068話:世界の星空
流星が空を撫でる。一つ、二つ。しだいに数が増え、無数の星が地平へと消えていく。儚く、物悲しく、そして、美しい。そんな星空の世界。
そこにぽつんと佇む人がいた。黄金の髪を宙に漂わせ、目元を覆った銀の仮面に星々が反射する。
彼女は星々を見上げていた。正確には流れる星を見上げていた。否、彼女の見た星が流れるのかもしれない。そう見まがうくらいに、彼女の見上げる空は流星に満ちていた。その流れはまるで時代の移ろいのごとく。幾本の尾が地平に落ちるのと同様に、幾多の世界で時が移ろうていく。彼女はそれを己が身で体験していた。
ある時は、黄金の龍なるものを見かけ友人となり、語り合った。ある時は、双子の少年少女の運命を見届けた。ある時は同胞の生まれた地を見て回り、思わぬ人々との知己を得た。ある時は夢の世界へと迷い込み思わぬ再会をした。
しかし、それらも時の彼方。彼女はあらゆる世界で体験し、感じ、思い馳せ、それらを歌い、謳い、詠い、謡い、唄い続ける吟遊詩人。
幾百、幾万、幾億と重ねる時間と共に流星は降り積もる。幾度、流星を見届ければいいのか、それは彼女も知らない。
ただひたすらに運命を見上げ続ける、運命から外れた存在。
そして、彼女の見上げた流星の中には、イガネアの死神もあった。あれは、落ちた星の中でも眩い輝きを放つ綺麗な星。
バイルスドレア親交条約規定会議。彼女もまた、それを見ていたひとりであった。それは、遥か昔のこと。イガネアの死神たちがサンガネルの砂漠を飛び出し、第四十七管理世界バイルスドレアで猛威を振るっていた頃の話である。管理世界というだけあり、局が管理をはじめた頃合いであったことが重なり、飛天が誇る最大級戦力2つの内の1つ、天宮塔騎士団がバイルスドレアに逗留していたのである。
バイルスドレアという世界は、所謂、剣と魔法の世界に近い世界ではあるが、四つの文明が戦争を続ける危険な世界でもあった。魔法は兵器であり如何に相手を殺すことができるかを研究し続けて、大量に殺害するためだけに磨き上げられた世界。死神が居らずとも死神に塗れた血みどろの世界だった。
そんな世界を5秒、拳一つで制覇した者がいた。飛天が誇る最大級戦力2つのうちの1つ、烈火隊一門。後にこれは局における世界戦争投了の公式最短記録となる。なぜならば、他の世界では、一門が来るという時点で投了し、止めに入る間もなく戦争が終わってしまうからである。なので、最短は正確に言うならば0秒となる。
そうして戦争が終わったバイルスドレアも、一筋縄でまとまるわけがない。四つの文明が口論を始める形となり、再びの戦争を避けるために天宮塔騎士団が逗留する形となった。
一方、同時期に、バイルスドレアに入っていたイガネアの八姉妹はというと、戦争の早期終結により役目がなく、早くもバイルスドレアを去ろうとしていた。死神は戦いや死があるところに惹かれる。要するに、この世界には興味がなくなったのである。そんなおり、四大文明の一つ、ラゴスドミライドが暴走、イガネアの死神がはそれに巻き込まれる形となり、戦争孤児を庇った枝の死神が戦うこととなった。
結果的に言えば、三つの文明と敵対したラゴスドミライドは壊滅し、アールスパニア、ジョルデイン、九文河国にそれぞれ吸収される形となり、終結する。本来はそれで終わるはずだったのだが、枝の死神を戦いに巻き込まざるを得なかったことにイガネアの八姉妹が反発し、結果として残りの三文明に、二度と戦争をしないと誓わせることで決着がつく。
そうして、開かれたのがバイルスドレア親交条約規定会議である。この会議によって決められることは主に、戦争撲滅に関しての誓約、三文明と局の親交に関しての条約、それらの文明ごとの規定に関することである。
講和に関してはイガネアの八姉妹も関係があるため参加し、天宮塔騎士団からは代表として団長が出席した。
アールスパニアからはローベンド・アールスパニア、ジョルデインからはノーグ・トルティティ、九文河国からは弩・馬吟。
そして、条約協定官として同席したのが、あらゆる世界を回って言葉を運ぶ吟遊詩人たる彼女であった。あらゆる世界を見ているがゆえに、その知識は豊富で、かつその信頼度も高い存在であった。
彼女はそこで初めて枝の死神という存在と出会った。死神として生まれながら死神であろうとしない、その生きざまは、彼女にとって酷く印象的だった。運命に抗おうとするその輝きが、彼女の目には、落ちる流れ星の最後の輝きの様で、焼き付いて離れなかった。
流星はどこまでも遠くへと流れていく。彼女は唯、その流星を見上げるだけ。だから彼女はこう呼ばれるのだ。
――【流星を見上げる者】、と。




