072話:星空の女神
墜ちた流星は、星々の世界で高らかに声を上げていた。まるで、それに呼応するかのように、彼女へと流星が集う。神に選ばれし精霊、神の曲に目醒めし存在、第二典神醒存在、【流星を見上げる者】。
彼女が司るのは「第二楽曲結合神奏」。結び合い、神を奏でる。謳い歌う彼女にはふさわしいのかもしれない。
大精霊、神醒存在と呼ばれる存在は、第一から第七まで存在するが、「彼の物」……神がそれを作った時より、現在までその名を持ったままなのは三名のみである。【流星を見上げる者】もその一人だ。もっとも、第六は変わっていないようなものではあるのだが。
「昔を更けるのはよくないことだと、かつて私に言ったものがいた。だが、やはり、やはり、面白い。これを語らずして何を語れというのか、ヒミカ、イヴ、TEOWよ!」
かつての仲間の名を上げながらそう言った。彼女の友だったとある世界の龍は、彼女に、「振り返るばかりでは意味がない、先を歌え」といった。しかし、彼女は過去こそが歌うべきものであるという。過去の歴史を、有名な話を、民草で語り継がれた話を、郷土の話を、握りつぶされた話を、憧れる話を、……実際にあったことを伝えるからこその吟遊詩人なのであると。
「あぁ、あぁ、間違いない。やはり彼女に感じた光は本物だ。蒼衣に感じた闇やや蒼子に感じた光と同じように……」
彼女の欲するものはいつも光か闇だった。光があれば闇もある、などということではなく、光と闇、希望と絶望、大衆に語って聞かせるには受けがよいのはそんなところなのだ。もっとも、彼女は大衆受けがいいからという理由だけで光と闇を欲しているわけではない。人を長く見ているとその中に光や闇が見える。例えば、枝の死神に光を見たように。そして、そんな彼女らの顛末が気になるのだ。
闇を背負いし者、光を持ちし者、それらの運命というのは得てして過激なものである。その激動の運命を観測するのも、また彼女の楽しみといえよう。
「それに、また見つけた。私が語るに……歌うにふさわしい人物を!あぁ、あの彼は……、光と闇を……同時に抱えている。それもとても重く、とても深く、とても……」
彼女がこの戦いで、流星として墜ちたときに、枝の死神は目覚めた。だが、それと同時に、本来あるべき流れを変えてしまった。
あの戦いにおいて本来は、煉夜が封じていた力を使い、挟撃隊を周囲の地盤ごと壊滅させることになっていたのだ。無論、山の斜面だ、土質にもよるが、底面破壊だろうが斜面先破壊だろうが、斜面内破壊だろうが、どれかが生じて、地滑りが生じていただろう。周辺への被害も大きく、巻き込まれた犠牲者も生じる可能性があった。そう言った点では、彼女が介入してよかったのだろう。しかし、彼女にとっても誤算があった。介入してしまったがゆえに、煉夜の力を見ることが叶わなかったのだ。だが、力を見られていないにも関わらず、その煉夜が裡に抱えるモノの凄まじいまでの光と闇に魅せられてしまった。数百年、それは、彼女の生に比べればほんの僅かな時間に過ぎないが、それでも雪白煉夜という人物の生涯は抱えきれないほどの光と闇に満ちていた。光だけではない。闇だけでもない。今まで彼女たちが見てきた中にはそう言う人も確かにいた。だが、それでも、どちらかが大きかったり小さかったりしていたのだ。例えば蒼刃蒼衣が大きな闇と小さな光を抱えていたように、七峰蒼子が大きな光と僅かばかりの闇を抱えていたように。
だが、雪白煉夜は、大きな闇と大きな光を抱えていた。まるで、深淵を覗いたかのような、神に呪われているかのような闇と、太陽と見間違わんばかりの明るき希望の光を持っている。その異質さは、彼女の興味を引いた。どんな人間にも光と闇があるのかもしれない。けれど、それが表出するほど強く現れたら彼女はそれが見える。そのどちらが表出するほどに大きいか、という問題なのかもしれない。
「あぁ、ああ、彼ほどの逸材が、まだこの世に生まれるのか!世界が……歯車が狂い始めたとはいえ、これほどか……!」
彼女は感嘆の声を上げる。見ていたい、そう思った。強い光を放つものもいた、深い闇を持つものもいた。この時代にもいくらでもいる。むしろ、この時代に勇名を上げている人物たちは皆そうであろう。そして、古くから生き残っている人物も。だが、これほどまでにどちらもを見出せる存在はそういない。
「星は、……星は流れ落ちる。それを見届けなくては……」
煉夜は一つの星と例えて差し支えないほどに大きなものだった。だから、彼女は、その終わりを見届けなくてはならないと、語り継がなければならないと、そう思ったのだ。
銀の仮面を外す。美しい素顔が、星空へと晒された。リューラ・ハイリッヒ・ステラのその顔は、見る者を魅了する美しい顔立ちだった。
リューラ・ハイリッヒ・ステラ、それが【流星を見上げる者】の名である。その名は、黄金の龍の子孫、リューラ・ファーフナーへと受け継がれた。もっとも、彼女はスタリスと名乗り、「金狗」の異名で知られていて、リューラの名を知るのは、彼女自身の他に僅かだけであるが。
「ああ、語ろう。雪白煉夜という一人の男の物語を!
――白雪の陰陽師の物語を!」
きっと、それは永遠に語り継がれる。その雪白煉夜の物語の一端なのだろう。




