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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
英国決着編
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077話:英国王室秘宝盗難事件其ノ一

 バッキンガム宮殿に着いた煉夜一行は、来客者用の部屋に通された。流石に私服のままバッキンガム宮殿で過ごす気概は誰にもなかった。煉夜ですら正装をすべきだと判断する。リズは自分の部屋に服を着るため退室し、他のものはそれぞれ、正装になるべく、仕切りを作り、煉夜を隔絶して着替え始めた。一方、煉夜はというと正装に困っていた。


 そも、アーサーのように王との謁見の機会があり、正装に慣れているものやユキファナや雪枝の様に一応相応に年を重ねているもの、水姫や小柴の様に家柄の関係で幼いころから正装に慣れているもの、姫毬の様にあちこちを回り歩くうえで相応の格好をしなくてはならなかったもの、裕華のように父の関係で様々なことをさせられていたものなどとは違い、あくまで一般人である。


 過去に何度か皇族や王族との謁見をしたことがある煉夜だが、前者は向こうに行ってすぐのことでそれも大会の準優勝者としての謁見であるために普段着のまま、後者はとある事情で王族を潰すために会ったために魔女の眷属としての格好をしていた。

 そんな彼が、スーツの様な正装を持っているはずもなく、彼の中で現状、一番まともな正装と言えるのが高校の制服である。しかし、いくらそれしかないとはいえ、高校の制服で一国の王の前に堂々と出ていくわけにもいくまい。


 そうなると、煉夜に残されているのは、赤い執事服ということになる。しかし、赤い執事服は正装ではない。執事服ならともかくとしてそこに「赤い」と付くと違うだろう。

 この時点で煉夜に選択肢はなくなったのである。


「さて、どうするか……」


 どうするも何もないのだが、それでも考えなくては、と思った矢先に、リズがやってきた。リズは髪をまとめ、白いスーツを着ていた。


「煉夜様、御着替えをお持ちしました」


 にこやかに笑いながらそう言う彼女はリズのものと揃いと思われる白いスーツがあった。白いスーツというと煉夜の中ではホストが来ている印象しかないのだが、そう言うものとは違う、どことなく品のあるスーツだった。


「ああ、助かる。が、どうして俺が正装が無いことを知ってるんだ?」


 煉夜がおもむろに服を脱ぎながら問いかける。あまりに突然のことに、リズは、固まった。正直、リズの見た目は幼いので、煉夜からすれば、目の前で着替えることに躊躇はない。


「え、……あ、いえ、なんとなくです」


 林檎よりも真っ赤になった顔を伏せながら、リズは答えた。リズもそこは自分で疑問に思っていたが、煉夜が正装を持っていないのでは、という考えが、何故かリズには浮かんでいたのだ。説明しろといわれても説明できない。


「なんとなくって、……まあ、いいか。それよりも高そうなスーツだがいいのか?」


 リズのものと揃いということはかなり高いのでは、と煉夜は嫌な予感がしていた。煉夜自身は気にしない性分だが、弁償とか言われても困るのは困るのである。


「いえ、構いません」


 きっぱりとリズは言ったが、煉夜は値段の部分にリズが触れていないのが余計躊躇を誘った。しかし、着ないわけにもいかず、恐る恐るといった感じで袖を通した。


「……予想以上にピッタリで困惑しているんだが、流石にあの短時間で、俺用のスーツを用意したとか言わないよな?」


 普通、スーツはオーダーメイドでもない限り、体にフィットすることはない。着られないことはないが、多少違和感があるものである。しかし、このスーツは煉夜の身体にフィットした。まるで煉夜のためにしつらえられたかのようでもある。


「いえ、それは、わたくしの服のデザインに合わせて、婚約者用に作られたものです。基本的にわたくしのスーツは成長に合わせて新調しますがデザインはこれを崩さないので。そのスーツは最初にセットで作るとのことだったので、わたくしが決めた大体のサイズで作っていただいたこの服の対になるものですよ」


 リズのスーツは、基本的にデザインを崩すことはない。シンプルな白いスーツというのは、これから先の時代でも通じるものであるためである。そうなった際に、リズの服と同時期に揃いの物を作らないといけなかったのだ。

 その理由はいくつかあるのだが、まずはリズのデザインは統一だったとしても、その後、それに合わせたもう1着を作るとなると、そのデザインは別の時代のものとなり、リズともう1着のデザインに些細でもズレが生じてしまう。

 それに新調すると言っても、元の服を基盤にしている。その元の服は徐々に劣化していくわけで、その生地の質感や色合いが違ってきてしまう。

 これらのことから、リズと揃いでもう1着を同時に作ったのだ。もっとも、リズの婚約者がそう早く決まるとは思っていないので、サイズは大人用で作っている。そのサイズはリズがなんとなくで決めている。


「それがピッタリとか、かなり凄いな。まあ、大きくて不格好とか小さくて着られないとかじゃなくてよかったぜ」


 そう言いながら、煉夜は、聖剣アストルティを腰に提げる。アストルティは、木連に無理を言って通してもらった。帰りはリズ達に無理を言って通してもらう予定である。


「帯剣は……まあ、していても大丈夫だとは思いますが、抜かないでくださいね」


 煉夜は「いいのかよ」とツッコミを入れそうになったが、それこそ、リズは別としても他の王族と触れられる距離で会うことなど無いはずなのだから問題ないのかもしれない、と思い直した。


