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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
英国到来編
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069話:英国と雪白

 煉夜に案内をされて、リズ、アーサー、ユキファナ、雪枝が雪白家に到着していた。時間も時間だけに、出迎えたのは木連一人である。他は全員が別の部屋で集まったまま。正直な話、これには、水姫と彼女たちを直接会わせないという目的も含まれている。水姫も相手の立場は分かっているが、それでも思わず食って掛かるだろうと木連と美夏が判断したのだ。


 煉夜は、一応、水姫の対応のことも考えて、リズ達を連れて、バームクーヘンを買ってから来ているのだが、それは後日の水姫のおやつとなって消えることだろう。


「よくぞいらっしゃいましたね。大したもてなしはできませんが、どうぞ」


 ここで下手に騒ぎを大きくしたくない木連は、とりあえず、もてなすという方向で考えていた。立場も、一応、英国の2人の方が上なので、一応、敬語気味で喋っている。


「いえ、突然お邪魔して申し訳ありません。後日、王室を通じて正式な礼をしますので」


 そう言ったのがリズではなくアーサーだった時点で、木連はおおよその状況を察した。先ほどのリズとアーサーの写真において、水姫はアーサーに反応していたが、木連と美夏はむしろリズの方に驚いていたのだ。そして、この状況で、アーサーが先頭で話すということは、リズのことを隠したいのだと察した木連はあえてそこには触れなかった。


「了解しました。ある程度の準備はできていますので自由に使ってください。そちらのお二人も、今日は部屋を用意していますので、どうか泊まっていってください」


 後半は、ユキファナと雪枝に向けたものだった。煉夜を監視していて、こちらに来る人数が把握できた時点で、リズとアーサー、ユキファナと雪枝のために二部屋用意していたのだ。


「え、いえ、あの、その、申し訳ないですし、家も遠くないですし」


 雪枝がそういうが、煉夜、リズ、アーサー、ユキファナとしては、あの場に巻き込まれてしまった以上、まとまっていた方がいいのかもしれない、という結論に自然と落ち着いていた。流石に、部屋の準備ができていなければ、雪枝とユキファナをセットにしておけば最悪の事態は免れるであろうから、雪枝の家にユキファナを泊めてもらうつもりだったが、雪白家に全員でいられるのならその方が突然の襲撃などに対しては非常に有効であった。


「いえ、迷惑だとは思うけれど、泊めさせてもらうわ。もちろん、この分も英国王室持ちで御礼をするわよ」


 ユキファナが、雪枝の言葉を遮ってそう言った。そうして、全員が雪白家に入っていく。その瞬間、煉夜は背後から視線を感じて振り返った。そこには満点の星空しかなかった。

 部屋に通されたリズとアーサー、それからとりあえずリズとアーサーの部屋に集まった煉夜、雪枝、ユキファナは、ため息を吐く。それぞれのため息の理由は違えど、状況が面倒なことになっていることには相違なかった。


「煉夜様、この度は随分と巻き込んでしまいましたが、大丈夫ですか?」


 リズはそんな風に煉夜に問いかけた。しかし、内心で考えていたのは別のことである。リズのため息の理由は、そこにもつながっている。


「ああ、全然かまわない。あそこで会ったのも何かの運命だしな」


 そんな風に冗談めかして言う煉夜は、先ほどの視線が気がかりであまり目の前に集中していなかった。


(ここが煉夜様の家ということは、確実にこの家のどこかに、スファムルドラの聖剣、アストルディがあるはずです。一度、この手に取って、それを確かめてみたかった。本当にわたくしが……)


 そう、リズの思考は煉夜が持っている……そして担い手とされるスファムルドラの聖剣、アストルティのことだった。おそらく、多少歩き回れば、紋章に導かれるように、そこにたどり着くのだろうが、今この状況で家の中を探索できるほど自由に動けるとも思っていない。リズはどうするべきか悩んでいた。


