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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
英国決着編
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079話:英国王室秘宝盗難事件其ノ参

 先に行ったナスティードを除き、煉夜とリズを先頭に、リズの両親も含めて移動をしていた。向かう場所は地下である。そも、バッキンガム宮殿は、そのもの自体に歴史的価値のある建物である。そのため、大きな施設の増築などは難しく、また、その敷地内に何かが建ち始めればたちまちに分かってしまう。


 そのため、増設したのは地下だった。裏向きの近衛騎士や研究員はこの地下にいる。表の衛兵は、あくまで表向きに集められたものであって、中には近衛騎士と兼任しているものもいるがそれは僅かな数だけだ。


「陛下。彼は何者なのですかね。あの滾る魔力は並のものではない。彼の連れ、……少なくとも部屋に居た者は全て、高い魔力を有しています。中でも彼の魔力は、まるで……」


 その異質さに思わず喉を鳴らす男。ローブの男だ。表向きの彼の職業は研究員になるのだが、裏向きで言えばMTRSの卒業生であり、向こう風の言い方をするならば宮廷魔導士長とかになるのだろう。


「バリィ、お前がそこまで言うほどか?しかし、リズは魔法の使用を禁じていたぞ。それほどの魔力を持つなら魔法使いだろうに」


 バルバード・リカルド。類稀なる才覚により、異例の若さでMTRSを卒業し宮仕えしたが、その家系は一般の家であり、ドルミースに「新しき風」と言われたほどの男だ。なお、ドルミースは、現在、結界修復にあたっており、謁見の間に同行しなかったため、選定を通ったという事実しか彼らには伝わらなかったのだ。


「確かに、彼の魔力は底が見えません。陛下、先ほどはタイミングが無く言えなかったのですが、結界を破壊したのは彼の魔力です。それも、魔法などではなく、純粋に魔力を解放しただけ。しかも全く本気にも届かない段階で結界が崩れ去りました」


 黒服が2人の会話に加わった。そう、あれだけの魔力を有していれば、魔法使いであることは予想できる。しかし、リズが魔法を禁じた以上、それでもなおナスティードに勝てるだけの腕前があるということになる。


「何より気になるのはアストルティだ。リズがそう言ったのであれば間違いなさそうではあるが……」


 リズの父は唸る。間違いなく、煉夜が持っていた剣のことをリズはアストルティを呼んでいた。その事実が、何を意味するのか。


「聖剣アストルティ。事実なら、本当だったということになりますが……」


 黒服の言葉に、バルバードは顔を歪ませた。全ては戦いが終わった後に聞けばいい。そう思うものの、はやる気持ちが皆の中にある。





 そして、地下訓練施設へとたどり着く。もう中央にナスティードが立っていた。殺気を纏った彼は、とてもではないが訓練をするようには見えなかった。

 煉夜は壁にかけてあった刃引きをした剣を取ると、ナスティードの方へと近づいていく。邪魔だという切る理由と、邪魔をするなら切り捨てるという覚悟。そのもとに、煉夜は彼に対面した。


「フンッ、貴様ごときに、俺が倒せるか?」


 その構えは堂に言ったもので、日ごろから剣を振るっているのが分かった。しかし、薄い。時代が、環境が、人の強さを変える。


「我が騎士道の元に貴様を切り捨てる!英国王室直属近衛騎士長ナスティード・エル・ファーズ、いざ尋常に勝負だ!」


 騎士道の精神に乗っ取り、彼は名乗る。煉夜は一瞬迷って、リズを見る。リズの頷きが目に入った瞬間、煉夜はため息を吐きたくなる。ここで名乗らずに切りかかろうものなら、彼は騎士道に反していると難癖をつけて負けても認めないであろう、ということだ。つまり、煉夜はこの名乗りに乗っ取るしかない。


「……獣狩りのレンヤ・ユキシロだ」


 あくまで、日本の陰陽師としての雪白煉夜ではなく、向こうの獣狩りのレンヤとして、ナスティードと向き合った。そして、彼にとって、この場に、それを聞かれて困る者はいない。ユキファナが知っている以上、リズとアーサーも知るのは簡単であり、そして、そこを経由すれば英国の人間は知ることが出来る。小柴は知っているし、裕華は興味もないだろう。ゆえに、ここではその名を名乗ることが出来た。

 そして、互いに武器を構えたのが分かった瞬間、ナスティードが先攻を取った。これは、煉夜があえて取らせたものである。リズの言い分から、自分が先に攻撃したら不意打ちだと言われるからである。


「ハァアア!」


 気迫や勢いはよく、衛兵やゴロツキ程度なら吹き飛ばせるほどだろう。しかし、煉夜はそれをあっさりと受け流した。避けるのでも弾くのでもなく、剣の腹で滑らせるように流したのである。


「チィッ!ウオォオ!!」


 突き殺すかのような勢いで、煉夜に剣を突き出すナスティード。言うまでもないが、ナスティードは鎧のままで、煉夜はリズとそろいのスーツのままである。煉夜は、攻撃をあっさりと流す。そして、そのまま一撃を叩き込んだ。「斬る」というより「叩く」だろう。刃引きされた剣ではあるし、斬っていたらナスティードが死ぬからだ。


――ドォウン!


