080話:英国王室秘宝盗難事件其ノ肆
場所を戻して、謁見の間、ナスティードは未だ負けを認められず、このままでは話にならなさそうなので、リズの父が命じこの場から退場させた。ならば最初に話がこじれたときに話の邪魔だからと退場させればよかったのでは、と煉夜は思ったが、一応、あの時点では煉夜達は未知数で、ナスティードは英国の守りの要、うかつに外すわけにはいかなかったのだろう。煉夜の実力がしれれば、ナスティードを外しても対処できると判断してもおかしくはなかった。
「さて、では、改めて話を始めるが、まずは、リズ達のことを聞きたい。彼を連れて戻ってきたのは単なる顔見せではないのだろう?」
リズの父がそう言った。そう、まだ、何も話していないのである。メールや電話はMTTに情報が洩れる可能性があるので、あくまで直接口で伝える予定だった。道中に力尽きることがあった場合のみ、最終手段を使うつもりだった。
「はい、お父様。MTTの動き、それから、今回の行動を見て、そろそろ見過ごせないレベルに達していると判断しました。日本からの情報がはいれば詳しいことが分かるでしょうが、おそらく、MTTには独国のスパイが多数潜入して、我が国の動向を探っているようですね。煉夜様は今回、日本で本格的にMTTと戦闘してしまいました。おそらくMTT本部側にも既に顔くらいは伝わっているはずです。遺恨なく潰すために煉夜様には同行願いました。他の方は、ユキファナの妹君は、日本での戦いで少々怪我をしまして、ユキファナがあまり離れたくないということで連れてきました。
それから煉夜様の従姉の方はなぜかついてきましたが、大した戦力でもありませんし、我が国で無意味に足を引っ張る行動をとるとも考えにくいので考えなくてよいと思います。それから煉夜様の友人で英国観光をしに来た方もいますが、彼女はバッキンガム宮殿を適度に見させておけばいいと思うので、彼女も考えなくて大丈夫です。そして、突然、我が国で居合わせた、この彼女はわたくしも知りません。
わたくしたちは、日本から独国が関わっているか否かの情報を得てから行動し、MTTを潰すべきだと判断します」
雪枝の部分だけは、死神の力が不安定というと説明に時間が取られるので、怪我をしたことにして、後はありのままを告げた。
「なるほど、独国の動きか。ならば、他の国もスパイを入れている可能性があるな……。とりあえず日本国からの情報を待ってからというのが肝だ。その間に、もう1つの問題を解決してしまおう」
リズの父はそう言うと、一息ついてから、もう1つの事件について語り始める。
「英国の秘宝、ミストルティが盗まれた。窃盗犯ももう特定している。魔法泥棒……いや、魔法盗賊とでもいうべきか、魔法を使って物を盗む犯罪者だ。MTTには加入していないようだがな。潜伏場所は、おそらくウェールズのどこかだ」
ウェールズのどこか、という曖昧な表現。おそらく、ウェールズに入ったところで見逃したことが分かる。
「ウェールズのどこか、とはまたアバウトですね。魔法を使って侵入したのですから、その魔力の痕跡を追えなかったのですか?」
魔法を使ったのならば、それ相応の痕跡が残る。それを見過ごすほど手緩い警備はいないはず。特にバルバードが見逃すはずがなかった。
「アホほど考え無しに魔法ぶっ放して犯人追跡した馬鹿がいて、場の魔力が干渉しあって無理だったのよ。だから、調べるのに煉夜に協力してもらおうと思ってたのよね。索敵から攻撃までこなす豊富な能力を持ってるのはあたしと煉夜ぐらいなもんでしょうし」
答えたのはリズの父ではなく裕華だった。その言葉を聞いた煉夜は、小柴へと目を向ける。ウェールズと言えば広大な自然が広がっているというイメージが煉夜の中にはあった。
「ウェールズなら、俺よりもおふてんちゃんの方が索敵には向いているかもしれないがな。自然環境における魔法なら随一だろうし」
伊達に【緑園の魔女】の異名を持つわけではない。おそらく自然環境という分野における魔法において、世界でもそこそこのレベルに立つ魔法使いとなれるだろう。この世界に限りいうならばぶっちぎりの一位だ。
「無理ですね。こちらの自然には魔力が少ないですから呼びかけてもあまり良い返事がもらえません。普通の索敵魔法の精度ならお兄さんのほうが上ですから、今回、出番はなさそうです」
肩を竦める小柴。力を最大限使えば、こちらの植物たちに呼びかけもできるが、こんなところで使うつもりはなかった。
「煉夜様、一つよろしいでしょうか」
そこで、リズが言葉を紡ぎ出した。煉夜は、リズの方を向く。部屋の中が一瞬の静寂に満ちた、その時、続きの言葉が出る。
「この度、盗み出された秘宝は、……ミストルティという名前なのは何度が聞いていると思います。煉夜様は、このミストルティという名前、何か思い当たるものはありませんか?」
