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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
英国決着編
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078話:英国王室秘宝盗難事件其ノ弐

 謁見の間、という呼称に似合わない、普通の部屋と変わらない扉。感じる雰囲気は、謁見というよりも応接。とても王と謁見する場とは思えない場だが、公式のことではないのでそう言うものなのかもしれない、と煉夜は割り切った。


 謁見、謁を見る。目上の人や身分の高い人に会う。そのための間。そう言う意味では、場所や形などはあまり意味をなさないのかもしれない。要は、そこに目上の人や身分の高い人さえいれば謁見という形は整い、間は部屋を表す。みすぼらしい場所でもそこに暗いが高い人が居ればそここそが謁見の間と化すのだろう。


 黒服の人がその扉を開けようと手をかけた時に、弾き飛ばすような勢いでその扉が開かれる。中から出てきたのは時代錯誤とも言える騎士甲冑に身を包んだ男だった。その風体は、まさに騎士という雰囲気で、纏う気配が常人ならざるとも言えた。


「……何事ですか、王女殿下の御前ですよ」


 手が弾かれて痛かったのか、黒服はちょっとイラついた口調で、その男に言う。ただ、男も男で、それだけ訳があったようで捲し立てる。


「そんなことを言っている場合ではないだろう。結界が割れたのだぞ。またどこぞのこそ泥みたいな侵入者がやってきて、結界を割ったのかもしれん!急いで見回りに行かねば!」


 先ほどの煉夜が結界を崩したことで、このようなことになったのだろう。その原因とも言えるのが自分であったため黒服は「うっ」と苦い声を漏らした。


「それに関しては心配がありません。結界の修復にはローム殿とマイア殿がもう当たっていますし、原因も分かっています。問題がないので、貴方は職務を全うしてください」


 黒服がそう言う。騎士の男は納得できないようではあったが、問題ないとされているのにこれ以上騒ぎ立てるのも問題になるので、仕方なく部屋の中へと戻っていく。


「では、入りましょう」


 黒服の言葉に従い、騎士の男に次ぐように黒服、リズ、アーサー、ユキファナ、煉夜、小柴、裕華の順に部屋に入っていった。

 ごく普通の部屋に、長机と椅子があった。ごく普通といっても、日本における一般的というのとは違う。この場合の普通は、大衆が抱く宮殿の中というイメージに対して普通という意味である。広さは食堂ほどか、長机に椅子ということもあり、ますます食堂を思い起こさせるものだった。


 その奥、上座に2人の男女が座っており、その傍で控えているのは、ボディーガードというにはおかしい、先ほどの騎士甲冑の男と、魔法使い然としたローブの男だった。その光景は煉夜に向こうを思い起こさせるには十分なほどである。

 リズ以外の皆は、黒服に従い、顔を伏せる。


「あぁ、そういうのはいい。面倒だからな。表の仕事だったら絶対にこんなことは言わないが、今日は裏の話だ。不敬だと言うつもりもないから安心して顔を上げてくれ」


 男がそう言った。その雰囲気は、荘厳で偉大で、普通ではなかった。別格とも取れる風格、いうなれば王者の風格とでもいうのだろうか。事実、国王であるのだから当然と言えば当然なのかもしれないが、それでも、煉夜は、向こうの腐り切った王族とは違う何かを感じていた。


「リズ、よく無事で戻りましたね。心配していたんですよ」


 女性もそう口を開く。彼女こそがリズの母親である。彼女もまた、纏う雰囲気が普通ではなかった。


「はい、お母様。正直、わたくしたちだけでは相当難しい局面もありました。ですが、煉夜様のおかげで難を逃れたのです。彼なくてはわたくしは今ここに戻ってきていないかもしれませんね」