「しかし、『悲槍のライド』が出てくるとは思っていませんでしたね」


 アーサーのため息はそのままズバリである。昔、戦った相手故に、敵が如何ほどの存在かがよくわかっているからこそそんな言葉が出てくるのだ。ユキファナは、まずリズとユキファナがいる時点で「悲槍のライド」風情に負けるはずがないと思っているし、リズは煉夜がいれば負けないと思っている。煉夜はそもそも歯牙にもかけていない。相手を知ってしまっている分、アーサーは余計に考えてしまっているのだった。


「それよりも敵がどう動くか、よ。できれば、ここで危険分子は出来得るだけ減らしておきたいでしょ。合流したのにちっとも帰ろうと急がないからピンと来たわ」


 ユキファナは、現状として敵の動きがつかめないのが問題だった。後手に回るのは彼女の性分に合わないし、何より、カウンターで対応するタイプではない面子が揃ってしまっていることが問題だ。リズや煉夜の魔法は、カウンターよりも奇襲に向いた準備不要の大威力攻撃だし、ユキファナの力も死神だけあって奇襲や一撃で仕留める攻撃。アーサーも剣を構えていないときに襲われてから対応できるタイプではない。これらのことから、できれば、敵の動きを読んで奇襲をしかける方が、勝率がぐんと上がるというのがユキファナの読みである。


「相手が俺の知覚域に入れば分かるが、まあ、前もって敵の位置や行動を把握しておきたいのは分からないでもない。日本で敵を仕留めるっていうのなら、俺も手を貸そう。敵の残りの人数が分かればとってくる作戦もなんとなく読めそうだがな……」


 数が多ければある程度無茶な特攻をして、煉夜達側の出方を見ると煉夜は考えた。リズ、アーサー、ユキファナはともかく、先ほどの戦いは、ほぼ煉夜の単独行動。敵にとっても未知との遭遇だった。だとするなら、当初の作戦と大幅に食い違うことになると考えるだろう。だからこそ、出方を見に来ると踏んだのだ。


「もうそんなにいないはずですよ。東京で潰したのも結構な数いますし、まあ、それこそしばらく復帰できない程度には怪我を負っていただいているので倒した敵が復活するなんてことも有りませんから。普通に考えて、増員していたとしても、こちらに人員を裂きすぎると英国に残ったナイツ・オブ・ラウンズが攻めてくると考えて、そんなに日本には人を増やせないはずですし」


 アーサーがそう言う。アーサーが連れてこなかった仲間。確かにアーサーとリズのみで来たのには、相手を油断させる狙いと、目立ちたくないというのがあった。しかし、何より、英国の守りを緩めるわけにはいかないのだ。秘密情報部が守りを固めているとはいえ、ナイツ・オブ・ラウンズが一人もいないという状況は避けるべきだと言えた。だからこそ、聖剣使いたちを置いてきたのだ。


「ってことは、短期決戦をしかけてくるかもしれないな」


 人数が多ければ様子見の特攻と考えていたが、少なければ、そんな特攻に人員を使うのはもったいない。一か八かの賭けで様子見ではなく普通に特攻をしかけてくる可能性が高い。それも、煉夜達に準備をさせないように、素早く、そして短期間で決着がつくように全力で。


「そうなると、こちらは少々キツいかも知れませんね。ここはやはり、前衛後衛に分けて、人が攻めてきたら前衛は突っ込んで、後衛がサポートするというのが理想でしょうか」


 その言葉に煉夜は少々微妙な顔をした。正直に言って、アーサーのこの論は難しいだろう。人数が少ないとは言っても、それはあくまで相対的に見て、という話である。煉夜、リズ、アーサー、ユキファナ、雪枝の5人より少ないわけがないのだ。拠点防衛でもあるまいし、前衛後衛などと分けていては、横からの奇襲、挟み撃ち、圧倒的な物量差には流石に対応できないだろう。


「アーサーは戦闘経験がいまいちなのが難点、ですかね。この場合は、もはや襲ってくる敵を片っ端から潰す以外に戦術はありませんよ。そもそも、後衛、などどこに配置するんですか。後ろを壁にして戦うとか、ある拠点を元に戦うわけでもないのに、後衛もへったくれも有りませんよ。想定していた方向とは逆から敵が来た瞬間に後衛が前衛になりますし。煉夜様はどう考えますか?」


