073話:英国の■■
煉夜は、倒れ伏す雪枝と、僅かに残った挟撃隊から雪枝を守るユキファナを一瞥すると、目の前の敵に向き合う。彼は、背に鞘袋をかけ、いまだに剣を抜いていなかった。理由は二つある。まず、敵の力を確かめるため、そうそうに抜いていたのでは、どのくらいか図りづらかったのである。もし、剣が必要にならない程度ならば、抜くことさえなかっただろう。もう一つは、タイミングがなかったから、である。早く決着をつけるために抜こうとした矢先に、流星の墜落である。
それゆえに、リズも煉夜の持つ剣が、自分の求めているものであるかの確認ができていない。しかし敵の攻撃も徐々に白熱してきた。煉夜が剣を抜くのも時間の問題だった。とにかく片っ端から来る敵を殴り飛ばす煉夜。
「Ouch!」「Aua!」
そんな声を上げながら敵が倒れていく。煉夜は、そこに違和感を覚えながらも、敵の数が多すぎてそんな考えをまとめているどころではなかった。
「チッ、リズ、一瞬だけ敵を頼む」
「了解です!ハァ!!」
リズは、魔法を使って、敵の注意を引き付ける。大規模な氷結魔法を使って、足止めを兼ねた攻撃だった。その隙を見て、煉夜は背中の鞘袋から愛剣を抜きだす。黄金の光を放つそれにリズは思わず目を奪われる。
(あれは、間違いありません!やはり煉夜様が!)
その聖剣をリズは知っていた。そして、手の輝きが増す。間違いなく、それはその聖剣へと反応していた。スファムルドラの聖剣アストルティ。
「行くぜぇ、アストルティ!」
リズが魔法で足止めしていたMTTの面々を一撃で複数まとめて倒す煉夜。その強さは、やはり異常とも言えた。一騎当千、勇猛果敢、敵を蜘蛛の子のように散らす様は凄まじいものだった。
「これが辺鄙な東国の猿……だと」
ライド・バンベップは、目の前の光景が信じられなかった。リズの高名やアーサーの実力は知っていた。特に、アーサーとは一度戦った以上、その実力のほどがよくわかっていた。そして、ユキファナのことはそう知らなかったが、実力はそこそこ以上であると想定した。だからこそ、ここまで順当に、普通以上の策と人数を日本に回したのだ。
だが、目の前の光景は、予想とは大きく異なっていた。流星が墜ちてきたことはともかく、どう見ても日本人という男が、仲間たちを一人、また一人と瞬殺していくのが信じられなかったのだ。
日本は平和ボケしている上に魔法の技術も衰退しているボロボロの国だとライドは思っていた。だが、目の前の高々ハイスクール程度の青年が修羅の如き強さを持っている。それがどうにも信じられなかったのだ。
「クッ!そこの男!王女は渡してもらうぞ」
ライドは煉夜の前に飛び出し、槍を構えながらそう言った。煉夜は「王女……?」と内心で首を傾げた。
「エリザベス王女、あなたも往生際が悪い。いくらあなた方が強かろうと、傭兵である俺に勝てるわけがない!」
「風牙の投槍」を構えるライド。対して煉夜もそれに向き合い構える。遠目で見ていたユキファナは内心でライドに同情の念すら抱いた。傭兵であると自称するが、彼はほとんど用心棒のようなものだ。たいして大きな戦いを経験したわけでもない。煉夜の方がはるかにきつく、様々な戦いをしているのだ。レベルが天と地ほども違うだろう。
「煉夜様、今のでお気づきでしょうが、わたくしは……エリザベス・■■■■・ローズ。英国の王女です」
現英国女王の家系に生まれたエリザベス四世、それこそがリズの正体であった。それゆえに、彼女が日本に来るのは難しかった。だからこそ、容易に名前を出すことが出来なかったのである。
「ほぉ、貴族か何かだとは思っていたが、王族とはな……」
そんなことを呟きながら、煉夜は、静かに力を解放する。別に幻想武装を使うわけではない。普段抑えている魔力を解放したのだ。木連も賊への対処で忙しく、監視の式を解除しているがゆえに、煉夜はあっけなく力を見せる。
「なんだ、……なんだ、これは!アジアの辺境のそれもこんなゴミみたいな国に、なんでこんな奴がいる!」
雪白煉夜は普通ではない。煉夜が日本人の標準というわけではないが、それでも、日本には信姫の様に突出した存在がいないわけではない。日本の陰陽術という固有魔術は衰退を辿る一方であるが、潜在的素質で群を抜く存在も多々いる。無論、英国にもいないわけではない。ただ、そういう素質のあるもの、ファンデルロッシュ家やヴェスツーヌ家、ネルフィル家などは王室が保護するほどに魔法の潜在的素質を有している。
いくら素質があってもそれを開花させなくては意味がない。日本の陰陽術という霊力のみに特化させて魔力を知らない技法は、魔力の素質を有するものを考慮していない。だからこそ、日本は他国からぞんざいに扱われるのだ。そして、そうであるがゆえに、日本には強い者がいないとされている。
