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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
英国決着編
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076話:プロローグ

 英国、倫敦。倫敦と一口に言ってもかなり広い。1577.3平方キロメートル、といっても分かりづらいだろうが、東京都が2188平方キロメートルなので、一回りくらい小さい程度である。そんな英国の中でも、雪白煉夜達が現在いるのは、ウェットミンスター地区と呼ばれる場所である。


 それだけ広い倫敦ではあるが地区が決まっている。32の自治区にシティ・オブ・ロンドンを加えて都合33区。煉夜達がいるウェットミンスター地区……シティ・オブ・ウェットミンスターを始め、先に上げたシティ・オブ・ロンドンなどいろいろあるが、所謂ビッグ・ベンやバッキンガム宮殿などの歴史的重要建築物が集中しているのがウェットミンスター地区なのである。昔は狩りが行われていたことでも有名なハイドパークもこのウェットミンスター地区からケンジントン地区にかけて広がっている。


 今、煉夜達がいるのは地下鉄から出て、地上に上がったピカデリーサーカスである。サーカスというのは所謂サーカスではなく、通りの合流点における円形の空き地を意味している。つまり広場だ。このピカデリーサーカスという場所は、主な買い物はなんでもでき、また、劇場などもあることから施設が充実しており、さらに鉄道、バス、タクシーなどの交通の便も整っているために、常に混雑しており、英国では、忙しそうな人や慌ただしい人たちを見ると「まるでピカデリーサーカスのようだ」というのだそうだ。


 煉夜達はここで迎えを待っていた。そもそも、なぜ、ヒースロー空港ではなく、MTTに襲われる危険を考えてまで、ウェットミンスター地区まで電車を乗り継いできたのか、というと、全てはそこにある。

 バッキンガム宮殿、……つまり、リズ……エリザベス・■■■■(エリアナ)・ローズの暮らす家があるからだ。空港から車で行くと道中での襲撃も考えられるが、一般人のいる電車内でうかつに手を出さないだろうし、出したとしても、電車内ほど広ければどうとでもなる。車の様な狭い空間では、剣もろくに振るうことはできないのだ。流石に、おひざ元のウェットミンスター地区まで来れば襲ってくるものがいるはずもない。バッキンガム宮殿はもとより、ここにはリズとユキファナ・エンドの通う王室直属の「王立魔法学校」、Magic of the Royal SchoolことMTRSもある。いくら犯罪組織とてここでは手を出さないだろう。


 本来なら前もって伝令を出していたので、煉夜達が到着したころにはもう迎えが待っているはずだったのだが、どうにもごたついているらしく、仕方なく待たされていた。


「……これだけ待っても来ないとは、よほどの事件でしょうか」


 アーサーがバッキンガム宮殿の方を見ながらつぶやいた。流石に遅すぎる、といっても、まだ待って数十分である。むしろ、この距離ならば自力で向かった方が早いのだが、衛兵等の手続きを考えると迎えと合流して入る方が効率的である。


「これだけ待つなら、その辺の店で時間を潰してもよかったんだがなぁ」


 煉夜がぼやく。観光しに来たわけではないのは煉夜も理解していたが、流石に何もせずにただ人波の中で待つのは酷だった。


「恥ずかしいからそんなことを口にしないで頂戴。貴方も分家とはいえ、雪白の人間なのだから」


 そんな風に水姫が煉夜を注意する。しかし、煉夜は知っていた。彼女が熱心にガイドブックの洋菓子の項目を飛行機の中で付箋を付けてチェックしていたことを。

 彼女の好物のバームクーヘンの本場は独国であるが、クリスマスシーズンの季節菓子であるため、この時期ですらあるかないかの微妙なところである。ましてや、この英国ともなれば売っていないだろう。まあ、稀に、日本人が店主をしている店や日本からの出店などだと売っていることもあるらしいが。

 そして、そんな人波の中、紙袋を抱えた高校生くらいの日本人が歩いていた。そして、煉夜達一行を見て、足を止めて呟く。


「レン……お兄さん、どうしてこんなところに!」


 初芝(はつしば)小柴(こしば)、煉夜の妹である火邑のクラスメイトで、京都の初芝重工の令嬢だった。仕事の関係で英国に来ていた彼女は、観光をしながら、帰国までを優雅に過ごす予定だったのだ。


「おふてんちゃんか!こんなところで何をやってるんだ?」


 聞きなれた日本語だったためか、割とすぐに煉夜は彼女に気付くことが出来た。小柴は煉夜に近づいていく。


「いえ、仕事関係でこちらに来ていたのですが、時間が出来たのでハロッズで買い物をしてから宿に戻ろうとしていたところでした」


 ハロッズとは英国最大の百貨店であり、その広さは、面積的には東京ドーム約半分、売り場面積的には東京ドームの約倍の面積を持つ、330の専門店が並ぶ百貨店である。


「まあいいか、暇なら手を貸してほしい。何やら厄介ごとになりそうだし、手はいくらあっても困るもんじゃないしな」


 もし戦うということになった場合、海外であるということも考えると、煉夜が使える幻想武装はほとんどないし、魔法も大規模なものは封じられる。なぜなら、英国の街を下手に傷つけるわけにはいかないからだ。その点、小柴なら幾分マシというのが煉夜の考えである。