 あっけらかんとそう伝える。それは婉曲的に「煉夜を丁重に扱え」と言っているのである。恩人だから失礼を働かないように、と両親だけではなく全体にアピールしているのだ。


「ほぉ……聖王殿がついていきながら、それほどの局面に立たされていたのか?」


 リズの父は、アーサーを見ながらそう言った。アーサーに事実の確認を求めているのだ。本当に、リズの言っていることに間違いがないのか、と。


「はい、申し訳ありません。敵の数が予想以上でした。後に日本政府から身柄が送られてくるでしょうが、三桁に昇る人数が相手では、流石にエリザベス殿下と自分とユキファナでは手に負えませんでした」


 本来ならばユキファナがいればどうにかなったかもしれなかったが、前提として、雪枝に接触することはリズとアーサーの計画に織り込まれていたものであった。それゆえに、雪枝が一緒という状態は必ずといっていいほどだった。つまり、どうあってもユキファナは十全の力を出せない状況だったのだ。

 アーサーは一応、公ではリズを「エリザベス殿下」と呼び、自身をオレではなく「自分」と称している。これは一応、最低限の礼節なのだろう。


「ふむ、それは聞いている。それに『悲槍のライド』も行っていたとか。ライドは誰が倒したのかね?」


 その質問は、リズに向けられていた。リズは、間髪を入れずに即答する。


「煉夜様です。『悲槍のライド』を圧倒するほどの腕で倒したのは煉夜様でした。とてもではありませんが、あの槍はわたくしの魔法とは相性が悪く、おそらくわたくしでは勝てませんでしたね。届く前に槍の風で散らされてしまいます。アーサーも、槍を剣で受けることはできても、槍に纏った風をどうにかはできませんし、病み上がりのユキファナに倒すのを期待するのも酷でしたし」


 煉夜の実力を表すため、そして、アーサーとユキファナの株を下げないために、リズは、相性というものを話の引き合いに出した。相性が悪い。だからこそ、アーサーとユキファナでは無理だった。そして、相性はあれど、それを圧倒した煉夜の凄さ、それを伝えた。


「陛下、発言してもよろしいですか」


 リズの言葉に対して、挙手をし、発言の許可を求めたのは騎士甲冑の男だった。リズの父は頷き、男に話すよう促した。


「エリザベス殿下、その言い方ですと、騎士の中でも聖と認められる聖騎士のアーサー・ペンドラゴンがそちらの男に劣るかのように聞こえますが、先代より劣るとはいえ、先代に認められたアーサー・ペンドラゴン。日本人に劣るなどということがあるはずありません!」


 男は、言葉の裏に込められたものを何も理解していなかった。リズの煉夜を丁重に扱えという思いも、アーサーに対するフォローも全て気づいていないのだ。


「ナスティード卿、それは事実だ。オレは、彼よりも弱い。そして、彼は強い。その戦いを肌で感じればあなたも分かるだろう」


 ナスティード・エル・ファーズ。名目上、英国国王護衛筆頭。表向きとしてはそう表現されている。裏向きに彼を表現するなら古風な言い方だが、近衛騎士長とでもいうのだろうか。先代のアーサー・ペンドラゴンの時代から王室に仕えている彼は、騎士道を重んじる騎士である。いささか態度には問題があるが。


「アーサー・ペンドラゴン、そういう言葉は口にしてはいけないはずだ。アーサーとは誰よりも強い騎士であるのだから!」


 本来は「騎士であり王である」というべきところなのだが、英国の国王は別にいる。その目の前で彼女に王であるというは流石のナスティードも気が引けたようだ。


「おい、ナスティ、言葉が過ぎるぞ。アーサーが最強でなくてはならない、などということはない」


 リズの父はナスティードをなだめながら言う。そう、アーサー・ペンドラゴンが最強でなくてはならないなど幻想である。なぜなら、既に物語中にもアーサー王は相打ちで死んでいるのだから、少なくとも最強ではなかった。