 リズの言葉は至極正論だった。そう、ルールのある競技とは違い、敵がどこからどのタイミングで、どのように仕掛けてくるかも分からないのだ。ある程度陣地を作っているのならまだしも、このような状況で、後衛がどうとか言うのはナンセンスなのだ。


「リズの言う通りだな。だが、サポートがあったほうがいいのも事実だ。雪枝先生を戦闘に巻き込まざるを得ないのなら、雪枝先生を守りながら戦う役も一人はいるわけだし。俺は単騎で戦えるから、リズとアーサー、ユキファナと雪枝先生で組んだらどうだ。常に一緒に行動していれば、奇襲が来てもペアで戦えるだろう?」


 煉夜としては、一人で行動したほうが効率よく戦えると考えていた。いわゆる魔法剣士などに分類される煉夜は、主に剣で戦うが、いざとなれば、幻想武装で殲滅もできる。その時近くに人が居たら巻き込むので一人の方がいいのだ。


「……いえ、煉夜様、ペアで行動するのなら、煉夜様はわたくしと組んでください。アーサーが単騎で行動したほうがいいです。ユキファナと妹さんのペアはわたくしも納得ですが」


 これはある種の賭けでもあった。リズのこの申し出にはきちんと理由があるが、何より、リズがこの考えに至ったのは、戦闘には煉夜も聖剣アストルティを使うであろうということからである。ペアを組めば確かめることが出来る、それもあってリズはそう申し出たのだ。


「どういうことです?オレの方が単騎で動いた方がいいっていうのは?」


 煉夜が聞くよりも先にアーサーが疑問を呈した。アーサーにもリズの提案の意味が分からなかったのだ。


「簡単な話です。アーサーとわたくしが組むと、アーサーは主に、わたくしを守る動きをします。すると、本来の力を出せません。これは、まあ、わたくしのお父様やお母様からの命ですから仕方のないことでしょう。でも、それで二人ともやられていたらどうしようもありません。そして、わたくしの主な武器は魔法。そうなると、剣士同士が組んで、魔法使いが一人というのも難しいでしょう。ですから、わたくしと煉夜様で組み、アーサーが単騎の方がよい、ということです」


 アーサーがリズの無事を第一にするのは事実だろう。敵はここで逃しても、いずれ英国で倒せばいいのだ。ここでリズを傷つけるメリットはない。だから、必然的にリズを庇う戦い方をする。そうなると、剣士なのに前に出られずに、カウンター攻撃が主体になる。盾などがあればまだしも、アーサーの装備は聖剣一本のみ。アーサー王伝説のアーサー王とは違い盾も鎧も槍もないのだ。


「なるほどな……。仕方がない、か」


 とやかく言っていられる状況でもない。今は、最善の戦い方を模索するべきだと考えた煉夜はそれを受け入れる。煉夜の最も良いと思うパターンは、敵が本当にまとめてかかってくることである。それならば、煉夜が一撃でしとめることが出来るからである。しかし、現実的に言って、そんなことがあるわけもなく、そもそも、戦う場所も十中八九街なかとなる。街中では煉夜の幻想武装の大半が使うことが出来なくなる。それを考えるとリズと組むのもそう悪くはない話だろう、と煉夜は無理やり結論付けた。


「奴らが短期決戦を望むってんなら、おそらく、明日の夜には仕掛けてくるでしょうね。今日の分の負けを相手が理解して、多少の分析と、おそらく今こっちに向かっている増員の合流を待って、仕掛けてくるでしょうから。それに、向こうもリズとアーサーに帰られる前に蹴りつけようとしてくるでしょうし。遅くても、明後日の夜」


 ユキファナは相手の襲ってくる時間を概ね予測した。行動が読めないといっても、そのくらいは分かる。


「まあ、そうだろうな。……はぁ」


 煉夜は立ち上がると毛布を取り出して、いつの間にか眠りこけてお腹丸出しの雪枝にかけた。戦いとは無縁、そんな彼女は煉夜にとって、眩しくもあった。幾度も命の危機を感じ、戦い続けた煉夜は、どんなに疲れていても、彼女ほど無防備に安眠できない。ようやく寝付けるようになったほどなのに、うらやましい限りだった。

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