「ちょっと、流石に手はいくらあっても困らないけど、足手まといが増えるのはアウトよ」


 ユキファナがそう言ったが、煉夜は苦笑する。ユキファナも気を抜いていれば目は節穴にもほどがある、と思っているのだ。


「大丈夫だ、力量は保証する。頭も、な」


 そんな状況で小柴は「まだいいと言っていないんですけど」と思った。まあ、断らないので、結局変わらないのだが。


「……どうでもいいですが、なんという驚異の敬語率」


 姫毬が呟いた。リズ、アーサー、雪枝、姫毬、小柴が敬語を使うため場は何とも言えない感じになっていた。小柴が敬語を使っているのは水姫の前だからである。


「それにしても、初芝さんはも加わると、ますます学校の雰囲気が……、気を引き締めないといけませんね!」


 雪枝が謎の気合を入れていた。一応、休みとはいえ、生徒の前のなので気合を入れなければと考えているのである。




 そして迎えがやってくる。長いリムジンカーから出てきた黒服の女性はリズやアーサー、ユキファナにはなじみのある顔だった。そして、もう1人、リムジンから出てきた人物がいる。煉夜と姫毬には見覚えのある顔。正確には、水姫も知っているはずの顔なのだが、面識が薄すぎて、あまり覚えていないのだ。


「あ~、やっぱこうなるわよねぇ~。ったく、つくづく面倒事に好かれているわね、あたしも、あんたも」


 市原(いちはら)裕華(ゆうか)、煉夜の知人であり、ゲーム仲間ともいえる存在である。彼女は父の命令で、少し前から英国に来ていた。


「裕華。お前も来ていたのか……」


「ええ、少し前からね。いろいろとあったのよ。そして、今はそのせいで結構な大騒ぎよ」


 疲れているように見える裕華。どうやら、迎えが遅れた件とも関わっているようであった。


「積もる話もありましょうが、とりあえず、皆さん、乗ってください」


 リズの言葉で、とりあえず皆がリムジンへと乗り込む。ついでに言うならば、今、現在、正装しているのは裕華だけである。空港から何から正装して電車に乗ったのでは目立つ。おかしいことではないにしても目立ちすぎるので、流石に、私服でここまで来たのだ。


「それで、どうして迎えが遅れたのですか」


 英語での会話のためか、雪枝はぼけーっと窓の外を眺めている。水姫は辛うじて分かるレベルなので、難しい顔をしていた。裕華はともかくとして、小柴は昔から海外に行き慣れている上に、今は煉夜と同じく「多言語理解」の魔法がかかっているため、問題が無い。姫毬は流石も多少は分かるものの水姫とどっこいどっこいという状況だった。


「はい、少々込み入った事情がございまして。王女殿下、失礼ながら、聖王殿やユキファナ・エンド殿はともかく、他の方は信用における方ですか?」


 リズが連れている時点で、彼女が選んだ人であり、普通ならばそれに文句をつけることなど無いのだが、そうも言っていられないほどの状況なのだろう。リズは、怒ることなく頷いた。


「……分かりました。ではお話いたします。ミスアオバもそれで構いませんか?」


 ミスアオバと呼ばれたのは市原裕華である。彼女の姓が市原であるのにも関わらず、ミスアオバと呼ばれているのは、ミスターアオバの娘であるという部分が大きいのだろう。


「構わないわ。どのみち煉夜には手伝ってもらいたかったもの」


 裕華は、そう頷いた。ミスアオバという呼称に関しては散々文句を言ったのだが、治る気配がないのでもうあきらめている。


「では、僭越ながら。この度、英国王室の秘宝……ミストルティと呼ばれるものが盗まれました。盗んだ犯人は特定できているのですが足取りが追えず、ミスアオバに手伝っていただく予定です」


 その話を聞いてリズが顔をしかめる。王室の秘宝、それを知っているのはこの場ではリズくらいだったからだ。


「そうですか……ミストルティが」


 そこで、煉夜が疑問に思ったことがあった。


「ん、裕華はどういう関連で、ここにいたんだ?未だにごたついてるってわけじゃなくて、盗まれたのも最近なんだろ?」


「あ~、あたしの場合は、結構前に来てたんだけど、実は、そのミストルティを鑑定するって仕事があったのよ。ただ、かなり手続きに時間がかかってね」


 本来、これは裕華の父がするはずの仕事だったのだが、忙しく、こちらに来る余裕がなかったために裕華に回ってきたのだ。


「これでもかなり手続きを簡略化していたんですよ。ミスターアオバの御息女ということで、その信用で」


 本来は数年単位で書類手続きがいるほどのものを半月もかからずに審査を通したのはミスターアオバの高名があるからこそである。


「まあ、それで、鑑定する前にかすめ取られたってわけ。実際に、あたしの前でやられたんなら、そんなことさせなかったんだけどねぇ。ったく、厄介ごとに巻き込まれたわ。正月には家族会議……とかいうのを開くからそれまでに戻らないといけないし」


 そんな話をしている間に、……元々近かったのもあるが、バッキンガム宮殿へとリムジンがはいっていくのだった。

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