 まるで金属がひしゃげるような音と、それをかき消す轟音により、ナスティードは吹き飛んだ。もはや鎧の胴の部分は原型をとどめていない。それでも気絶しなかったのは鎧の性能のおかげだろう。


「クソがッ!魔法だッ!魔法を使いやがったなッ!」


 激昂するナスティード。それもそうだろう。普通、あんな風に鎧を壊したり、ナスティードほどの大の男を吹き飛ばしたりするなど不可能だからだ。しかし、それは「普通は」という前提がついてこその話である。煉夜はナスティード以上に大きい幻獣や超獣、神獣たちを相手にしてきたのだ。ナスティードくらいを吹き飛ばせなければ、まともにやり合うことなんてできなかっただろう。


「いや、魔法は使っていなかった。それはこのバルバードが断言しよう。この言葉は陛下に誓うものであり、嘘偽りはない。負けを認めろナスティ」


 魔法を使わない、という前提で煉夜が動いていることはバルバードも知っていたが、それでも念のために、魔力が使われていないか、目を光らせていた。そのバルバードが断言したのだ。


「そもそも、彼はエリザベス殿下に魔法を使わないように言われていたし、ここで使って信用を無くすようなことはないだろう。それでもまだ、私の眼が不安だというのなら、……エリザベス殿下、貴方様も戦闘の際に魔力が動いていないことを見ていらっしゃいましたよね」


 バルバードはリズへと話を振る。そう、リズの異例さは面倒を見ていたナスティードがよく知っていた。魔力の感知においても、歴々の「薔薇(チューダー・ローズ)」以上であることは誰もが認めているのだ。


「ええ、魔力の動きはありませんでしたよ」


 リズがにっこりというが、ナスティードは納得しない。煉夜の方を睨みつけながら、こういった。


「いや、エリザベス殿下は元々、この男の味方だった。だから、その証言には信憑性はない!」


 そんな風に文句を……負けた言い訳をし続けるナスティードに嫌気がさしたのか、小柴が面倒臭そうに手を挙げた。


「はぁ……一つ、よろしいですか?」


 それにより皆の視線が小柴に向いた。それでも、小柴は姿勢を正したりせず、あくまで自然体だったのは慣れもあるのだろうが、前世の感覚だろう。魔女とは何よりも畏れられる存在、それゆえに王族だろうと貴族だろうと気にしなかった。


「そもそも、お兄さんが剣に魔力を込めていたら刃引きの剣でも貴方は無事ではありませんよ。結構な鎧を着ているようですけれど、……どうも向こうの匂いのする鎧ですから、大昔に流れ着いたものを打ち直したんでしょうが、生憎、そんな程度の鎧で通らなくなるなら、そもそもお兄さんはここに生きていないでしょうし」


 煉夜が戦ってきた幻獣、魔獣、超獣、神獣の中には、こんな鎧よりももっと硬い鱗を持つものがいた。こんな鎧よりももっと硬い牙を持つものがいた。こんな鎧よりももっと硬い爪を持つものがいた。それらと打ち合い、倒していない限り、煉夜はここに生きてはいない。


「実際に、お兄さん、壁にでも魔力を込めた一撃をぶつけてみてください」


 小柴の言葉に従って、煉夜は刃引きされた剣に魔力を通す。流石にアストルティと同じだけの量を流すと剣自体が崩壊しかねなかったので、かなり抑えた状態で魔力を込めた。それを訓練室の壁に向かって斬りつける。


――ザスンッ


 防音の壁となっていたため、多孔質材で作られた壁の奥、隣の部屋まで貫通したのである。そのまま一気に振りぬいたら、壁は重い音と共に倒れた。


「刃引きの剣、それも剣の質が低いから魔力もほとんど込められない状態で、この威力です。本気で魔法などを併用していたら、貴方は生きてすらいないでしょう。分かりましたか?」


 多孔質材の奥の壁は鉄筋コンクリート壁である。無論、断熱材なども入っているものの、その厚さは30センチメートルを越える。そも、このバッキンガム宮殿の地下施設は、既存のバッキンガム宮殿の地下牢や他とつなぐ地下通路を避けるように作られたもので、元の施工はバッキンガム宮殿の外から作れていて、ほとんど、バッキンガム宮殿とは重なっていない。一部通路や階段をバッキンガム宮殿内部に後付けしている。

 宮殿地下が一番通路が交差しているため、それを避けるのは難しいし、宮殿地下に増設するには、宮殿自体を持ち上げなくてはならない。そんなことをすれば地下に何か増設しているのがバレる。しかし、外の一部なら魔法で隠蔽できるし、通路とも被らないので確実だった。その建物の重さを支えていないとはいえ、既存の庭などを崩さないために、かなり地下になっている。つまり、それだけ土の荷重がある。上に載っているものを考えなくとも、そこに働く土粒子と水の重さから水に働く浮力を引いたもの、つまり有効応力はσ’z=σ・z-uより求めることが出来る。それだけの力に耐えるためには、自然と壁も厚くなるのである。また、土中の水分と、室内の温度差から露店温度を越え、結露が生じることもあるため、地階外周は二重壁になっており、また、縦穴で通気や換気のための穴もある。流石に採光部とするほどの穴をあけると気づかれるので、あくまで通気や換気のための穴であり、人の出入り口ではない。

 話が逸れたが、それほどの厚さの壁を両断できるだけの威力を出せた。そうなれば、ナスティードも真っ二つである。


「……ぐぐぐっ」


 どうにも負けを認めたくないナスティードだが、ナスティード以外は全員が、煉夜の実力を認めた。しかし、リズの父は同時に思う。


(今は味方として行動するから良いものの、リズやユキファナ、アーサーが束になってもいなされそうだ。……なるべくなら取り込んでしまいたいんだがな。リズの婚約者用の服を着ているあたり、脈が無いことはないはずだ。この一件が終わったらアプローチをかけてみるのも悪くないかもな。何より、アストルティを持っていたということは、彼はおそらく、アストルティの担い手なのだろう。本当ならば、のはなしだが)


 リズの父はそんなことを考えながら、刃引きした剣を放り捨てる煉夜に目を向けたのだった。

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