「そもそも、先代のアーサー・ペンドラゴン、……いや、今はただのセイラスだったか。あいつも、負けている。いや、勝てていない、か。あいつも日本で負けたことがあるんだ、最強である必要もない。強ければいい。頂点でなくともな」


 最強の代名詞、先代アーサー・ペンドラゴンが負けた。その話は、その当人自身がよくするので有名な話だった。


「陛下はあのような冗談を真に受けているのですか!」


 ナスティードは先代アーサーをよく知っていた。剣の稽古をつけてもらったこともあるが、到底ナスティードが手の出る相手ではなかった。大きな戦いの無い世界に生まれた人間に、強くあろうとしろというのが土台無理な話である。先代アーサーは数多世界の戦場を仲間と共に渡り歩いている。そこに意識の差が生まれないはずがない。


「冗談ではないさ。記録もきちんと残っている。彼女は敗れたのだよ。それに、彼女自身、本物のアーサー王には届かないと言っていたしな。彼女が最強ではない。ナスティ、お前はあいつに幻想を抱きすぎなのだよ」


 先代アーサーは確かに日本で敗北した。《聖》と《覇》を宿した青年に。冗談でも、嘘でもない。だが、ナスティードは、先代アーサーは知れども、その負かした相手に会ったことがない。

 ただでさえ次元が違うと思う先代アーサー以上などいるはずがない、彼はそう思っているのだ。ましてや平和ボケした日本人なんかに、と。


「幻想などではありません。それに、今のアーサーとて、この俺が相手をしても互角、場合によっては危ういほどの腕を持つのです!それより強い日本人など!」


 頭に血が上っているのか、ほとんど冷静な判断ができていないが、ナスティードに関してはいつものことなのか、リズの父も苦笑していた。


「では、ナスティード、一つ提案します」


 リズは、彼を呼び捨てにしている。幼いころから公務の忙しい両親に代わり面倒を見てくれた兄の様な存在であるからだ。もっとも、リズは幼いころからしっかりしすぎていてナスティードの手を煩わせたためしはないが。


「なんでしょう、エリザベス殿下」


 ジロリとリズを見る彼は、いささか血が降りたようで、怒鳴るようなことはなかった。そんな彼に、リズは言う。


「煉夜様と手合わせをしてみたらどうですか。多少でも打ち合えば、その実力も分かるでしょうし」


 リズの提案に、煉夜はため息を吐きたい気分だった。この状況では煉夜は断るに断れないだろう。それに、このままでは話が進まない。煉夜は裕華から発せられている「早く話をつけろよ」というオーラに余計気が重くなるのだった。


「ええ、もちろん!では俺はさっそく準備をしてきます!」


 煉夜の返事など聞かずにナスティードはその提案を受け入れて飛び出していった。もう、このまま話をまとめて、盗難の話に入ればいいのでは、と煉夜は思ったが、国の宝を扱う可能性もある、王に力を示さないとその大役を任せてもらえないことになるだろう、そうなれば、MTTとの戦いも延び、英国滞在が長引くだけだ。そうなるとバイト先の沙友里がかんかんに怒るのは目に見えている。ただでさえ行く時間が減っているのにもかかわらず、英国滞在でまた行く時間が減っている。


 それらを抜きにしても、面倒をいつまでも抱えているのは、煉夜としても気分のいいものではないのだ。「戦って片が付くのなら、すっきりさせるか」と、彼はあきらめた。


「ああ、煉夜様、魔法はなしの純粋な剣技で決着をつけてくださいね。そうしないと難癖をつけそうなので。それからアストルティ(・・・・・)もお預かりします。剣のおかげだと難癖をつけられたくないでしょう?羽引きしたものを用意していますので、そちらをお使いください」


 にっこりと笑うリズ。どうにも「アストルティ」の部分を強調したようにも聞こえたし、その時、リズの両親と黒服、そして、もう1人のローブの男が動揺したように煉夜は見えた。しかし、その理由は分からなかった。

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