ライドの反応はこの世界において、他国から見た日本として順当なものだっただろう。だからこそ、煉夜の異質さが際立つ。
「さて、一対一の勝負と行こうか、『風牙の投槍』の男」
ライドは、己の魔力を「風牙の投槍」へと流し込む。槍の周囲に風が吹き荒れる。そして、投槍の名の通り、ライドは煉夜の剣の間合いの外から煉夜へとその槍を投げた。
轟々と音を立てながら迫る「風牙の投槍」。煉夜もまた、聖剣アストルティへと魔力を流し込んだ。黄金の光が辺りに広がる。
「風牙の投槍」の風を纏った一撃を煉夜は、剣の腹で受け流した。槍は意思を持つかのようにライドの元へと帰っていく。
「これを受け流すのかよッ!クソがッ!」
先ほどよりも煉夜との距離をあけるように、バックステップで下がる。が、煉夜がそれを許すはずもなく、ライドの後退の兆しをみるや否や間合いを詰めに走る。
「チィッ!――我が身に宿れ、風の化身!」
風の魔法を利用した移動魔法でライドは、無理やりに煉夜との距離を取った。間合いに入られた瞬間に負けが決定すると悟ったのだ。ならばライドにできるのは間合いを取って、槍の投擲で倒すことである。
「我が魔力を喰らえ!『風牙の投槍』ァア!」
先ほどとは比にならない量の魔力による暴風が吹き荒れる。多少距離があるアーサーやユキファナたちの方までも届く風に、その場の敵味方全員が、それに注目を集めていた。
「いいだろう、受けてたつ」
煉夜は、迸る魔力を集中させ、より密に魔力を編み込むように剣に纏わせる。暴風の槍を受け止めようというのだ。
「ハンッ、受けられるものなら受けて見よッ!」
まるで竜巻が向かってくるかのような鋭い一撃。だが、煉夜の中ではまだ弱い。この程度に本気を出す必要もない児戯の如きこと。
迫る槍をアストルティで受け止めた瞬間にガガガガッと金属がこすれるような音が響く。そして、再びライドの元へ戻ろうとする「風牙の投槍」はつかみ取った。
「一つ教えてやろう、『風牙の投槍』ってのはこう使うんだよ!」
煉夜はアストルティをリズに向かって放り投げた。慌ててキャッチするリズを見ることもなく、煉夜は「風牙の投槍」に風の魔力を注ぎこむ。まるで嵐を秘めたかと思う風が一瞬止む。そして、煉夜は、跳躍し、槍ごと地面に落ちる。
「何をする気だッ!」
ライドの叫びは煉夜には届かない。地面に「風牙の投槍」を突き刺しながら着地した瞬間、槍に込められた魔力が爆発するよう吹き荒れる。周囲を瓦解させながら、吹き飛ばしながら嵐が巻き起こる。
そう、「風牙の投槍」の投槍とは、ただ槍を投げることではない。自分ごと槍を投げるのだ。少なくともオラリオ・ユヴェリオン・ラッズはそうやって使っていた。
解放された嵐でライドや敵たちは吹き飛んでいく。リズはとっさに魔法で防御し風を受け流した。アーサーは突風でこけていたが大してダメージはない。風を扱う死神のユキファナにこの程度の風が効くはずもなく、難なく受け流す。
「さて、と。こんなところかな」
そう言って、煉夜は、「風牙の投槍」を地面から引き抜くと、嵐で吹き飛ばされたライドに放り投げる。倒れたライドに突如重みが襲いかかり、彼は倒れた。
リーダー格のライドを倒された以上、MTTの残りになすすべなどなかった。あっけなく投降を始める。あまりにも煉夜が圧倒したせいで、もはや、煉夜に怯えきって仕方がない。
「煉夜様、やりすぎですよ。それと、これ」
リズが煉夜に半ば呆れながら、寄っていく。流石に、ここまで派手にやるとは思っていなかったリズは、ため息を吐きたくなる。
「おお、ありがとう」
煉夜はリズからアストルティを受け取る。鞘袋にしまった煉夜は再び背にかけた。アーサーとユキファナで一通り、MTTを縛り付けて回っているのをしり目に、煉夜は地面に腰を掛ける。
「思った以上に人数が多かったな」
煉夜が当初予定していた人数よりもかなり多く、正直に言って、英国からこれだけの人数を連れてこられるとは考えにくかった。あらかじめ仕組まれていたのでは、と思いたくなるほどだ。
「それにしても、あんたの顔を見るだけで敵はみんな怯えてるわよ」
ユキファナが敵を縛り終えたのか、煉夜の元へとやってきた。アーサーもいる。雪枝は寝ているので、リズが面倒を見ていた。
「まるで龍が現れたときの様な反応ですね。東洋ではそういうのはどう表現するんですか?」
そんな雑談が戦いの終わりを意識させる。
「なんでしょうね。妖怪……とかってのは違うでしょうし、あれじゃない、呂布とか」
「なんでわざわざ中国圏の話なんだよ。森蘭丸とかじゃダメか?あと三国志だと俺は張遼派だ」
ある意味、敵が蜘蛛の子を散らすように逃げていくという意味では「遼来々」と恐れられ張遼は話の意味合い的には丁度いいのかもしれない。




