はとっくに返済したが、一度失敗を経験すると、その失敗をしないだけの額を貯蓄しておきたくなる。臆病になるのだ。
「商売道具、ねぇ……。お前、元は商人か何かだったのか?」
その言い分から、煉夜もギブンの元の職業にたどり着いた。だが、ギブンにとってはこの状況で過去などどうでもいい状況だった。いかにしてここを抜けるかを考える。
「……そうだな、賭けをしないか?」
そう持ち掛けたのは煉夜の方だった。その意外過ぎる言葉に、、ギブンは思わず反応してしまう。
「賭けって、あの賭けか?」
煉夜が何を言っているのかよくわからずに、ギブンは思わず問い返した。それに対して煉夜はしっかりと頷いた。
「ああ、そうだ。俺の宝とお前の宝、その全てを賭けた勝負だよ」
ここでギブンは思う。これは明らかに意味の無い賭けである、と。そうだろう。なぜなら、煉夜の宝が何か分からないし、そもそも、彼が宝を持っているかも分からないのだから。そんな状態で賭けをして勝ったところで何も得られないかもしれない。負けたら一文無し。
(誰がこんな分の悪い賭けをするんだよ、馬鹿じゃねぇのか、クソがッ!)
ギブンは心の中で悪態をつく。
「宝は本当にあるし、ここにある以上の量がある。保証しよう。賭けに乗るなら見せてやる。ただし、乗らないのに見せるわけにはいかない」
煉夜の言葉に、ギブンは舌打ちをする。
(見え透いてるんだよ。乗るなら見せるだぁ?乗らなきゃ見せらなないって時点で、その他からはねぇんだよ。俺が賭けに乗らねぇってことを知ってるから言ってるってことは、賭けを断った方が奴には分がいいってことか?)
煉夜の目的が何なのか、ギブンは必死に頭を回す。実際に宝があって、見せられるというのならここで今すぐにでも見せてその気にさせればいいのだ。しかし、それができないというのなら、賭けをしないと、そう言わせたいのだろう、ギブンの出した結論はそうだった。
「じゃあ、乗ってやるよ!見せてみな、その宝ってやつをよぉ!」
「いいのか、賭けの内容も聞かずに乗るなんて言って?」
「妙な時間稼ぎはいいんだよ。お前の手は見え見えだ。詐欺には向かねぇぜ。宝なんてないだろ?」
ギブンはケタケタと笑いながら、煉夜に言う。煉夜は「はぁ」とため息を吐きながら、片を竦めた。
「話は最後まで聞くもんだぜ、魔法盗賊ギブン。そうさな、じゃあ、賭けを受けるってことでいいんだな?賭けの内容は、俺との決闘だぜ。お前が勝てば賭けもお前の勝ち、俺が勝てば賭けも俺の勝ちだ。この条件を聞いても乗るってことでいいんだよな」
「しつけぇ奴だな!乗るっつってんだろ!」
ギブンが煉夜に怒鳴る。もはや完全に見切ったと思ったギブンは、煉夜の妙な態度にイラつきを隠せなかった。
「じゃあ、俺の宝、とくと見ろよ」
煉夜が胸元の拳ほどの大きさの宝石を握った。その瞬間、洞窟の中は眩い黄金の光に溢れた。そして、世界が変わる。まるで塗り替えられるように洞窟が消えていく。目もくらむほどの光にギブンが目を瞑った。