「ああ、問題が起きたとき以外は抜かない」


 そんなことを話しているとおもむろに仕切りが取り払われた。煉夜はそちらを向く。そこには正装を終えた面々がいた。と、言っても、アーサーや雪枝、ユキファナは普通のスーツであり、水姫がこの空間で

は異質な着物、小柴はリクルートスーツである。


「では、皆さま、謁見の間に入れるものを選定するために別室に移動していただきます」


 謁見するにはいくつもの条件がある。それらをすっ飛ばす方法が一つだけあった。それをするために別室に行くのだ。


 別室と言ってもそう歩かされるわけでもなく、すぐに別の部屋に通された一行。そこには、初老の男性がいた。


「ベイン先生。先生が確認をされるんですか!」


 リズが驚嘆の声を上げた。ベイン先生と呼ばれた男性はリズをにっこりと見て、そうして、他の面々を見る。そして、目がくらんだように、目を細め、顔をしかめた。


「この方はドルミース・ベイン先生といってMTRSで教授をなさっている方です。ベイン先生の御父上は現

在六人だけの『薔薇(チューダー・ローズ)』の学位を授かったファイルド・ベインさんなんです」


 六人の「薔薇(チューダー・ローズ)」の中の最近にして最年少がリズである。与えられるのは滅多のことではなく、リズは異例の快挙ともいえる。


「そちらの男性、それからそちらの若い少女、それとユキファナ君の隣のお子さん、それに、ミスターアオバの御息女。これは許可できる方です」


 ドルミースは酷く驚いたように、煉夜、小柴、雪枝、裕華を言う。普段ならお子さんと言われれば雪枝は憤慨するだろうが、幸いにも英語なので理解していないようだった。


「なるほど……大体の基準は分かったが、これは意味があるのか?」


 選ばれなかった姫毬と水姫はよくわかっていなさそうな顔をしていた。ユキファナはしばし考えてから言う。


「雪枝は謁見の権利があるけれど、しなくてもいいのでしょう。だったら英語も全て理解できるわけでもないから置いて行かせてもらうわ」


「構いません。では、選定された方は謁見の間へと向かいます。選ばれなかった方はここで待機していてください」


 リズがそれを通訳して水姫と姫毬に伝え、雪枝にはユキファナが伝え、それ以外の面々が部屋を出た。




「煉夜様は先ほどの選定、何を見ていたか分かっていらしたようですが、答え合わせ、しますか?」


 リズが煉夜に聞く。先導していた黒服が眉根を寄せた。分かるはずがない、と黒服は思っていた。そもそも、普通の人が分かる者ではないからだ。


「ん、ああ、魔力量の多さだろ。俺もおふてんちゃんも量は抑えてもかなり漏れてるし、裕華も同様。雪枝先生は、あれで死神を宿してるしな。典型的陰陽師の霊力使いである水姫や姫毬が選ばれなかったってのもあるし、そう言うことなんだろうな、と」


 元々魔力が桁違いの煉夜や、生まれつきの魔力量が桁違いでかつ魔女の生まれ変わりである小柴、裕華は置いておいて、枝の死神を宿す雪枝もかなりの魔力を有している。逆に、霊力を使うことに特化した、典型的陰陽師の家系の特徴が出ている水姫や姫毬は魔力はあまりない。


「ほう……かなり抑えて」


 そう声を漏らしたのは、ドルミースである。目を細めるほどの大量の魔力を有する煉夜と小柴がなおも抑えた状態であった、などと言われては声も漏らすだろう。


「御冗談を。王女殿下の前だからと虚勢を張らずとも大丈夫ですよ」


 黒服が嘲笑するようにいった。裕華……あのミスターアオバの娘ならばともかく、ただの日本人がそんな魔力を有しているはずがない、黒服はそう思った。


「煉夜様、少しだけ本気を出していただけますか?」


 リズもその上限というのが気になった。あふれ出る魔力、それの上限を。煉夜は仕方ないと肩をすくめて、一瞬だけ軽く開放する。


―――ギィイイン、バリンッ!


 吹き飛ぶかと思うほどの迸る魔力が生じたと思った瞬間に、何かと相殺し合うような音が響き、次いで割れるような音が鳴った。


 煉夜はその瞬間には魔力を戻していた。そして、眉根を寄せて、上を見上げる。


「おいおい、この程度の魔力で壊れる結界とか意味があるのか?まだ百分の一にもなってないんだぞ?」


 そう煉夜が言った瞬間に、結界が張りなおされて、バタバタという騒々しい足音と共に30代になるかならないかくらいの女性が煉夜の元へ突っ込んできた。


「ゴラァ!どこの糞野郎だ!」


 口汚い言葉で叫び散らす女性は、このバッキンガム宮殿の結界を任されているリラ・ファイ・ロームである。結界はもう1人、マイア=ルーラーと共にかけている。


「ちょっとレンヤ君!向こうの魔王城みたいにユリファが結界を張ったわけじゃないんだから自重しないと!」


 かつて、煉夜は一時期、魔王城で暮らしていたことある。無論、魔王などいなくなった時代の話であり、勝手に間借りしていただけなのだが。


「いや、だからかなり抑えったって!【緑園の魔女】もやってみろって、思ったよりもすんなり壊れるから!」


「いや、まあ、それは思ったけど……」


 魔女と魔女の眷属は伊達ではない。もっとも、二人とも生来の魔力なのだが。もとより次元が違うのである。


「……失礼しました。本当に全力ではなかったとは。…………では、謁見の間に向かいましょうか」


 そんな黒服は内心ではびくびくで手足も若干震えていたが、誰も気づかない振りをした。

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