リズの質問に、煉夜は首を傾げた。ミストルティ、聞いたことがあれば、煉夜はとっくに口にしていたはずだ。しばし、煉夜は記憶を探る。一般的に、その名前に近いものと言えば、
「う~ん、北欧神話のミストルティンではないんだろ?」
ミストルティンとは、ヤドリギを意味する。北欧神話に登場するアイテムであり、ロキがバルドルを殺すために使用したものである。
「ええ、違うと思います。正確なことはわたくしも把握していないのですが、では、もう1つ、質問を重ねさせていただきます。実は、その秘宝は、拳ほどの大きさの宝石のついたネックレスなのですが、その名称がおかしいのです」
拳ほどの大きさの宝石のついたネックレスということで、煉夜は思わず自分の胸元に下がるネックレスを握ってしまった。が、しかし、名称がおかしいというよくわからない話が始まったので、手を離し、眉根を寄せる。
「名前がおかしいって、ミストルティって名前がってことではないよな。どういう意味だ?」
ミストルティという部分だけではおかしいも何もない。だから、煉夜はリズに続きを喋るように促した。
「はい、おかしいのはその名前の前に付いている言葉です。遥か昔、この地に流れ着いたその名はスファムルドラの聖杖ミストルティなのです」
聖杖というからには杖なのであろう。しかしながら、リズがいうミストルティの外観が本当であるならそれは杖とは呼べないものである。が、そこではない。煉夜の脳を揺さぶるほどの衝撃を与えた言葉はそこではなかった。
「スファムルドラ……だと?」
スファムルドラ。その地名を煉夜は知っている。煉夜の持つ聖剣アストルティもスファムルドラの聖剣である。
「ええ、スファムルドラ、煉夜様の持つ、この聖剣もまた、同じくスファムルドラの聖剣であるアストルティなのですよね」
ナスティードとの戦いの前に預けた聖剣は未だリズの手の中である。リズは、そのアストルティの柄を煉夜に見せる。そこには文字のようなものが彫られていた。
「ここに読めない文字が彫られていますよね。言い伝えでは、それは……」
その文字は、煉夜に読むことが出来るものだった。小柴も読めただろう。向こうの世界の文字なのだから。だから、煉夜はすんなりと口に出す。
「エリアナ」
そう、そのように彫られていた。それを煉夜が読んだ瞬間に、リズの両親とバルバード、黒服に激震が走る。
「やはり煉夜様には読めるのですね。実は、これと同じ文字が聖杖の柄にも彫られているらしいのです。そこから名前を取り、■■■■と読めない字で名前を刻まれるのがわたくしたちの決まりとなったのです」
エリザベス・■■■■・ローズの様に、読めない文字が一族には刻まれてきた。
「そして、聖剣と聖杖にはそれぞれに担い手と守り手が存在します。わたくしが聖剣アストルティの守り手であり、聖杖ミストルティの担い手です。そして、煉夜様は、この聖剣アストルティの担い手であり、おそらく聖杖ミストルティの守り手なのだと思います」
その言葉に、煉夜は思い当たる節があった。かつて、煉夜が、聖剣を渡された時のことだ。そも、煉夜が聖剣を渡されたのは、いわば優勝賞品のようなものである。煉夜は準優勝だったのだが、優勝のユリファは魔女であるために辞退した。
その時、煉夜は、確かにこう渡されたのである。
「ここにスファムルドラの聖剣アストルティの担い手はレンヤ・ユキシロ様であることを宣言します。そして、その守り手はこのわたくしであることも同時に宣言します」
と、確かにそう言っていた。担い手と守り手。異世界に放り出されて間もない頃だったこともあり、その辺を全然考えていなかった煉夜だが、ようやくその辺を思い出すことが出来た。
「担い手と守り手……、いや、待て!だが、俺が担い手である状態が継続しているなら、どうしてだ?」
そう、煉夜が担い手として継続しているのならば、守り手が、変わっているのはおかしい。煉夜の記憶によると「宣言」をしなくてはならないはずであり、そしてそれに同意が必要だ。煉夜はかつて、それに同意したが、リズとの宣言に同意した覚えはない。
――どうなっている?呼びかけて聞いてみるか?
一瞬、自分の中での禁忌をおかしそうになる煉夜だが、思いとどまる。そのようすを見たリズはニヤリと笑う。
「そのお話は、ミストルティが無事にわたくしたちのもとに戻ってきたら、全てお話しします。わたくしの知ることを全て。無論、わたくしの特殊な状態についても」
リズが生まれつき魔法と剣技を知っていたことなど、おかしな点ははいくらでもある。それらを全て、リズは煉夜に打ち明ける気でいた。それに、ずっと考えていた違和感。知るはずの無い名前、知るはずの無い武器、それらのことについて。
「ああ、分かった。それなら、とっとと蹴りを付けさせてもらう」
そう言いながら、煉夜はリズから聖剣アストルティを受け取った。




